【フォトギャラリー】星野一樹のレースキャリアを写真で振り返る

2021年シーズン限りでスーパーGTのドライバー退くことを発表した星野一樹。彼のこれまでのキャリアを写真と共に振り返る。

【フォトギャラリー】星野一樹のレースキャリアを写真で振り返る
2006〜2007年はGT500に参戦
2006〜2007年はGT500に参戦
1/13

写真:: Nissan

父一義が監督を務めるTEAM IMPULで12号車カルソニック インパル Zを走らせた。
2006年、フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)参戦
2006年、フォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)参戦
2/13

写真:: Masahide Kamio

こちらもTEAM IMPULからの参戦となったが、1年でシートを失うことに。
2006年、鈴鹿1000kmでGT500初勝利
2006年、鈴鹿1000kmでGT500初勝利
3/13

写真:: Masahide Kamio

結果的にこれがGT500唯一の勝利に。「助っ人のジェレミー・デュフォアが2回乗って僕が1回しか乗れなかったので、あの優勝で流した涙は嬉しさ半分悔しさ半分でした。情けなさを感じたことをすごく覚えています」と本人は回想する。
親と子、監督と選手という関係
親と子、監督と選手という関係
4/13

写真:: Masahide Kamio

父の元で2年間戦っていた当時はかなり厳しくされていたというが「あの時『何くそ』と思えたことがGT300での活躍に繋がった」と本人談。
2008年、GT300にMOLAから復帰
2008年、GT300にMOLAから復帰
5/13

写真:: Masahide Kamio

46号車MOLA レオパレス Zをドライブした。
2008年にGT300初王座
2008年にGT300初王座
6/13

写真:: Masahide Kamio

鈴鹿1000kmを制するなど活躍し、悲願の初タイトルを手にした。
2010年はGT300で2度目の王座
2010年はGT300で2度目の王座
7/13

写真:: Nissan

3号車TOMICA Zにタイトルをもたらした。
GT300で2度のタイトルを手にするも、GT500復帰はならず
GT300で2度のタイトルを手にするも、GT500復帰はならず
8/13

写真:: Nissan

共にタイトルを獲った安田裕信、柳田真孝らがGT500に昇格する中で、自身が昇格できなかったことには葛藤があったという。
若手の育成役として存在感放つ
若手の育成役として存在感放つ
9/13
2013年からはNDDP RACINGで日産期待の若手とコンビを組むように。写真は2017年の相方、高星明誠との2ショット。
日産GT-R NISMO GT3の開発にも尽力
日産GT-R NISMO GT3の開発にも尽力
10/13

写真:: Takahiro Masuda

若手育成のみならず、開発ドライバーとしても大いに貢献した。
ニュルブルクリンク24時間にも参戦
ニュルブルクリンク24時間にも参戦
11/13

写真:: Alexander Trienitz

海外の舞台でもその勇姿を見せた。
TEAM IMPULではスーパーフォーミュラのチームをサポート
TEAM IMPULではスーパーフォーミュラのチームをサポート
12/13
戦略面など、ドライバーのサポートを担っている。その手腕は父一義のお墨付きだ。
2021年シーズン限りでスーパーGTのドライバーを勇退
2021年シーズン限りでスーパーGTのドライバーを勇退
13/13

写真:: Masahide Kamio

19年に渡るスーパーGTでのキャリアに幕。今後もレース活動自体は続けていきたいとの意向を示している。
 

Read Also:

シェア
コメント
【スーパーGT】SUGOで3台のNSXに搭載された2基目エンジン。ドライバーからの最大級の評価にホンダ佐伯LPLも一安心
前の記事

【スーパーGT】SUGOで3台のNSXに搭載された2基目エンジン。ドライバーからの最大級の評価にホンダ佐伯LPLも一安心

次の記事

IMPUL運営サイドに専念。星野一樹のキャリアを転換させたとある出来事、そして父一義が寄せる期待

IMPUL運営サイドに専念。星野一樹のキャリアを転換させたとある出来事、そして父一義が寄せる期待
コメントを読み込む