HRD Sakura連載「テストベンチは面白い!」第2回:許容されるのは”1秒”。テストベンチの極意

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HRD Sakura連載「テストベンチは面白い!」第2回:許容されるのは”1秒”。テストベンチの極意
執筆:
協力: 吉田知弘
2019/03/11 10:01

ホンダのスーパーGTとスーパーフォーミュラのラージプロジェクトリーダーを務める佐伯昌浩氏は、「テストベンチは面白い」と常々語っていた。そこで、我々はホンダの開発拠点HRD Sakuraを訪問。話を訊いた。

 ホンダのスーパーGTおよびスーパーフォーミュラのラージプロジェクトリーダーである佐伯昌浩は常々「テストベンチは面白い」と語ってきた。その面白さを紐解こうと、我々はHRD Sakuraを訪れ、佐伯LPL、そしてベンチテストの作業を担当する河合康平氏に話を訊いた。

テストベンチで重要な”速さ”

 前回もお伝えした通り、エンジンの開発において、テストベンチでの確認・検証作業は非常に重要である。しかし、そこで有効なデータを取得するためには、様々な極意が必要となる。

 そのひとつは”速さ”だ。

 速さといっても、そのエンジンが発揮するパフォーマンスのことではない。テストベンチで作動しているエンジンに異常が生じた際、”一刻も早く停止させる”ということだ。

「何かおかしな兆候が起きていないか、把握しながらテストしています」

 河合はそう語る。

「レースのエンジンは、量産エンジンと比較すると限界ギリギリまで攻めていますから、想定していないところで壊れてしまったりもします」

「テストベンチ上で異常が起きた時には、極力短い時間でエンジンを止めて、破損形態を確認できるようにしなければいけません」

 河合曰く、異常が起きてからエンジンを停めるまでの許される時間は、”1秒以内”であるという。まさに早押しである。

「基本は1秒以内ですね。9000回転以上でエンジンが回っていれば、1秒間で何回転もしてしまいます。なので1秒以内に停めないと、破損形態が把握できなくなります。停めるまでの時間が長くなってしまえば二次被害も出て、結局どこが最初に壊れたのかも、特定するのに時間がかかってしまいます。昔は、停止させるのが遅くて、怒られたりもしていました」

 一刻も早く停止させるため、テストベンチ上でエンジンが稼働している間は、常に緊急停止ボタンの上に手がかけられている。では、停止する時の判断はどうするのか……それは”音”と”振動”だと河合は言う。

エンジニアの片手は、常に緊急停止ボタンにかけられている。

エンジニアの片手は、常に緊急停止ボタンにかけられている。

Photo by: Motorsport.com / Japan

「モニターや窓越しに見る外見の変化だったり、時系列で流れてくるデータももちろん見て、そこから兆候を探っています。でも、一番大きいのは音ですね。僕たちは、無意識に音の変化を感じて停めます」

 彼らは音の微妙な変化を逃さないよう、ヘッドフォンを装着してベンチテストに臨んでいる。しかしあたかもDJのように片側の耳を空け、コンビを組むスタッフとの意思疎通を図りやすくしている。

正常と異常、その違いは”微妙”

 ただその音の変化は非常に微妙なモノであるため、分かる時、分からない時があるようだ。

「一度、佐伯(昌浩プロジェクトリーダー)に『なんで停めたんだ?』と言われたことがありました。でも、その時の僕の判断は正しかったんです」

「まだ新人に近い頃だったのですが、僕は停めた理由について『音が変わりました』と答えたんです。それで実際にチェックしてみたら、壊れていた部分がありました。それくらい繊細ですし、僕らも張り詰めて担当しています」

 佐伯LPL曰く、以前はより感覚に頼る部分が大きかったと言う。

「私がまだ若い時の話です。レース部門がまだ(埼玉県)和光にあった時、古いテストベンチがありました。F1の第2期か、CART(INDY)開発テストの時だったと思いますが、ベンチテスト中にクランクが折れて、エンジンがブローしたんです。数日後、違う目的の試験ですが、同じスペックのエンジンを、テストベンチで動かしていました。そして、『あっ!』と体に感じるものがあって停めたことがありました」

 そう佐伯LPLは語る。

「当時はデータロガーも今ほど精巧ではなかったので、データを見てもよく分かりませんでした。オイルをチェックしても問題はない……でもどうしても中身を見たいから、組み立ての部門に持って行って『分解して欲しい』とお願いしました」

「しかしデータも何の兆候もないので、組み立て部門も分解についてはなかなか同意してくれませんでした。その時、組立部門の上司がやってきて『ベンチ担当者が開けろと言っているんだから、開けてみろ』と言ってくれました。でもその間、『お前はそこに立っていろ!』と言われてしまいましたが」

「クランクが折れていなかったらどうしようかな……そう思ったのを覚えています。しかし結果的には、本当に小さなクラックが入っていました。金属も何も傷んでいないんですが、そんな小さなクラックが入っていただけでも、音や振動で伝わってくるものがあるんです」

何が起きるか分からない……それが醍醐味

 その細かな”違い”も瞬間的に感じ取り、そして開発・改良につなげていく……それが佐伯LPLの言う「テストベンチの面白さ」なのか? そう尋ねると、佐伯LPLは「いや……」と否定する。

「結果の予測があって、その検証のためにテストベンチにかけます。その結果をまとめ、考察を入れて、その先の展開をどうしようかと言う話をします。このサイクルがずっと続いていくわけです」

 そう佐伯LPLは語る。

「しかし、予測とは全く違う、面白い結果が出ることもたまにあるわけです。『あれ? こういうことが起きるの?』ということがあります。例えば、パフォーマンスは予想と変わらないんですが、燃費だけがなぜかすごく良くなるというような。そういうことも見逃さずに拾っていけば、面白いことが起きたりします」

 連載1回目でもお伝えした通り、現在スーパーGTやスーパーフォーミュラで使われているNRE(ニッポン・レース・エンジン)やF1エンジンでは、燃料流量が規制されている。このレギュレーションが導入されたことにより、「何が起きるか分からない」要素が増したと、佐伯LPLは言う。

NREを搭載する、スーパーGTマシン(#100 RAYBRIG NSX-GT/2018年)

NREを搭載する、スーパーGTマシン(#100 RAYBRIG NSX-GT/2018年)

Photo by: Masahide Kamio

「今の燃料流量制限(のレギュレーション)になってからは、何が起きるかわかりません。良かれと思って作ったものが、テストベンチにかけたら全然ダメだった……ということが結構多いです」

「燃焼効率を高めるという視点で言えば、これまでやったことのないレベルのことをやっています。ほんのわずかな発熱量の燃料を、どれだけ短時間に、そしてどれだけしっかり燃やし尽くしてピストンを押し付けるか……というところがターゲットになっているので、過去にも近年にもない技術という部分があります」

「その参考に、私が小学生くらいの時に、先輩方が書いた手書きの試験レポートを読み尽くしたりします。そういうのが残っているのも、ホンダの良いところですね」

「でも、予想していなかったデータを見つけた時、私はすぐには言いません。こっそりと自分で持っていて、検証をして、その後何かに使える……ということが出てきた時にそっと解決策として提案してみる。そういうことを、よくやっていました。そういう部分が、テストベンチの好きな部分なんですよ」

(次回に続く……)

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この記事について

シリーズ スーパーGT
イベント HRD Sakura訪問「テストベンチは面白い」
執筆者 田中健一
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