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1周目ウエットタイヤ作戦は意外とアリ? 小林可夢偉が“奇策”を振り返る

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1周目ウエットタイヤ作戦は意外とアリ? 小林可夢偉が“奇策”を振り返る
執筆:
2019/10/28 11:27

晴天のなかウエットタイヤでスタートするという奇襲作戦に出た小林可夢偉(carrozzeria Team KCMG)が、その時の状況を語った。

 2019スーパーフォーミュラ最終戦鈴鹿。ドライ路面にも関わらずウエットタイヤでスタートするという“奇策”に出た小林可夢偉(carrozzeria Team KCMG)だが、意外にもウエットタイヤでの1周目はうまくいったという。

 第6戦岡山を終了した時点でトップから10ポイント差のランキング5番手につけていた小林。逆転チャンピオンのためには優勝が必須条件だったが、予選ではなかなかペースを上げられずQ1で脱落となり、16番グリッドからのスタートとなった。

 それでもチームは諦めず、好ペースで走れるソフトタイヤを1周でも多く使って走れるように、ウエットタイヤでのスタートを決断した。これにより『レース中に異なる2種類のスリックタイヤを使用しなければいけない』というレギュレーションが適用されなくなるからだ。

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 しかし、決勝日は晴天でドライコンディション。スタートから1周のみの使用とはいえ、著しくペースが落ちるのは明らかだったが、小林は集団に遅れることなく1周目を終えることに成功した。

「正直、この作戦でも(ルール上)いけるということは岡山の段階から知っていました。今回はこのポジション(予選16番手)だから、これをやるしかないなと思いました」

「でも、ウエットタイヤで(1周目は)意外とついて行けました。『あれ、いけるじゃん!』と思ってしまいました」

 そう語った小林。最初から後続のライバルにポジションを譲る覚悟で走ったというが、スピードという点ではスリックタイヤを履くライバルたちと遜色がなかったどころか、若干上回るくらいのペースで走れたという。

「この1周目は戦っていなかったので(他のマシンを)先に行かせましたが……頑張れば、他のマシンを抑えてピットに帰れるくらいでした。実際に(中山)雄一が抜きにきたけど『どうしようかな、行かせてあげようか悩むな』というくらい(ペースが)良かったです」

「スタートも悪くなかったし、思わず抜きそうになったから『ヤバイ』と思って、譲りながら走りました。周りのタイヤが温まっていなかったこともあって、意外と行けました」

 小林は予定通り1周目にピットインしソフトタイヤに交換し、給油も行ったが、理論上はかなりの燃費走行をしないと最後まで走りきれないという状況だった。

 その中でも想定したペースで上位を目指した小林だったが、さすがに最終ラップはガス欠状態となりペースダウン。ポジションを落として12番手でチェッカーを受けた。その後、マシンはダンロップコーナー手前で完全にストップ。まさに“ギリギリ”を攻めたレース運びだった。

 それでも“勝つためにトライした結果”と、小林の表情を見ると後悔はない様子だった。

「ずっと(スロットルを)リフトしながら走っていました。そうしないと燃料がもたなかったです」

「最終ラップのデグナーで1回燃料がなくなって、(クルマを)振って復活しました。だけど最終コーナーの時点では完全にガス欠でした。正直、事前の計算の段階で“ゼロ”だったので、(ガス欠症状が)くるだろうなという感じでした。まぁ(この戦略を採ったのは)仕方ないです。やっぱり今回は勝たないといけなかったですからね」

 改めて今シーズンを振り返った小林は、運がないシーズンだったと語った。

「良い時も、悪い時もありましたが、一番の課題は予選です。予選で前にいられれば、もっと楽に勝って、楽にチャンピオンシップを戦えていたと思います。あとは……運ですね!」

「今回も、第1戦であれだけセーフティカーが出たので、今回も出るだろうと思って、それを想定した戦略にしたら、1回も出ない。『何やねん!』って感じでした」

「逆にニックが全部(選んだ戦略が有利になる展開に)当たるんですよ。僕にも彼のような運があれば、全然勝てていましたね」

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この記事について

シリーズ スーパーフォーミュラ
イベント 第7戦:鈴鹿
ドライバー 小林 可夢偉
執筆者 吉田知弘