F1復帰は突然に……ヒュルケンベルグの代役出場、その舞台裏を完全解明

2019年限りでF1のシートを失っていたニコ・ヒュルケンベルグに、突然F1復帰のチャンスが転がり込んできた。その舞台裏では、どういったことが起こっていたのか?

Nico Hulkenberg, Racing Point RP20, climbs into his car

Nico Hulkenberg, Racing Point RP20, climbs into his car

Glenn Dunbar / Motorsport Images

 2020年シーズンに向けたシート争いに敗れ、昨年限りでF1から離れていたニコ・ヒュルケンベルグ。彼は新型コロナウイルスの影響で奇妙なシーズンとなった今季の第4戦で、電撃的なF1復帰を果たした。

 昨年までルノーに所属していたヒュルケンベルグは、ルノーが2020年に向けてエステバン・オコンと契約することを決定したため、シートを失った。ただ彼は今後に向けて「競争力のないチームでドライブはしない」と明言しており、自分を“ワクワクさせる”シートだけを望んでいると語っていた。

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 2020年F1第4戦イギリスGPが行なわれる週末、ヒュルケンベルグは8月15、16日のADAC GTマスターズ参戦に向けて、ドイツのニュルブルクリンクでランボルギーニ・ウラカンGT3 Evoのテストをする予定だった。木曜の午後2時過ぎ、ヒュルケンベルグがニュルに向かう途中、彼の元に1本の電話があった。

 電話の主はレーシングポイントのチーム代表であるオットマー・サフナウアーで、新型コロナウイルスの検査結果が決定的ではなかったセルジオ・ペレスが結果的に陽性と診断された場合、週末のレースに出てくれないかというものだった。

「最善の結果を望みながらも最悪の事態を想定し、我々は動き始めた」とサフナウアーは言う。

「(ヒュルケンベルグは)ちょうどドイツに着いたところだった。彼はスポーツカーのテストをしにドイツに行ったんだ。彼は『そうそう、今着いたところだ』と言っていた」

「私は『おそらく君はF1マシンに乗りたいはずだ』と言った。すると彼は『ああ、もちろんさ』と答えた」

「おそらく彼がその時持っていたヘルメットとグローブは(F1用のものと)仕様が違っていたみたいで、彼はそれを取りに行くのに時間がかかった。そしてその後、バーミンガムに飛んだんだ」

「彼がここに着いたのは、昨夜(木曜夜)19時くらいだったと思う」

 こうしてヒュルケンベルグは、図らずして“ワクワク”するシートを手に入れ、有言実行を果たしたのだ。

■代役候補に挙がっていたのは誰?

Stoffel Vandoorne, Mercedes Benz EQ

Stoffel Vandoorne, Mercedes Benz EQ

Photo by: Alastair Staley / Motorsport Images

 レーシングポイントがペレスの代役として検討していたのは、ヒュルケンベルグだけではない。チームは独自のリザーブドライバーを構えていないが、必要な場合にはパワーユニット供給先であるメルセデスのリザーブドライバー、ストフェル・バンドーンとエステバン・グティエレスを使うことができるようになっていた。

 バンドーンはフォーミュラEベルリン戦に向けての準備に入っていたため起用できなかったが、一方のグティエレスは、F1で3年以上のブランクがあるにも関わらず、ヒュルケンベルグと並んで候補に挙がっていたようだ。

「我々はヒュルケンベルグとエステバン・グティエレスを同時に並行して(起用を)考えていた」

「ストフェル・バンドーンもいるが、彼はフォーミュラEの取り組みがあるので、今週末はここに来られなかった。だからエステバンかニコだったんだ」

 また、ウイリアムズのレギュラードライバーであるジョージ・ラッセルもメルセデスとの繋がりがあり、レーシングポイント(当時はフォースインディア)でのテスト経験もある。ただ彼はウイリアムズとの契約状況から、候補には挙がっていなかったようだ。

 レーシングポイントのエンジニアリングチームは、ヒュルケンベルグが昨年までF1をドライブしていたというだけでなく、前身のフォースインディアに長期間在籍していてこのチームをよく知っているため、うまくフィットすると感じていた。彼は当時から残るチームクルーと今でも良い関係を築いているのだ。

「ニコは我々のことをよく知っているから、我々のチームにはニコの方がふさわしいと思ったんだ」とサフナウアーは続ける。

「彼はエンジニア全員のことを知っているし、我々のシステムやプロセスも知っている。彼は昨年F1に出た経験もあるし、我々のシミュレータにも乗ったことがある」

「我々はポイントを稼いでくれる人が必要だった。だからニコが最適な人選だと思ったんだ」

■ヒュルケンベルグ到着から約半日。“超ドタバタ”の準備が始まる

Nico Hulkenberg, Racing Point

Nico Hulkenberg, Racing Point

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 新型コロナウイルスの2回目の検査を受けたペレスの陽性反応が確認され、正式に欠場が決まった時、既にヒュルケンベルグを出走させるための準備は進んでいた。サフナウアー曰く、ヒュルケンベルグに代役を引き受けてもらうこと自体は難しくなかったが、他にも乗り越えなければならないハードルがいくつかあったという。

 イギリスに到着したヒュルケンベルグはまずレーシングポイントのファクトリーに移動し、F1パドックに入るために必要な新型コロナウイルスの検査を受けた。彼はファクトリーでシート合わせを終えた後、契約をまとめるためにチームと話し合ったが、これは契約認定委員会の承認も必要だった。

 また、チームはヒュルケンベルグに合うレーシングスーツを見つける必要があった。ヒュルケンベルグは最終的に、自分と2cmほどしか身長差のないランス・ストロールの厚意によって、スーツを得ることができた。

 さらにレーシングポイントは、既にエントリーリストに登録されているペレスに代わってヒュルケンベルグを起用することについて、FIAから承認を得て、彼のスーパーライセンスが有効か確かめなければいけなかった。これらの取り組みは総力戦だった。

 それだけではない。彼らはここ数日ペレスと交流のあった他のチームスタッフにも対応をしなければいけなかった。ペレスのフィジオ(トレーナー)ら数名は彼と行動を共にしていたため、ペレスと同じ期間自己隔離されることとなった。他にもペレスとシミュレータ作業を行なったスタッフが3人いたが、別室にいたため接触はなかった。3人は皆検査で陰性となっているが、現在ファクトリーで作業を進めつつ、2度目の検査結果を待っている。

 そして最初のフリー走行が行なわれる金曜の朝を迎えた。早朝からサーキット周辺でヒュルケンベルグに2度目の検査が行なわれ、その結果が確認されるまで彼はパドックに入ることができなかった。

 ヒュルケンベルグは一旦サーキットのすぐ側にあるレーシングポイントのファクトリーに戻り、簡単なシミュレータテストを行なった。マシンやステアリングホイールの機能に慣れるためのもので、45分ほどで終わったが、少なくともスピードアップのための参考になったようだ。

 そしてフリー走行1回目の時間が刻々と迫る中、レーシングポイントのチームシャツを身にまとったヒュルケンベルグは、とにかく待つしかなかった。そしてセッション開始まで15分を切ったところで、ようやく彼が新型コロナウイルス陰性であることが確認され、サーキット入場に必要なパスが発行された。

 ヒュルケンベルグはパドックを走り、レーシングポイントのキャビン(本来はモーターホームがあるが、無観客レースではキャビンとなっている)に向かうと、そこには彼のレーシングスーツが用意されていた。彼は急いでそれに着替え、セッション開始時刻までにマシンのコックピットに収まると、FIAによるテストや諸々のチェック作業を終え、セッション開始からわずか13分でコースに出ていった。

 ヒュルケンベルグはFP1、FP2共にチームメイトのストロールにコンマ6秒差をつけられたものの、久しぶりのF1ドライブとは思えない走りでトップ10タイムを記録。チームにとってはストレスの多い1日となったが、同時に満足のいく1日でもあった。

 検疫を義務付けられるペレスは、翌週の第5戦F1 70周年記念GPの欠場も避けられないと見られているが、ペレスの罹患とほぼ同時期に英国政府のガイドラインが更新された影響で、彼の検疫期間が7日間なのか10日間なのかはっきりしておらず、チームが確認を急いでいる。仮に検疫が7日間で済んだ場合、ヒュルケンベルグのF1復帰はこの1レース限りとなるかもしれない。

 ただ、ヒュルケンベルグにとってこのレースが大きなチャンスであることは確かだ。キャリアを通して1度も表彰台がなく、表彰台未経験者の中で歴代最多出走という不名誉な記録を持っている彼が、戦闘力の高いRP20でそれを返上するチャンスなのだ。それについてサフナウアーはこう言った。

「それは皮肉中の皮肉ではないだろうか」

 

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