MotoGPコラム:欧州ラウンド開幕の舞台、へレス・サーキットの物語

今年のMotoGPも、ついに欧州ラウンドが開幕。その舞台となるへレス・サーキットには、様々な物語がある……。

 今シーズンも、スペインGPの舞台ヘレス・サーキットを皮切りに本格的な欧州ラウンドが幕を開けた。

 ピットビルディングのパドック側に各チームのトレーラーがピタリと頭を揃えて整列している重厚な偉容や、年々華麗さを増すホスピタリティ(ライダーやチームスタッフがレースウィークに食事を摂り、関係者の打合せやゲストの接待、取材対応などにも使われる施設)がまるで常設建築のように居並ぶ賑々しい風景は、レースそのものの緊張感と相俟って、サーキット全体が熱にうかされたような独特の雰囲気を醸し出す。こればかりはアジア地域や南北アメリカなどの〈フライアウェイ〉では決して見ることのできない、欧州のレースならではの眺めだ。

 特にこのヘレス・サーキットは、長年の通例としてヨーロッパラウンド転戦の端緒を切る会場であり、二輪ロードレースがメジャースポーツとして深く根付いているスペインの文化事情が相乗効果となって、言葉の説明や映像だけではとても伝わりきらないほどの盛り上がりを見せる。

 毎年、週末を通じて20万人をくだらない観客が詰めかけることで有名なこの会場が、ここ3年ほどはなぜか、以前よりも10万人ほど少ない十数万人の観客数として発表されている。たとえば、リーマンショック直前の2008年には24万3004人、不況の波が欧州を覆いはじめた2009年でも26万3648人と発表されていた。しかし、今年の動員数は公式発表で14万4771人(ちなみに昨年は12万9890人とされている)。会場の中にいる体感だけで言えば、コースを囲む各観戦場所やパドック内の混雑具合から類推しても、その当時より10万人も観客総数が減っているような印象はない。

「サバを読む」とは自分の都合の良いように実数をごまかすことをいう日本の慣用表現だが、それに類する表現がスペインにもあると聞いたことはないのだが。

 現在のヘレスサーキットは、会場へアクセスする道路が整備されていることと、手際の良い警察の交通整理手順により、かつてのような激しい入り口・出口渋滞はなくなった。だが、2000年代中頃までは、「日曜の決勝日は夜が明ける6時前にサーキットに到着していること」が、パドック内で仕事をする者たちの間では常識として共有されていた。

 決勝日未明にまだ真っ暗なヘレスサーキットに到着すると、いつもスピーカーからはピンクフロイドの『Shine on you, crazy diamond』のイントロがずっとリピートして流されていた。たゆたうようなリック・ライトのシンセのロングトーンに、デイヴ・ギルモアの哀感漂うギターのメロディが被さり、やがて東の空が赤く染まって日が射しはじめると、7コーナーから12コーナーまでのスタジアムセクションと呼ばれる区間を囲む山肌に、びっしりと人がすし詰めになっていることがわかる。それがヘレスの決勝日朝の風景だ。

 今は夜明け前に到着する必要はなくなったのだが、それでもやはりこの当時の記憶が強烈に残っている人々が多いせいか、今でも日曜は関係者の出足が他の欧州のレースよりも1時間ほど早い印象がある。

語り継がれる、様々なへレス名勝負

 そして、このヘレスサーキットは今に語り継がれる様々な勝負があったことでも印象深いコースである。なかでもタイトな最終コーナーは、ざっと思い出すかぎりでもドゥーハンvsクリビーレ、ロッシvsジベルナウ、ロレンソvsマルケスが互いに接触しあう激しい攻防を繰り広げた。

 今年は、バックストレートエンドの6コーナーでドラマチックな出来事が発生した。Moto3クラスでは、緊迫したトップ争いの大集団の中でアーロン・カネット(Estrella Galicia 0,0)が転倒して何名もの選手を巻き込み、優勝争いに決定的な影響を与えることになった。MotoGPでは三つ巴の2位争いで3選手それぞれの狙いが交錯した結果、連鎖反応のようなドミノ倒し状態に至った。これもまた、強烈な記憶を灼きつけるには充分すぎるほどの〈偶然のドラマ〉ではあった。

 最高峰クラスが500ccからMotoGPと名前を変えた2002年は、4ストローク990ccのRC211Vを駆るレプソル・ホンダ(当時)のバレンティーノ・ロッシが優勝を飾ったが、不利な2ストローク500ccのNSR500で1.190秒差の2位に入った加藤大治郎(Fortuna Honda Gresini)の走りは、彼の優れたライディングセンスを見事に示したレースとして今も強く印象に残っている。

 ちなみにこのときの3位は、当時ロッシのチームメイトで、現在全日本ロードレースでHRCの監督を務める宇川徹氏である。そういえば、UFOと俗称されるスタートライン上部を跨ぐ円形の施設が竣工してお披露目されたのも、たしかこの年のこのレースウィークではなかったか。今となっては記憶が定かではないのだが。

 レプソル・ホンダといえば、ダニ・ペドロサが鳴り物入りで最高峰クラスのデビューを果たしたのも、2006年のここヘレスだった。チームメイトだったニッキー・ヘイデンを大きく引き離す2位でレースを終え、その際に「次はもっと速く走れると思います」と述べて周囲を唸らせた。

 その彼が、数々の不運やケガに泣かされて現在に至るまでまさか無冠のままでいることになろうとは、当時のスペインのファンや関係者は、おそらく誰ひとり想像していなかったのではないだろうか。そして今は、25歳ながら通算6回の世界タイトルを獲得しているディフェンディングチャンピオン、マルク・マルケスの時代である。そう印象づけるに充分すぎるほどのレース内容になったシーズン第4戦だった。

パドックに佇むフラミンゴ

 最後にひとつ。このヘレスサーキットは、昨年急逝したスペインの英雄、アンヘル・ニエトの名前を追贈して今年から「Circuito de Jerez - Angel Nieto」という名称になったが、そのパドック外縁の1コーナー側片隅には、フラミンゴの像が佇んでいる。建立後に何度か場所を移動して、現在の場所に落ち着いた。いつも綺麗に磨かれて、スペインGPの開催期間中には献花が絶えない。

 近年にMotoGPに関心を抱くようになった日本の若いファンの中には、この像の由来をご存じない方もいることだろう。感傷的なことを述べるのは趣味ではないので、興味を抱いた人は適宜キーワード検索などでその背景事情を調べてみてほしい。きっとあなたは、もっとレースを好きになるはずだ。

取材・執筆/西村章

 

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この記事について
シリーズ MotoGP , Moto2 , Moto3
記事タイプ 速報ニュース