勝負師、高木真一のもうひとつの“戦場”。レーサーを唸らせる「釣り」の奥深さ【連載:レース以外のこと聞いてみた】
レース関係者がハマっている趣味や、レース以外に情熱を傾けているものを特集する本企画。今回は、レース界随一の釣り好きで知られる高木真一に、釣りの奥深さや、レースとの意外な共通点について聞いた。
写真:: Shinichi Takagi
モータースポーツ業界に携わる者たちは、根っからのレース好きが多く、趣味が高じて現在の職に就いている者が多い。とはいえ、そんな彼らにもレース以外の趣味があったり、レース以外で情熱を傾ける仕事があったりするものだ。本企画では、そんなレース関係者たちの“好き”にスポットライトを当てていく。
今回インタビューしたのは、スーパーGTに参戦しながら、スーパーフォーミュラ・ライツ(SFライツ)でB-Max Racingの監督も務める高木真一。レースファンにはお馴染みだが、高木はレース界随一の釣り好きで知られる。そんな高木に、SFライツ富士テストの際インタビューを実施。釣りを全くしたことがない編集部員が根掘り葉掘り(?)話を聞いた。
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ーーそれでは本日はよろしくお願いします。正直、私は人生で釣りをしたことがないに等しいので、色々お聞きしたいことがたくさんありまして……。まず、高木さんはいつ頃釣りを始められたんですか?
「2000年を過ぎたあたりですかね。それまでは趣味に使う時間がなかなか取れずにいました。ただ、プロとして生活するようになって、フォーミュラにも乗らなくなって、少し時間に余裕が出てきたのがその頃です」
ーー釣りと言っても、色んな種類があるわけですよね。高木さんの守備範囲は何ですか?
「今は基本的に海で釣りをしていて、釣るのは食べられる魚が6割くらいかな。最初は川などでブラックバスとかニジマスとか、ヘラブナも釣っていました。でもだんだん、持って帰って食べる楽しさを覚えて、海に行きはじめたって感じですね」
ーー食べれる魚……鯛とかですか?
「そうですね。でも東京湾はね……僕は山口県出身ですが、瀬戸内海の鯛の方が美味しい(笑)。関東の鯛はあまり食べないかもしれませんね。あとイカはとにかくどんな料理にも使えるので、最近はよくイカを釣りに行きますね。イカでも5、6種類あるので、釣れる時期も違います。アオリイカだったりスルメイカだったり、ヤリイカ、マルイカ、コウイカ……いっぱいあるんですよ。イカだけでも釣り方も道具も違います」
ーー同じイカでも道具が違うんですね
「今言ったやつは全部違いますよ。仕掛けも全部違います」
ーーということは、ご自宅にはかなりの数の釣り竿があるわけですよね。やっぱり数十種類とか?
「100本以上ありますよ。200はないと思うけど」
ーー100本以上ですか! そんなに……。ちなみにそれぞれにどんな違いがあるんですか?
「単純に言うと、重りが違うんです。例えばイカでも、(水深)200mで釣れるものもあれば、15mで釣れるものもある。それによって重りが変わるわけです。重りが重い場合は、柔らかい竿だと折れちゃいますからね」
ーーちなみに、これまでで釣った一番の大物は何ですか?
「一番引きがヤバかったのは、GTという魚ですね。スーパーGTじゃないですよ(笑)。ジャイアントトレバリーの略で、日本語ではロウニンアジと言います。沖縄や屋久島とか、南のあたりで釣れる魚です。僕はバリ島で釣りました。20kgくらいしかなかったんですけど、とんでもなく潮が速いところで、川の流れより速いところで釣れたので、とんでもなく引きが強くて、もっていかれそうになりましたね」
ジャイアントトレバリーを釣り上げた高木真一
Photo by: Shinichi Takagi
ーー先ほど「20kgくらいしかない」とおっしゃいましたが、もっと大きいのがいると。
「そうですね、決して大きくないです。アングラー(釣り人)にはGTを釣りたいという人は多いんですよ。その上にはマグロがあるのかもしれませんが」
ーーマグロですか! マグロというとアマチュアの域を超えているイメージです……。
「僕も十数年マグロを追いかけて釣れずにいたんですが、去年ようやく佐渡ヶ島で35kgくらいのクロマグロが釣れたんです。ただ本当に運みたいなもので、その時は2日間行きましたが、最終日の帰り際に釣れました。大間のマグロって有名ですよね。それは100kgや200kgの世界です。マニアックなアングラーでそれを釣りに行く人もいますが、釣れる確率はとても低いので、よっぽどハマっている人じゃないと行かないでしょうね。そもそも遠いし」
ーーテレビなどで大物のマグロを釣るシーンを見ますが、あの大きさのマグロを釣り上げられる釣竿ってすごいなと感心してしまいます。
「竿も糸も、技術が進歩してますからね。レーシングカーもそうですけど。そういう意味では、レーシングカーのセッティングと釣りのセッティングはけっこう似ているなと思います」
ーーほうほう……そこをもう少し詳しくお聞かせいただけますか?
「釣り具にカーボンやアルミといった素材が使われているのもそうですが、セッティングをしないと良い魚は釣れない」
ーーどちらも、良い道具を持っているだけではダメ、ということですか。
「そうです。レーシングカーもエンジニアが良いセッティングをしないとちゃんと走らないですから。それはすごいリンクするなと思います。釣りはのんびりとやっているように見えますけど、僕は行く前にセッティングをしっかり考えるんです。そして現場に行って気温や水温や潮の流れを見て、自分のイメージしたセッティングを変えていくんですよ。これもサーキットも同じですよね。気温とか風とか、路面のラバーの乗り方を見たり。ちなみに僕はすごく変える方だと言われます(笑)」
ーーその“セッティング”の中で、一番のキモだと思う場所はどこですか?
「糸です。これは究極かもしれません。僕にはサンラインという糸のメーカーさんがスポンサーについて下さっていますが、だからという訳じゃないですよ(笑)! もちろん竿も大事ですし、リールも色々と開発されているんですが、糸に関しては潮の流れの影響を受けないようにどんどん細くなっているんですよ」
ーーそうなんですね。なんとなく、良い糸ってガッチリして太いものというイメージがありました。
「細くした方が潮の流れに対して抵抗が少ないので、もっていかれないんです。基本的に、潮が流れている中で糸を垂らすと、流れにもっていかれて曲がっちゃうんですよね。そしたら“フケ”が出るので、魚が食い付いた時にアタリ(手応え)がワンテンポ遅れるんですよ」
ーー“フケ”というのは、水中で糸がたわんでるようなイメージですか?
「そうそう。そうなると、獲物に針をかけようとしてもうまくいかなかったりします。もちろん細い方が切れやすいですが、今は様々な素材の糸を結合して使ったりして、ギリギリの細さで大きいものを釣るという部分が進歩しています。昔は太い糸で大物を釣ろうとしていましたが、今はすごく細くて強い糸があります。糸は他にも浮力に違いがあったり、天候によって魚が見えづらい色の糸にしたり……色々あります」
ーーここまで色々とお話しいただきましたが、ズバリ釣りの一番の楽しさは何ですか?
「釣りって、何が釣れるか分からないんですよ。狙った魚ではない魚が釣れることもあります。初めて行く人もイコールコンディションと言いますか、そういう人でもいきなり大きな魚が釣れたり、という夢があります。レースはまだ結果が読めるところがありますが、釣りはなかなか読めない。そういう楽しさはすごくあります」
ブリを釣り上げた高木真一
Photo by: Shinichi Takagi
ーーとはいえ、初心者が釣るのはなかなか難しいですよね。釣るためのポイントはありますか?
「大体、ノリで「釣りやってみようぜ」と言って、釣り具を揃えて仕掛けを用意して、防波堤行って……というパターンではなかなか釣れないんですよね。そういう「釣れないな〜」という経験を1回してみるのもアリだと思うんですけど、まず釣り堀に行くのがいいでしょうね。釣り堀には教えてくれる人がいて、その人に聞きながらやっていくと、より釣れるし楽しめると思います」
ーー釣りと言うと、個人的には“待つ”というイメージが強いんですよね。高木さんは待っている間は何を考えているんですか?
「何でダメなのか、次はこうしよう、ということを常に考えていますよ」
ーー確かに色々セッティングを変えるとおっしゃってましたね。何かをぼーっと考えながらリラックスするというより、まさにスポーツのように取り組んでらっしゃる訳ですね。
「魚種によっても違いますけどね。のんびり釣りをしたい時は、どちらかと言うとエサ釣りにしますね。本気でやる時は疑似餌、いわゆるルアーを使います。エサ釣りにもセッティングはありますが、とりあえず竿を下ろして魚が食えば釣ることができます。でもルアーの場合、ルアーを魚に見せるために常に動かして、獲物に食わすような工夫をしないといけません。こっちから攻撃的に攻めていく必要があるんです」
ーーなるほど、ありがとうございます。やっぱりこういう企画をする上で、最後はこの質問で締めないと、と思いまして……あなたにとって釣りとは?
「何それ〜(笑)。僕にとって釣りですか? 何だろうなあ。「攻めてるけど、心休まるひと時」かな」
ーー攻めてるけど、心休まる……ということは、そこはレースとは少し違う訳ですね。
「今僕がやっているレースは大勢の人が関わっているし、結果を出さないといけません。でも釣りはひとりでやっているし、釣れようが釣れまいが迷惑がかかりません。強いて言えば嫁がライバルなくらいで(笑)。実は僕、釣りはどちらかと言うと嫁に教えてもらってハマったようなものなんです。それはさておき、釣りもレースも自分との戦いなのは同じですが、釣りは結果が求められずに勝負ができる唯一の場であり、憩いの場でもあるんです」
高木真一 Shinichi Takagi(#55 ARTA NSX GT3)
Photo by: Masahide Kamio
ーー逆に言えば、高木さんがいつの時も勝負師であることには変わりないんですね。
「そうそうそう! それには変わりない(笑)! 釣りは魚に負けるか、嫁に負けるか、という感じですね(笑)」
ーー釣り未経験の自分には新鮮な話ばかりで楽しい時間でした。ありがとうございました!
ちなみに釣りと言えば、スーパーGTを主催するGTアソシエイションの坂東正明代表もプロ級の腕前で有名ですが、先日お話しした際には「あの(高木)夫婦、ちっちぇのは得意なんだよなぁ」と一言。いずれ坂東代表に大物を釣る極意を聞く回もあるかも……?
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