インタビュー

MotoGP

伝説ライダー・ロッシ……『ヤマハの顔』誕生の秘密とは。”立役者”ダビデ・ブリビオが当時を回顧

ロードレース世界最高峰の最高峰クラスで7回王座に輝いたレジェンドのバレンティーノ・ロッシ。今ではロッシと言えばヤマハというイメージもあるが、この組み合わせと彼の成功は、かつてマネージャーを務めていたダビデ・ブリビオなくして実現しなかったかもしれない。

Lewis Duncan Oriol Puigdemont

編集: 2022/02/16 7:32

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Winner Valentino Rossi, Yamaha Factory Racing

 2004年、ロードレース世界選手権のMotoGPクラスで、3年連続チャンピオンを獲得したバレンティーノ・ロッシが、苦しい状況が続いていたヤマハへ移籍した。当時、ホンダで絶頂期を迎えたと考えられていただけに、この移籍を予想した者はほとんどいなかっただろう。だが結果的にヤマハ移籍は彼のキャリアの中でも、最も成功したチャプターとなった。

 モータースポーツの歴史においては、当時は疑問視されたものの、結果的に大成功であったことが証明されるような移籍が、過去に何度も起こってきた。F1で後に”皇帝”と呼ばれるミハエル・シューマッハーがフェラーリへ移籍した当時、フェラーリは15年間もタイトルから遠ざかっていた時期であり、記憶に新しいところではルイス・ハミルトンがメルセデスに移籍したのも、競争力に乏しかった2013年という時期だった。

 そしてバイクレースにおける同様の事例が、2004年に起きたロッシのホンダからヤマハへの移籍だろう。ロッシはその後ヤマハで計16シーズンを過ごすことになったが、タイトルを4回、56勝を挙げる実績を残している。

 

 結果を見ると”大当たり”だったこのヤマハ移籍。しかし、ホンダで既に最高峰クラスで3年連続で王座に輝いたロッシにとって、かなりリスキーな選択肢だったとことも確かだ。

 当時のヤマハは対照的で、1992年にウェイン・レイニーが500cc王者となって以来タイトルを獲得できていなかった。2002年の状況を見ると、ロッシはホンダ・RC211Vで11勝を挙げ、2位以下を獲得したことがなかったが、ヤマハのマックス・ビアッジは2勝で、ロッシには140ポイント差をつけられてしまった。

 そして2003年、ヤマハは1度もレースで勝利を記録できず、表彰台もサテライトチームのテック3で走るアレックス・バロスが獲得した1度のみという状況だった。一方でロッシは、この年もタイトルを獲得している。

 しかし、ホンダはその成功においてRC211Vのパフォーマンスが重要な割合を占めていたという誇りを抱いていたため、ロッシは自身が過小評価されていると感じることになった。そして、そのすれ違いが、ヤマハにチャンスを与え、今のMotoGPレジェンドが産まれることに繋がった。

■ロッシのヤマハ加入……ひとりのマネージャーが鍵だった?

 バレンティーノ・ロッシのヤマハ移籍……その立役者となったのが、チームマネージャーを務めていたダビデ・ブリビオだ。彼は1990年にスーパーバイクでヤマハとの仕事を始めると、2001年にMotoGPチームの一員となった。

 彼はmotorsport.comの取材に対し、ヤマハにロッシ獲得を説得していた当時の状況を明かしてくれた。

「まず最初に、ヤマハはロッシと契約を結びたがってはいなかった」と、ブリビオは語っている。

「というのも、(ロッシを獲得して)彼が勝つなら、それは彼の勝利だと思われ、彼の功績にしかならない……そして勝てないようなら、バイクに衆目が集まるというのが、当時のトレンドだった」

「この考えを変えたのは、2003年(の6月)にプロジェクトリーダーとなった古沢政生だった。彼はヤマハのトップに、バレンティーノと契約する必要があると説得したんだ。我々は両方とも、勝つためにはトップライダーが必要不可欠だと経営トップを説得していった。ホンダが勝ったのも、彼らに(ミック)ドゥーハンやロッシという最高のライダーがいたからだ」

 ヤマハの経営陣の心変わりは、MotoGPの低迷に終止符を打つためには不可欠なものだったろう。ただそのためには、ブリビオやリン・ジャービスのような人物が必要だったのだ。

■深夜のクリニカ・モバイル“秘密”の会合

ダビデ・ブリビオ(スズキ・2020)

ダビデ・ブリビオ(スズキ・2020)

 MotoGPパドックには、それを嗅ぎつけようとするメディアに対して秘密にしておきたい会合が多数ある。そしてヤマハからロッシへのラブコールは、とても秘めやかに行なわれていた。

 ブリビオが当時の交渉について明かしたところによると、ヤマハとロッシの交渉はグランプリの週末にコンスタントに行なわれていたという。そして、交渉を秘するための努力は非常に大変なものだったと語っている。

「2003年シーズンの間、我々はヴァレと毎週末のように、チームの編成や彼の求めるメカニック、テストへの対処方法など多くのことを話し合っていた」

「問題は、我々が会おうとする場所だった。パドックでは丸見えだし、ホテルでも我々は色々混乱している」

「面白いエピソードのひとつを紹介しよう。ブルノでクリニカ・モバイル(移動診療所)で会っていたときのことだ。理学療法士も医師ももう帰宅している夜10時に我々は集合したんだ。テントのファスナーを開けて中に入り、テーブルをセットして話し合いを始めた。すると突然、バイクが近づいてきているのが聞こえて、私もリンも、テーブルの下に隠れるしか無かった」

 結局、この秘密は漏れ、世間を熱狂させるニュースになったが、彼らは秘密を守りながらも、交渉を続けていった。

「互いに握手をした後、ヴァレがバイクを見たいという瞬間が来たんだ」

 当時を回顧してブリビオはそう語っている。

「あれはドニントンパークだった。私達はパドックを綺麗にもしたかったから、朝に数時間早く来て待っていたんだ。そして彼がやってきたが、フードを被っていたから気づかれなかったんだろう」

 その後のロッシの伝説的なキャリアについては、詳しい説明は不要だろう。ホンダとの契約があり、ロッシによるYZR-M1のテストは翌年に持ち越されたが、2004年の移籍初年度から、ロッシは速さを発揮してタイトルを獲得。その後2005年、2008~2009年にかけてタイトル獲得数をさらに増やす活躍を見せた。

 2011~2012年はドゥカティへ移籍したロッシだったが、2013年にはヤマハへ復帰。2014~2016年には10度目のタイトルを争ったが、ランキング2位でシーズンを終えている。

 2020年までヤマハファクトリーチームのライダーとして戦ったロッシは、2021年にペトロナス・ヤマハSRTへと移籍。最終的に2021年限りで、キャリアに幕を下ろすことを選んだ。

 ブリビオについても記載する必要がある。彼はヤマハを離れると、2013年にスズキに加入。2015年からのMotoGP復帰以降は若い才能を発掘する姿勢をとり、2020年にはジョアン・ミルとともにスズキに20年ぶりの王座獲得を経験した。今ではアルピーヌF1へと活躍の場を移している。

 バレンティーノ・ロッシというライダーは、今ではレジェンドライダーとして、さらにヤマハにとって象徴的なレジェンドとして称賛を受けている。しか、ブリビオがYZR-M1へ”46”のゼッケンナンバーを貼ろうとする懸命な働きをしなければ、それは別の形になっていたかもしれず、彼の存在無くして現在のバレンティーノ・ロッシの成功は無かったかもしれない。

 

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