優れたシミュレータが生み出す好循環……懐疑的なハミルトンを変えた“ただのゲームとは言えない”技術の進歩とは?
F1ではレースウィークエンドへ向けた準備のひとつとして、ドライバーがシミュレータ作業に勤しむことが主流となっている。ルイス・ハミルトン(メルセデス)は以前からシミュレータに懐疑的な姿勢を示していたが、どうやら近頃はそうではないようだ。
Stoffel Vandoorne, Mercedes AMG Simulator in Silverstone
Andrew Ferraro / Motorsport Images
スプリント予選レースが初導入された2021年のイギリスGP。ルイス・ハミルトン(メルセデス)は、フリー走行1回目直前までチームのシミュレータで作業を行なったと明かし、彼がシミュレータ作業を敬遠していたことを知っていたF1関係者は首を傾げた。
このイギリスGPには、スプリント予選レースの新フォーマットが初導入。金曜日はフリー走行1回を終えると、土曜日のスプリント予選レースのグリッドを決定するノックアウト方式予選が行なわれることとなっていた。通常よりも走行時間が限られる中、ハミルトンは舞台のシルバーストン・サーキットから13kmに位置するメルセデスF1チームのファクトリーでシミュレータに乗った。
ハミルトンはノックアウト予選で1番手タイムを記録した後、「午前中がフリーなら、『時間を無駄にするよりも、やってみるか』という感じだった」とシミュレータ作業について説明していた。
ドライバーがフリー走行のわずか数時間前までシミュレータで作業を行なうことで、物理的制約によってそうした事ができないイタリア拠点のF1チームなどとの間に差が生まれるのではないかという疑問も生まれなくもない。
しかしここで言えるのは、ハミルトンのようにシミュレータ作業の価値について懐疑的な姿勢を取っていたドライバーが、進んでシミュレータに乗るようになったことには何かしらの“変化”があったということだ。
F1のベテランドライバーの中には、長い間シミュレータ作業をあまり行なわない者もいた。昨シーズンまでアルファロメオからF1を走っていたキミ・ライコネンがその筆頭であり、スクリーンの前で何時間も費やすことに意義を見いだせないと口にしていた。
そしてハミルトンもそのひとりであった。彼も長きに渡りF1を走ってきたが、シミュレータでの作業が実際の走行と同等のフィードバックを提供できるモノではないと考えていた。
「シミュレータ作業を行なうことはできるけど、そのシミュレータが間違っているんだ」とハミルトンは以前語っていた。
「グリップレベルが違うとか、風の影響はこうじゃないとか、サーマルデグラデーション(熱による性能劣化)が間違っているとかね。だから、インチキな数字が出ることもあるんだ」
「自分が受け取るデータと下す判断には、とても慎重でいる必要があるんだ」
ただ、限度があるということを意識することと、それを完全に否定することは別物だ。マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)との苛烈なタイトル争いが展開された2021年シーズン、ハミルトンがどれだけシミュレータ作業に時間を割いたかを知るのは、とても興味深いモノだった。
Romain Grosjean, Haas F1 Team drives a lap of the Circuit Gilles Villeneuve on a simulator
Photo by: Andrew Hone / Motorsport Images
かつてはシミュレータ作業を他の人に任せたいと思っていたかもしれないが、2021年のハミルトンは可能な限り自分自身でその作業を行なっていたという。
その理由のひとつにタイトル争いが熾烈を極める中で必要不可欠になったという点が挙げられる。
そしてもうひとつ、無視できない理由があった。それは、シミュレータが洗練され、ようやく明確な効果をもたらすようになったということだ。
メルセデスでテクニカルディレクターを務めるマイク・エリオットは次のように語る。
「これらのツールがどんどん良くなっていて、より現実に近づいてきていて、ドライバーの役に立つようになっていると思う」
「(シミュレータは)最終的にオモチャとしてではなく、レースウィークエンドを有利に戦うための“本物の”エンジニアリングツールとして見なすようになるんだ」
「我々が行なってきた改善と、チャンピオンシップのひっ迫が相まって、ドライバーのふたりは多くの時間をシミュレータで過ごすことになったんだと思う」
「取り組みは常に行なわれている。我々にとって有利であり、活用できるモノを手にしたのだから、それをもっとプッシュしていこうということなんだ」
また、F1のシミュレータに使用されているテクノロジーが進化し、ドライバーとエンジニアの双方に生まれるメリットが大きくなるにつれ、より優れたシミュレータ設備の必要性は高まっている。
マクラーレンが風洞設備と並んで改良されたシミュレータを建設していることも偶然ではないだろう。フェラーリも新たなシミュレータをファクトリーに建設しており、2022年シーズン開幕を前に本格開始する手はずとなっている。
シミュレータ設備の進歩について、使用されるコンピューターの処理能力が向上した点の他に、シャルル・ルクレール(フェラーリ)はドライビング技術の向上を挙げている。
「僕らが感じるいかなる点においても、確実に改善が見られると思う。特にドライバーが感じるモノに関してはね」と彼は2021年末に語っていた。
「実際のマシンで体験できるようなGを再現するのは、とても難しいことだけど、ドライバーのフィーリングが改善されるはず……その辺りがポイントになる」
ルクレールが所属するフェラーリでチーム代表を務めるマッティア・ビノットは、ドライバーがシミュレータの価値に理解を示してくれるのならば、返り咲きを目指すフェラーリとしては最先端の設備を構えることが必要不可欠だったという。
BMW Simulator
Photo by: BMW AG
チームがシミュレーターをアップグレードした理由を聞かれたビノットはこう答えた。
「良いシミュレータを持っていることは、とても重要だと我々は考えている」
「(昨年フェラーリが苦戦した)フランスGPでのタイヤの摩耗具合を例に挙げると、どのように理解し、マネジメントするのか、どのように問題へ対処しようと試みるのか……レスポンスや(実際の)サーキットとの相関性が取れた良いシミュレータがあれば、より正確な練習台になれるだろう」
「だからこそ、我々としてはこのアップグレードが重要なのだ。将来的に、このシミュレータが我々を高みに押し上げると信じている」
F1に限らず、下位カテゴリーのFIA F2、フォーミュラEなど様々なレースカテゴリーで同様のシミュレータを導入するチームが増えている。一昔前までは、オモチャやTVゲームの延長線にいたモノが、実際にマシン開発やレースウィークエンドに向けた事前準備として使用されるまでに進化し、その近似値が取れるまでに昇華しているのだ。
実際の走行時間に制約があるモータースポーツ。より良いシミュレータを導入すればするほど、現実に近いシミュレータにドライバーは意欲的に取り組み、実際のレースでも良い結果がもたらされる……そんな好循環がここにはあるようだ。
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