これぞホンダのエース……山本尚貴、2度目の戴冠にみた『進化した姿』

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これぞホンダのエース……山本尚貴、2度目の戴冠にみた『進化した姿』
執筆: 吉田知弘
2018/11/03 9:59

スーパーフォーミュラで2回目のシリーズチャンピオンに輝いた山本尚貴(TEAM MUGEN)。初タイトル獲得から5年。“ホンダのエース”と注目され続けてきた彼が、その真の強さをみせたレースだった。

山本尚貴(TEAM MUGEN)
ニック・キャシディ(KONDO RACING)、石浦宏明(JMS P.MU / CERUMO・INGING)、山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
ニック・キャシディ(KONDO RACING)と山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)、近藤真彦監督(KONDO RACING)
山本尚貴と手塚長孝監督(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)
山本尚貴(TEAM MUGEN)

 2018シーズンのスーパーフォーミュラでシリーズチャンピオンに輝いた山本尚貴(TEAM MUGEN)。ニック・キャシディ(KONDO RACING)との直接対決を制し、2度目となるシリーズチャンピオンを獲得した。

 レース後の号泣シーンが印象的だったが、そこには初タイトル獲得から5年間かけて築き上げられてきたホンダのエースとしての“変化”と“進化”があった。

 山本はシリーズ名称がスーパーフォーミュラに変わった2013年に初タイトルを獲得。当時はシリーズをリードするアンドレ・ロッテラーとロイック・デュバルがWEC参戦のため欠場し、彼らがいない状況ではあったが、2レース制となった最終戦で2連続ポールポジションを奪い、決勝では2レースとも表彰台を獲得。大逆転でのチャンピオン決定で、当時大きな感動を呼んだ。

 しかし、ロッテラーとデュバルが不在の中で獲得したチャンピオンということで、本当の強さを手にしていたかと言われると……疑問符が残る結果となった。

 翌2014年。ホンダ勢は開幕戦から苦戦を強いられ、トヨタ勢に大きな差をつけられてしまう。カーナンバー1をつけて臨んだ山本もポイントを獲得するのがやっとというレースが続いたが、そこで彼が常々言っていたのが「同じ道具を使っているホンダ勢の中では常に一番でいる」ということだった。どんなに苦しい状況でも、その言葉で自身を奮い立たせ、孤軍奮闘の走りを見せた。この頃から、山本に「ホンダのエース」としての自覚が芽生え始めた。

 TEAM MUGENの手塚長孝監督は当時をこのように振り返る。

「昔はホンダの若いドライバーとして育ち盛りという印象で、そこまでプレッシャーもなかったと思います。ただ、2013年にSFでチャンピオンを獲得してから自分への追い込み方も変わったと思います。自分が(ホンダを)背負って立つというプレッシャーと戦いながらやっていたし、そこを乗り越えて集中しなくちゃいけない部分での成長はすごかったです」

 手塚監督は、山本のサーキットでの過ごし方や、チーム内でのやり取りにも、変化が出てきたと当時を語る。

「現場に入る前からも念入りに準備していて、(サーキットに)入ってからの集中力もすごいです。毎回トレーナーさんが来て、食事管理や走る前の(身体の)ウォーミングアップも、誰にも邪魔されることなくトランスポーターの2階で静かにやっています」

「その時間は集中してもらうために、僕たちも彼に(ウォーミングアップの)時間を作ってあげなくちゃいけないし、邪魔が入らないように、その時間だけはメディアの方にも待ってもらうようにするなど配慮しています。そういう時こそ、チーム側がその環境を作ってあげるというのも重要ですからね」

「ミーティングもしっかり漏れがないようにやるようになりました。昔(チャンピオンを獲る前)は自分から言ってくることがなかったから、ミーティングの時間も多少適当なところがありましたが、今では50分~60分は必ずとるようにしています。それも彼の要望ですし、彼自身から発信して(周りに)伝えるようになったというのが、背負っているものが違ってきているからなのかなと思います」

 同じように、16号車を担当している阿部和也エンジニアも、山本の変化についてこのように語った。

「今のホンダのSFドライバーでタイトル獲得経験者は(山本)尚貴だけじゃないですか。それが大きいと思います。対外的にもホンダのエースと呼ばれるようになって、実際にタイトル争いをしたり優勝しているのも尚貴が多かったですからね」

「SF14になって、ずっとホンダがタイトルを獲れていなかったことについて……彼なりにホンダに対しての申し訳なさというのがあったと思います。だからSF14最後となる今年は、かなり懸けていました。今年の最終戦も2013年の時とはモチベーションが違ったと思います」

 最低でもホンダ勢の中ではトップで居続ける。そのために、もっと進化しなければならないーー。

 そこに強いこだわりをみせていた山本だが、昨年は日本にやってきたピエール・ガスリーがチームメイトとなり、彼の中では初めてと言っていいほどの「負け」を経験した。

 開幕戦こそ山本が2位に入る活躍を見せたが、第2戦Race2以降の決勝結果をみると全てガスリーの先行を許した。ランキングをみても、ガスリーがランキング2位(33ポイント)だったのに対し山本はランキング9位(10.5ポイント)に終わった。

「あの時は焦りがありましたが、情けないという気持ちが強かったです。特にシーズン後半は僕の方が『負けたくない』という思いが変に強くなりすぎて、少し視野が狭くなっていました」

 今シーズン開幕前、このように語っていた山本は、ガスリーと過ごした2017シーズンからもヒントを得て、自分への糧にしていた。いい意味で“ホンダ勢のトップに居続ける”と意識せず、柔軟に対応していくことことを心がけ、今年は自身のメンタル面でのコントロールの仕方に変化を加えた。

「自分の仕事に対して100%集中できる環境を周りに作ってもらうことも重要ですが、最終的に(マシンを)操るのは自分です。その気持ちのコントロールの仕方に対して、特に今年は力を入れていました」

 実際に今年の彼を見ていると、昨年の「負け」を経験したことで、殻を破った部分があるのと同時に、レースウィーク中の集中力の上げ方や『自分の空間』を作ることへのこだわりはさらに強くなっているようだった。

 そして、シリーズチャンピオンが決まる今回の最終戦では予選では珍しくバイザーを閉じて、いつも以上に集中していた。さらに決勝前のグリッドでは、終始サングラスをかけ、チームスタッフとの会話もほとんど行なっていなかった。メディアも容易に近づける雰囲気ではなく、ポールポジションは異様な空気に包まれた。

 そうやって周りとのコンタクトを遮断し、集中し続けたことが、結果的にチャンピオンへのプレッシャーとうまく付き合うことができるきっかけになったという。

「プレッシャーがないレースは絶対にないです。逆にプレッシャーと重圧があるからこそ、生み出される集中力と力みたいなものもあるのかなと、週末を過ごして改めて感じました」

「自分が今置かれている立場と状況でプレッシャーのかかり方や付き合い方が変わります。今回も予選日の夜は9時前には寝られる準備はできていましたが、やっぱり色々考えちゃって……日付が変わるまで寝付けませんでした。胃も痛くなったし、食事も喉を通らなかったし、自分が自分じゃないような感じになりました」

「でも、これはチャンピオンをかけて争わないと味わえない経験だし、今週はうまくそのプレッシャーと向き合って対処できたなと思います。すごく貴重な3日間を過ごせました」

 また、最後まで気を緩めないように表情を引き締めていたのには、過去の失敗から学んだものだった。

「予選で結果が良くても悪くても、そこで感情を出してしまうと、どこかで自分の気持ちが切れてしまう気がして嫌でした。もちろんポールポジションを獲得できて嬉しいですが、そこで喜んでしまうと、どこかで浮き足立ってしまう自分が過去にいました。だから、今回は(最後まで感情を出さないことを)徹底しようと思いました」

 最終的に、キャシディとの一騎打ちとなった決勝レース。特に残り5周は、気力と気力のぶつかり合いという展開だった。状況としてはソフトタイヤを履くキャシディが有利に見えたが、山本も最後まで隙を見せない“力強い走り”をみせた。

 もちろん、これは2013年の彼にはなかったものだ。この5年間で経験してきた成功や失敗、全てのことから目を背けず向き合い、糧にしてきたからこそ、築き上げられたものであり、チャンピオン争いという極限のプレッシャーに打ち勝つ“力強さ”だった。

 “ホンダのエース”というのは、これだけ強くなければいけないーー。

 山本が5年かけて進化させてきた“真の強さ”が存分に発揮されたレースだった。

 最終的に0.6秒差でトップチェッカーを受け、キャシディを逆転してのチャンピオン獲得。チェッカーの瞬間、山本は5年間背負い続けてきたプレッシャーから解き放たれた。

「勝てばチャンピオン獲得が決定することは分かっていたので、ゴールした瞬間は抑えていたものが爆発して、これでもかというくらい興奮しました。重圧がかかった分の反動で得た喜びが、ものすごくありました」

「お客さんやチームスタッフ、ここまで支えてくれた皆の顔を見たら、(涙を)抑え切ることはできませんでした。“最高”以外の言葉が何も出てこないくらい、特別な瞬間でした」

 パルクフェルメでヘルメットをとった山本は、大粒の涙を流した。ある意味“いつも通りの展開”だ。しかし今回の涙は“いつもとは違う”ような気がした。

 ホンダのエースと言われ、注目され続けて5年。周囲の期待とは裏腹に満足な結果を出すことができず悔しい日々を過ごしながらも、山本は常に「苦しい時、辛い時こそ、クサらずに前を向く」と言い続け、自らを奮い立たせた。その苦労と努力が彼をさらに強くし、シリーズチャンピオン獲得という形で実った。5年間我慢し続けてきた思いが涙となって溢れ出ているのようだった。

 そして、キャシディと極限状態で戦い抜いて勝ち得た勝利と経験が、今後の山本尚貴をさらに強くしていく源となるだろう。来シーズンはカーナンバー1を再び背負う山本。2014年の時とは違う“王者の走り”に注目である。

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この記事について

シリーズ スーパーフォーミュラ
イベント 第7戦鈴鹿
ドライバー 山本 尚貴
チーム team Mugen
執筆者 吉田知弘
記事タイプ 速報ニュース