マルティン、日本GPの負傷から最終戦でついに復帰「最悪な1年だった。でも僕のキャリアを決めるモノじゃない」
ホルヘ・マルティンは、2025年のMotoGPシーズンは自分にとって「最悪な年」だったと認めつつも、自分のキャリアを決定づけるものにはならないと主張した。
Jorge Martin, Aprilia Racing Team
写真:: Gold and Goose / Motorsport Images
2024年にプラマックでタイトルを獲得したホルヘ・マルティンだが、アプリリアへ移籍した2025年は悲惨なものとなった。彼は”最悪な年”と認めているが、キャリアを決定づけるモノではないと主張する。
マルティンは今年、開幕前の怪我によってアプリリアでのレースデビューが4月のカタールGPまで遅れてしまった。さらにそのカタールGPで怪我を負ってしまい、今度は7月のチェコGPまで欠場が続いた。
ようやく復帰できたマルティンだったが、さらに不運は続いた。9月の日本GPでのクラッシュで肩を負傷し、最終戦直前の11月のポルトガルGPまで欠場しなくてはならなかったのだ。
11月14日開幕の最終戦バレンシアGPで、マルティンはようやく復帰。今シーズン全22戦のうち、マルティンはこれが8戦目だというのだから、今シーズンの長期離脱がいかに長いものだったのかが理解できるだろう。
フラストレーションの溜まるシーズンとなっているマルティンは、今回のバレンシアGPを2026年シーズンに向けたテストとして捉えている。
「ここに来られて良い気分だし、嬉しいよ」とマルティンは言う。
「最悪な一年だったけど、それはもう忘れてしまいたい。(プレシーズンテストの始まる)来年2月まで家に引きこもっていたくなかった。この週末に向けて懸命に働いてきた。自分にとってはもう2026年へ向けたテストなんだ」
Jorge Martin, Aprilia Racing Team
Photo by: Qian Jun / MB Media via Getty Images
アプリリアのエースとなることが期待されたマルティンだったが、長期欠場している間に陣営は躍進。チームメイトのマルコ・ベッツェッキ、サテライトチームのラウル・フェルナンデス(トラックハウス)が勝利するなど実績を挙げる中、マルティンは出遅れてしまったとも言える。
しかしマルティンは、この苦しんだ2025年シーズンが、自分のキャリアを決定づけるモノにはならないと主張した。
「昨年(から学んだことはほとんどなかった。今年からのほうが遥かに多くのことを学んだよ」
マルティンはそう語る。
「ひとつ確信しているのは、来年はもっと良くなるということだ。もっと力を発揮していくし、もっと良い食事をし、もっと良いトレーニングをしていく。この1年が僕に与えてくれたのは、そういったモノだ」
「こういう1年のあとで、2月まで乗らずに待つということもできただろう。でも、自分はこのスポーツを想像以上に愛していると分かったんだ。そして、この最悪な1年間が自分のキャリアを決定づけることはない」
なおマルティンは怪我をした日本GPでのクラッシュでは、ベッツェッキとの接触において「無責任なライディング」があったと判断され、バレンシアGPではダブルロングラップペナルティを科されることが決まった。
「ペナルティは理解できる。ミスをしてしまった。単独走行のときと、スタート時に周りに多くのライダーがいる状況とでは、状況は全く違うものだ」
記事をシェアもしくは保存
Subscribe and access Motorsport.com with your ad-blocker.
フォーミュラ 1 から MotoGP まで、私たちはパドックから直接報告します。あなたと同じように私たちのスポーツが大好きだからです。 専門的なジャーナリズムを提供し続けるために、当社のウェブサイトでは広告を使用しています。 それでも、広告なしのウェブサイトをお楽しみいただき、引き続き広告ブロッカーをご利用いただける機会を提供したいと考えています。