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【コラム】世界にはベッテルが必要だ。気候変動に人権……「レーサーならレースだけに専念してろ」は悪魔の呪文

4度のF1世界チャンピオンであるセバスチャン・ベッテルはマイアミGP終了後、イギリスの討論番組に出演。そこで彼のF1引退後の姿を垣間見た。

Sebastian Vettel, Aston Martin

写真:: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 F1ドライバーたちは、世界中を転戦する世界最高峰のアスリート20名として、ある種の移動手段に慣れ親しんでいる。彼らにしてみれば、ファーストクラスの航空券やプライベードジェットでの移動は当たり前……エリートとして浮世離れした生活を営んでいる、そう世界から目されるのは当然のようにも思える。

 しかしF1マイアミGP後の5月12日(木)、イギリス・フェルサム発ウォータールー行きのサウス・ウェスタン鉄道の1516便にはある男が乗っていた。青と緑のチェック柄のシャツを着た、髪がモジャモジャの男だ。

 その場にあなたが居合わせたなら、その男の横を平然と通り過ぎたことだろう。会話も挨拶もせずに……ロンドンでは当たり前のことだ。

 しかしその男こそが、4度のF1世界チャンピオンで今季もアストンマーチンからF1を戦うセバスチャン・ベッテルだった。

 世界チャンピオンに”相応しい”交通手段とは言い難いが、この日彼は特別な使命を手にしていた。それはF1とは全く関係のないことで、これまでで最も大きな舞台と言えるかもしれないモノだった。

 彼が向かった先は、BBCの政治討論番組『Question Time(質疑応答時間)』のスタジオがあるロンドン・ハックニー区。彼は現役F1ドライバーとして初めて、権威あるこの番組に出演した。

 Question Timeは、1979年の番組開始以来、マーガレット・サッチャーを除き全ての現職イギリス首相が出演しており、毎回現職の与野党の大臣、その他3名がパネリストとして討論を行なう。また番組は、イギリス各地をサーカスのように移動しながら開催され、ベッテルが出演する回はハックニーで行なわれた。

 ベッテルは近年、ベテランドライバーとしてスポーツ内外で重要な役割を担っている。2020年のジョージ・フロイド殺害事件以降、世界中で人種差別に対する運動が行なわれる中、ベッテルは同じく発言力を持つメルセデスのルイス・ハミルトンと共に、F1界で社会問題に対するアクションを起こしてきた。

Vettel has shown far greater consciousness of current affairs beyond the F1 bubble

Vettel has shown far greater consciousness of current affairs beyond the F1 bubble

Photo by: Jerry Andre / Motorsport Images

 2021年ハンガリーGPの際には、同国で反LGBTQ+法が可決されたことは「恥ずべきことだ」と批判し、グリッドで彼らをサポートするレインボーカラーのTシャツを着用した。この件に関してFIAから規約違反だとして叱責を受けることとなったが、「次も同じことをする」と語っていた。

 性的マイノリティやモータースポーツにおける女性躍進などの活動にも取り組む中で、特に彼が熱心に取り組んでいるのが気候変動。そしてQuestion Timeは、彼にとって気候変動について論じる完璧な舞台だったのだ。

 世界情勢や地球が直面している現実的な脅威について、彼ほど深く理解しているドライバーは限りなく少ない。メディアセッションでの質問に対しても「詳しいことはよく分からない」と質問をかわすことを好むドライバーが大半だ。

 そうはぐらかすドライバーが好きで、”ヒーロー”には「レースだけに専念してほしい」と願う人もいるだろう。しかしそれは無知を生むだけの悪魔の呪文に過ぎない。F1ドライバーでなかろうと、世界が直面する問題に無関係な者など、この地球上には存在し得ないのだから。

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 ベッテルがQuestion Timeに出演するという計画は、元『F1 Racing』のエディターで、motorsport.comのコラムニストを務めるマット・ビショップが率いるアストンマーチンF1のコミュニケーションチームによって実行されていたモノ。2008年からF1を戦うベッテルにしてみれば、メディア対応やスポンサー関連のPR活動は目新しいわけでも、特に魅力的なわけでもないのかもしれない。

 しかし、「I/AMプログラム」と名付けられたこの社会貢献活動で、タイヤコンパウンドの違いがどうだとかというトピック以外の話をするチャンス……いや、それ以上のモノをベッテルは手にしたのだ。ベッテルのロンドンでの”旅”のチェックポイントは、Question Timeだけではなかったからだ。

 フェルサムからウォータールーへ向かう前、彼が訪れたのは、フェルサム少年院に新設された自動車整備ガレージ。この施設には、自動車やエンジンの整備に関する基本的なスキル習得を通じて、罪を犯した若者たちが社会復帰する際に就職のチャンスを与える狙いがある。

「人生はとても公平になることもあれば、不公平なことだってある」

 ベッテルは施設の少年たちにそう語りかけた。

「でも最も重要なことは、僕らはみんな、生きていく中で2度目のチャンスを得られるということだ。情熱や興味をかき立てる何かを見つける必要がある。それがこのガレージのアイデアなんだ」

 ある少年は、この整備ガレージのプロジェクトは社会復帰を目指す人の「扉を開く」モノであり、ベッテルとの交流で「とてもやる気が出るし、インスピレーションを与えてくれた」と語っていた。

Vettel spoke to inmates at Feltham Young Offenders Institution, where he helped to open a new car workshop on site

Vettel spoke to inmates at Feltham Young Offenders Institution, where he helped to open a new car workshop on site

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 少年院を後にしたベッテルは、ウォータールーへ到着した後、オアシス・ジョアンナ小学校へ向かった。

 ロンドンは世界有数の都市である一方、貧困にあえぐ地域も少なからず存在する。学校を運営するオアシス・トラストは、そうした地域に住む子どもたちを支援し、メンタルヘルスサービスを届ける機会提供を行なっており、ベッテルはメンタルヘルスに悩む子ども立ちを支援する新たなセラピールームの開設と、カリキュラムの追加を手伝った。

 子どもたちとの交流を図った後、ベッテルはタクシーに乗り込み、Question Timeのスタジオがあるハックニーに向かった。

 そこで彼は、保守党のスエラ・ブラーマン議員、労働党のジャバナ・マハムード議員、経済学者のミアッタ・ファーンブルレ、そしてコメディアンのジェフ・ノーコットと共にスタジオのパネル席に着いた。

 フィオナ・ブルースが司会を務めるこの番組では、会場に集まった一般視聴者から投げかけられた質問や意見が討論の出発点となる。彼らは様々なバックグラウンドを持つ上、政治的見解も異なる。そのため、パネリストが討論を行なう中で異なる見解をもたらし、討論を展開させる起爆剤になる。

 ブレグジットにパーティーゲート事件、そして世界的な諸問題の波が昨今のイギリス政界を襲っていることを鑑みると、ベッテルが出演したこの回も議員のブラーマンとマハムードが討論の中心的存在となることは必然だった。

 しかしだからと言ってベッテルが”お客様”扱いされたり、彼が討論に参加しようとしなかった訳ではない。

 むしろその逆だ。エネルギー価格の高騰に伴う生活費の危機、それに対する政府介入の必要性について尋ねられると、ベッテルは母国ドイツとの共通点を挙げた。そしてウクライナ侵攻を行なったロシアなど、他国にエネルギー源を依存すること、あるいはその一極集中化の危険性を指摘した。

「僕らはもっと前から、こうした危険や脅威に対処しておくべきだったのだ」とベッテルは言う。

「次のギヤにシフトアップして、未来に備える必要があるんだ」

 野党のマハムードが風前の灯火となった税金を巡って「数字をでっち上げた」と非難すると、与党のブラーマンは公約の「見出しを作るのに必死だ」と反論。見かねてブルースがふたりの話を遮ることとなった。ブラーマンとマハムードの泥仕合とは対象的に、ベッテルは冷静を保っていた。

 議題は、EU加盟国のアイルランド共和国とEUを脱退したイギリスの一部である北アイルランド間の税関の問題を巡る、北アイルランド議定書に移った。イギリスは国内法でアイルランド国境に厳密な税関を設けたが、EU側は当初の約束とは異なるとして反発していた。

 マハムードは、そわそわしながら他のパネリストとのアイコンタクトを避け、”問題を起こしている”EUを指差した。そしてその指はベッテルを向いていた。

 指名されたベッテルは「僕も議論に加わろう」と意気込んだ後すぐに「僕は詳しいことは知らないけどね!」と付け加え、会場から笑いを誘った。

 そしてドイツ人の大半がイギリスのEU離脱を理解していないことを説明し、社会正義や気候変動といった地球規模の問題に対処するためには、団結が欠かせないことを強調した。小さいことで争い合っている場合ではないということだ。

 過去10年間、ブレグジットを巡り双方の意見が語られている中で、ベッテルは最も賢明な立場にあると言える。

Vettel spoke astutely on the Question Time panel

Vettel spoke astutely on the Question Time panel

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 ボリス・ジョンソン首相自らがロックダウン期間中に首相官邸などでパーティーを開いていたとするパーティーゲート事件に関して、彼はこう語った。

「僕らはみんな間違いを犯すし、みんな人間だ。でも役人やそうした仕事をする人には、やってはいけないことがあると思うんだ」

 ただ討論会が進む中で、ベッテルが槍玉に挙げられないことはあり得なかった。

「あなたは、私たちがここで出たエネルギーに関する質問のほとんどで、たくさん話してくれた」とブルースはベッテルに言う。

「そしてあなたはF1ドライバー、最もガソリンを喰うスポーツのひとつだ! つまり偽善者(hypocrite)ということか?」

 そうブルースが語ると、会場には嘲笑が響いた。他のパネリストも口にすることはなかったこの”Hワード”を、ベッテルは真正面から受け止めた。

「そうだ。みなさんが笑っているのは正しい。僕も、毎日自分自身に問いかけている疑問があるからね」

「マシンをドライブするのは僕の情熱で、僕はそれが大好きだ。マシンに乗り込む度に、それが好きだと感じる」

「でもマシンから降りると、別のことを考えている。これは僕らがすべきことなんだろうか? そして世界を旅するのは、資源を無駄にすることになっていないだろうか? とね」

 

 彼の対応は当然、motorsport.comでも見出しを飾ることとなったが、Question Timeのパネリストとしては珍しいモノだ。

 議員を始め政府関係者以外の私人がこの番組に出演するのには、有権者や支持者への影響や政治的な野心を気にしない正直な発言を引き出す狙いがある。だたそれでも、自分の信念や生き方における後ろめたい部分を、素直に認めることができる者は少ないだろう。

 これこそがベッテルを彼たらしめる特徴であり、F1への大いなる献身だ。もっと時間があれば、「内燃エンジンによって発生する二酸化炭素排出量は、F1全体のたった0.7%であり、F1は2030年までにカーボンニュートラルを実現することを目指している」などとブルースの”ガス喰い”発言にも反論できたかもしれない。

 しかし、彼の謙虚さを優しさは我々全員が見習うべきことで、議論が進むに連れて論点がずれていく同席したパネリストの”模範”となるモノだ。

 現在34歳のベッテルが、F1キャリアの終盤に差し掛かっているという事実は疑いようもない。ベッテルのアストンマーチンとのドライバー契約は2022年末に満期を迎え、この夏、彼は2022年以降もF1を続けるか、今後の身の振り方を考えることになる。

 ただ、F1カレンダーが拡大を続けていけば、彼自身の信念や彼が重視しているところからはさらに離れていくことだろう。

Sebastian Vettel, Aston Martin, gets a ride back to the pits

Sebastian Vettel, Aston Martin, gets a ride back to the pits

Photo by: Carl Bingham / Motorsport Images

 どのF1ドライバーも”第2の人生”を考える必要があるが、この対応でベッテルは引退後も単なるF1ご意見番には終わらないと実感させられた。影響力を持つスポークスマン(今はインフルエンサーとも言うべきか)、彼が望むのであれば、あえて政治家としての未来もあり得るかもしれない。

 無論、彼にも欠点はあるが、地球の未来や次世代のために世界をどう変えていくかを彼は心から案じている。

 そしてこれを聞きたくない人もいるかもしれないが、地球の未来はレーシングカーが”ぐるぐる周ること”よりもずっと重要なことなのだ。

 モータースポーツは我々の情熱であり、喜びの源、多くの人にとってはそれが生活の糧になっている。ベッテル自身、番組の中でF1は多くの人にとってのエンターテインメントであり、新型コロナウイルスが発生して以降最初に再開した主要スポーツだったことを挙げ、F1の重要性を説いた。

 それも正論である。しかし、それにこだわるばかりに社会的、人種的な正義、環境問題や人権問題など大局的な問題に対して盲目になってしまっては意味がない。

 ベッテルが”兜”を脱いだ時、F1全体がこうした問題から目をそらさないよう、導く星を失ったF1が自らを律することが重要になる。そしてベッテルも積極的かつ誠実な姿勢を保つ何らかのプラットフォームが必要になるだろう。

 Question Timeでの討論を経て、F1を引退した後のベッテルがどうなるのか、その一端を垣間見ることができたようにも思える。そして、ベッテルが我々にとって重要な声であり続けてくれることを願っている。

 
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