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ミシェル・ムートン、悲しみのWRC最終戦:映画『Motorsport Heroes』

motorsport.tvでは、映画『Motorsport Heroes』を公開中である。この映画は、モータースポーツ界の伝説的なドライバー4人が、成功、失敗、個人的な戦い、生命に関わる事故などについて語っている。本項では、ミシェル・ムートンのWRCキャリア最終戦を振り返る。

 ミシェル・ムートンは、歴史上最も成功した女性ラリードライバーである。WRC(世界ラリー選手権)で通算4勝。1982年にはランキング2位になった。

 彼女にとってWRCでの最後の戦いは、1986年のツール・ド・コルスだった。ただ当時の愛車プジョー205 T16にトラブルが発生したため、トップ3のポジションを走りながらもリタイアせざるをえなかった。

 しかし彼女がリタイアした1日後、ヘンリ・トイヴォネンがドライブしトップを走っていたランチア・デルタS4が崖下に転落。マシンは炎上し、トイヴォネンと彼のコ・ドライバーを務めていたセルジオ・クレスタが命を落とした。これにより、グループBのマシンが使用禁止にされることとなった。

「初日を終えた後、私は自分が最高の状態にあることが分かりました」

 ムートンは映画の中でそう語っている。

「私は総合3位でした。しかしギヤシフトに問題があり、止まる必要がありました。でも、私にとっては最高のラリーだったんです」

「でもその後、私はもしこのスポーツを続ければ、家族との生活の時間を失うということも分かっていました。当時私は35歳。私の決断は明らかでした。当時のパートナーであったフレデリック(ジョンソン)に、『これでおしまい』と言ったんです」

「そこで私はキャリアを終わらせました。そのことを後悔したことはありません。翌年に娘のジェシーを授かったからです。ですから、それは正しいタイミングでした」

 ムートンは年末に引退したが、同年にはドイツ選手権を制覇。メジャーなラリータイトルを獲得した最初の女性になった。

 さらに彼女は、ジョンソンと共にレース・オブ・チャンピオンズを立ち上げ、トイヴォネンの追悼とした。

 この映画では、モータースポーツ界のヒーローたちの物語を取り上げ、アーカイブ映像と様々な証言によって、そのストーリーを紡ぎ出していく。

 この映画は、motorsport.tvで視聴可能1986年ツール・ド・コルスのハイライト映像をご覧いただくこともできる。

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