NASCARレースでまさかの“裏技発掘”……パンドラの箱が開いてしまった? 5台抜き成功の『壁走り』は今後規制されるのか
NASCARではロス・チャステインがオーバルコースの壁を伝って走ることで5台をごぼう抜きするという離れ業を成功させたが、こういったケースは今度も許されることになるのだろうか?
写真:: Lesley Ann Miller / Motorsport Images
それは刺激的であり、半ば狂気であった。アメリカはバージニア州にあるマーティンズビル・スピードウェイで行なわれたNASCARカップ・シリーズのプレイオフレースでロス・チャステインがまさかの行動に出た。彼は大きく左に回り込むターン3でアクセルを緩めることなく、低速コースのマーティンズビルではまず使うことのない5速にシフトアップして外側の壁に突っ込んでいったのだ。
衝撃吸収構造を備えた外壁『SAFERバリア』を伝って滑るように加速していったチャステインは、前を行くマシンをごぼう抜き。10番手から一気に5つポジションを上げて5位でフィニッシュし、翌週に行なわれるチャンピオンシップレースへの出場権を手にしたのだ。
チャステインは、幼少期にゲームキューブの『NASCAR 2005』でやっていたことを実際のレースで試してみたと言うが、これはNASCARの新世代マシンのタフさにも助けられた。バリアに猛スピードで突っ込んだにもかかわらず、車体は潰れることもなく、タイヤも4輪ともに正しい方向を向いていたのだ。
データによると、チャステインが“壁走り”をしていた際のトップスピードは、通常のラップよりも時速50マイル(時速約80キロ)ほど速かったという。チャステインが最終ラップに記録した18.845秒というラップタイムは、それまでの最速タイムより1.7秒ほど速く、2014年に記録されたコースレコード(18秒898)すら更新してしまった。
■ドライバーたちの意見は?
今回の“裏技”のような5台抜きに、ドライバーたちの意見も分かれた。ただその大半は称賛であり、普段はあまり賞賛のコメントをしないケビン・ハービックでさえも、チャステインの動きに感心したと話していた。
一方で何人かはこれを「恥ずべき動き」だとしている。昨年ダーリントンでのレースで同じような作戦をトライしたカイル・ラーソンもそのひとりであり、彼も今となってはあの動きをするべきでなかったと考えている。
チャステインと共にプレイオフに生き残っているジョーイ・ロガーノはこう語る。
「“箱”が開いてしまった。壁走りは遊びでやるものだ。良くないと思うね」
「確かにすごかったし、かっこよかった。初めて起こったことだから、ルールなんてないしね」
■チャステインは何を考えていた?
この件に関しては、まずチャステイン本人に説明してもらうのが一番だろう。
「このことについては全く考えていなかった。シミュレータなどで色々事前準備をする時にも頭をよぎったことはなかった。そこはハッキリさせておきたい」
「最後にそのことを考えたのは、NASCARドライバーになるずっと前のことだ。そして(残り1周であることを示す)ホワイトフラッグが振られた時にそれがフラッシュバックした。チームに(チャンピオンシップレース出場には)あとふたつ上のポジションが必要なことを確認して、『壊れたらそこで終わりだ。うまくいかないかもしれないけど、やってみる』と言った」
「どうなるかは分からなかった。物理的にコーナーを曲がれるかも分からなかったけど、うまく回れたんだ」
このような突飛な行動に出たのは本能的なものだったのか? それともパニックになっていた? 彼が脳内で考えていたことをさらに探った。
「僕の脳は理解が追い付いてなくて、ターン3に差し掛かる時にはプチンと切れて、5速に入れていた。あらゆるものがぼんやりしていて、何も考えられていなかった」
「5速に入れる時『まあ、行けるだろう』という感じだった。足は踏み込んだままで、ウォールに突っ込んでいった。スピードが落ちなかったからうまくいったんだ」
■今後は規制される?
ひとつ確かなことは、NASCARがこの出来事を無視することはないだろうということだ。ロガーノが言うようにパンドラの箱が開いてしまった以上、ドライバーやチームは今後同じことができる可能性について、シミュレータなどでチェックすることになるだろう。
ただ、今回レースが行なわれたマーティンズビルは楕円形のオーバルコースの中でも特に低速のコースであり、もっと高速なコースでの壁走りはあまり効果がないはずだ。ただ、もし今週末フェニックスで行なわれるタイトル決定戦で同じようなことをしたドライバーがいて、しかもそれでタイトル獲得などという結末になったら、それはどうだろう?
我々はシムレースの専門家であるニック・デグルートにシミュレーションをお願いした。まずマーティンスビルでのチャステインの動きを再現してもらうと、5回目でそれに匹敵するタイムを出すことができた。そしてフェニックスでも今回と同じことができるかどうか試してもらったが、彼の報告はこうだ。
「(速度差は)それほど顕著ではなくなり、難易度も上がるだろう。可能ではあるが、稼げるのはコンマ数秒、おそらくコンマ5秒ほどになるだろう」
では安全性についてはどうだろうか。何より懸念されるのは、SAFERバリアの強度である。最終ラップの壁走りが横行するようになった場合、SAFERバリアは何度も衝撃を受けることになるが、それに耐えられるのか? そしてそのダメージを修繕するための費用は誰が払うのか?
先ほど「NASCARがこの出来事を無視することはないだろう」と言ったが、かといってNASCARが必ずしもアクションを起こすとは限らない。このままルールによる制限がなされないと、茶番劇のようなシーンが繰り返される危険性もあるが、一方で「故意の壁走り」をどう定義するのかと考えてみると、規制も簡単ではない。フェンスとの接触時間に制限を設けるか? あとはサッカーやバスケットボールのファウルのように、客観的に見て反則かどうかをシンプルに判定するかだ。
他には例えば、最終ラップで壁際を走っている場合、誰かに押されてそうなった場合を除いて追い越しは許されないと明記するか……それにしても壁に囲まれたオーバルコースで“トラックリミット”の話をすることになろうとは、誰が想像しただろうか?
どちらにせよ、今回の一件は世界中のソーシャルメディアで拡散され、NASCARへの関心や週末のフェニックス戦への期待感も高まっている。2度のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソでさえ、「モーターレース界における2022年で最高の出来事だ!」とTwitterに投稿したほどだ。
競技の面よりもショーとしての面白さを優先しがちなNASCARではあるが、今後どのような動きを見せるかにも注目だ。
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