分析

F1は中東で4つ目のグランプリ開催へ……“世界選手権”としての公平性は保てるのか?

F1は今季、カタールGPを開催カレンダーに加え、2023年以降も10年間に渡り同地でレースを開催することを発表。中東での4ヵ国目のF1開催ということになり、F1が中東をいかに重視しているかが明らかになった。

Bahrain F1 start

 F1は、開催地未定となっていた今季の第20戦にロサイル・インターナショナル・サーキットでのカタールGPを初開催することを決定。また、2021年から1年のインターバルを空けて、2023年から2032年まで同地でレースを開催する長期契約をカタールと結んだ。

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 2004年のバーレーンから始まった中東でのF1開催は、アブダビ、サウジアラビアと続きカタールで4ヵ国目となり、いずれも長きに渡ってF1カレンダーに載ることが約束されている。

 昨シーズンに続き今シーズンも新型コロナウイルス感染症の拡大により、日本GPを始めシンガポールGPやカナダGPなどが開催中止となったことで、今年のF1カレンダーには度々変更が加えられた。これにより、F1の開催地が比較的狭い地域に集中することとなった。

 では、これがF1にとって何を意味するのだろうか。

 もちろん、この問題が行き着く先は「資金力」だ。新型コロナウイルスにより世界中が影響を受ける中、F1も例外ではない。F1は中東で4レースを開催することで資金を確保し、残りのレースを開催するための基盤を作っている。開催地から潤沢な資金を得られなければ、F1チームは生き残れずF1自体も機能しない。この仕組みは非常にシンプルなモノだ。

 中東のF1への参画は、フランク・ウイリアムズが1977年にウイリアムズで走らせたマーチ製マシンにサウジアラビア航空のロゴを付けたことから始まっている。また、ウイリアムズはサウジアラビア人の故マンスール・オジェと彼が率いるTAGをF1へ引き入れた。因みにオジェはその後、マクラーレンの大株主になり1980年代のチーム発展に貢献した。

 こうして振り返ってみると、チームスポンサー獲得や株式保有からレース開催まで、中東という地域を十分に活用するまでに驚くほど長い時間を要したと分かる。

 かつてF1のCEOを務めたバーニー・エクレストンは、長年に渡り中東でのレース開催の可能性を話題に挙げてきたが、先述にもある通り中東でのF1開催は2004年のバーレーンGPまで待つことになる。

Michael Schumacher leads the field at the start of the 2004 Bahrain GP

Michael Schumacher leads the field at the start of the 2004 Bahrain GP

Photo by: Motorsport Images

 ヘルマン・ティルケが人里離れたサヒールに建設したバーレーン・インターナショナル・サーキットで開催されるバーレーンGPには、これまでほとんど、あるいは全くモータースポーツへの関わりがなかったバーレーン政府が資金を投入してきた。

 F1がバーレーンでの開催が決定した当初、砂漠の中に作られたサーキットでF1マシンを走らせることへの疑問や、イギリス政府がテロの危険性を警告するなどセキュリティ面での不安も抱えていた。しかし、初開催のレース週末は順調に過ぎ、パドックの誰もがサーキットの先進的な設備に感銘を受けた。

「中東でこのようなイベントが開催されるのは素晴らしいことだ」と2004年のバーレーンでオジェは語った。

「彼らは素晴らしい仕事をしたと思う。サーキットだけでなく、ホスピタリティの素晴らしさにもみんな気づいていたと思う」

「(F1開催によって)この地域についてよく知らない、あるいは理解していない多くの人たちに良い印象を与えることになると思う。アラブのムスリムというと、髭面で過激だというステレオタイプを思い浮かべる人もいる。しかし、実際はそうではないんだ」

 また、オジェは1999年に初開催を迎えたマレーシアGPのセパン・インターナショナル・サーキットを引き合いに出し、バーレーン・インターナショナル・サーキットが持つ先進設備についてこう語っていた。

「これは21世紀の話だ。マレーシアGPはあのような設備で初開催を迎えたが、ヨーロッパやその他のレース会場と見比べてみると、恥ずかしいどころか冗談かと思う。ここ(バーレーン)は近未来的なのだ」

 重要視すべきは、バーレーンが世界的に知名度の高い中東の候補地を抑えてF1招致レースに勝ったことにある。バーレーンの首脳陣が望んでいた通り、F1開催により世界的な知名度を上げることができた。

「他の候補地にもチャンスがあったが、バーレーンは全てを悟っていた」とエクレストンは語る。

「他の候補地が行なった改善は、いつでもできることだっただろう? しかし、砂漠のど真ん中で(バーレーンの)彼らがこれを作ったと思うと、彼らについて語るべきモノはその分多くなる」

 2004年のバーレーンGPを批判するとすれば、観客数が少なく、チケット価格の高さから地元の人々から敬遠されていたのではないかという点だ。

「全く新しいレースであり、この地域では初めての試みだった」とエクレストンは語った。

「例えばラクダレースをロンドンで開催しても、最初の方はあまり熱狂的な支持は得られないだろう。慣れてくれば、みんな気に入ってくれるはずだ」

「何を手に入れられて、何を手に入れられないかを彼らは明確に理解している。重要なのは、我々F1が中東で成長していくことだ」

 その当時、ドバイは既にグランプリレースを開催できるグレード1規格のFIAライセンスを持つドバイ・オートドロームを有していたが、エクレストンは同じ地域でのふたつ目の開催地は求めていないと断言していた。

「いや、これで問題はない」と彼は言う。

「(バーレーンでの開催は)この地域に多くをもたらすことになる」

 エクレストンは当時、多くの招致プロジェクトを抱えていた。2004年後半には中国が、翌2005年にはトルコがF1カレンダー入りを果たす予定があり、その他のプロジェクトも検討されていた。しかし、その中にドバイの文字はなかった。

 そして2007年2月、エクレストンが述べていたこととは対象的に、2009年から中東で2レース目を開催することが明らかになった。

Sebastian Vettel leading the 2009 Abu Dhabi GP

Sebastian Vettel leading the 2009 Abu Dhabi GP

Photo by: Steve Etherington / LAT

 F1を“21世紀仕様”に移行させると謳い、アブダビはヤス・マリーナ・サーキットでレースを盛り上げるとF1側に打診した。また、最終戦での開催枠を確保するべく、割増金を支払うことに合意したのだ。

 その数週間前にマクラーレンの大株主となりF1への関与を拡大していたバーレーンは、アブダビでのカレンダー入りにより“中東で唯一のグランプリ開催地”としての独占的な地位を失うことになった。ただ、シーズン終盤に同地域で2レースを開催することで、地域全体でF1人気を高めることができるというメリットがあった。

 エクレストンはこの時点でも、中東では2レースで十分だと主張していた。しかし、この方針は2016年9月にリバティ・メディアがF1オーナーになってから大きく変わった。エクレストンからチェイス・キャリーへCEOが変わったこの時から、新たな開催地を見つけ、F1を新時代へと引き上げるべく“リバティ・メディア主導の”イベントを行なうことが当然のように求められていた。

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 マイアミGPは初開催が遅れ、ベトナムGPの計画が頓挫する中、国有石油会社「アラムコ」とF1との大型スポンサー契約提携を控えたサウジアラビアは、以前から将来的なレース開催地として有力視されていた。そして昨年11月にサウジアラビアGPの2021年シーズンのカレンダー入りが発表された。

 サウジアラビアとしては、F1開催は一般的な宣伝の一貫としてだけでなく、2030年までに石油依存を低減させるという経済改革計画「ビジョン2030」に結びついている。

 初開催となる第22戦サウジアラビアGPは、西部ジェッダの海沿いに新設される市街地コースで行なう。そして首都リヤドに建設中の複合型エンターテインメント&商業施設「アル・キッディヤ」にも、グレード1規格のFIAライセンスを満たす新サーキットが建設されるという。このことからも、サウジアラビアのF1に対する熱意の大きさが伺える。

「サウジアラビアに関しては、パンデミックの中でも契約を結び、署名、発表することができたのは驚異的だった」とF1カレンダーの調整を行なうクロエ・ターゲット-アダムスは語る。

「レースを開催することをとても楽しみにしていますし、これは中東でのスポーツ振興に向けた長期的なビジョンでもあります」

「既にアブダビとバーレーンというふたつの素晴らしいパートナーが中東にはあります。どちらとも長期的な関係を築けていますし、信じられないほどの成功を収めています」

「サウジアラビアのように、人口も若い世代も多く、モータースポーツや自動車産業への関心が高い市場。それも北アフリカを始めとする中東地域への進出が可能な市場でレースを開催できることは、F1にとって非常に興味深い枠組みになるでしょう」

 ターゲット-アダムスが述べた通り、この契約提携は新型コロナウイルスが猛威を振るう中行なわれた。資金力のあるサウジアラビアとの契約提携は、リバティ・メディアやその株主、そしてF1チームが求めていた将来の収入を担保する重要なモノであった。

 2020年シーズンはバーレーンで2レース、アブダビで最終戦を催した。F1としては開催地から直接収入を得られるだけでなく、満額の放映権料を世界各国のテレビ局から回収できる17戦をコンプリートすることができたため、中東での3レースが大きな役割を果たしたと言えよう。

Sergio Perez, Racing Point RP20, 1st position, crosses the line for victory to the delight of his team

Sergio Perez, Racing Point RP20, 1st position, crosses the line for victory to the delight of his team

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 もし中東では3レースが限界だろうと考えていたのなら、カタールGPの追加でその予想は外れたことになる。2021年シーズンに入っても新型コロナウイルスの問題は続いており、いくつかのレースは開催中止となった。F1の新CEOに就任したステファノ・ドメニカリをはじめとする主催側は、その穴を埋める代替イベント開催地を探すことになった。

 代替とはいえ、F1開催契約は無償や格安のモノではなく、2020年にレースを急遽開催したムジェロ・サーキットやニュルブルクリンクの再現が起こる可能性はなかった。また、開催が確実視されていた第15戦ロシアGPから最終戦アブダビまでのヨーロッパ以外でのレース、通称“フライアウェイ戦”の動向にも注目が集まった。

 ヨーロッパ以外でグレード1規格のFIAライセンスを有し、かつ資金力のある開催地を探した結果、MotoGPカタールGPの開催地であるロサイルに白羽の矢が立ったのだ。

 元々、カタールでのF1開催は2021年カレンダーに空いた穴を埋める1度限りのイベントであった。しかし協議は、2022年のFIFAワールドカップ開催を挟み、2023年から2032年までの10年に及ぶ新契約までに発展した。

「F1は素晴らしい瞬間を迎えた」とカタールGPの長期契約発表に出席したドメニカリは語った。

「素晴らしいチャンピオンシップになった。我々全員が大きな注目を集めている。しかしこうして大成功を手にしているが、我々はコロナ禍にあり、常に柔軟で解決策を見出す必要にあった」

「4月に話し合いを始めて、そこでカタール連盟がグランプリを開催する準備ができていることが分かり、信じられないような気持ちになった。仮に開催中止になったイベントがあった場合、1レースを別で行なう用意ができていたのだから」

「そして、未来への一歩は発表された通りだ。我々の強固なパートナーシップは、本来とてもとても短期的かつ即時的なモノだった」

 まだ確定したワケではないが、カタールは2023年以降のF1開催サーキットとして、ジェッダに匹敵する海岸沿いの市街地コース、もしくは砂漠に常設サーキット新設を検討している。

 数ヵ月前まで候補地にも挙がっていなかっただけに、バーレーンでの長期契約や活発な動きはドメニカリにとっては大きな成功を意味している。また、彼にはバーレーンやアブダビ、サウジアラビアという既存のパートナーを満足させつつ、カタールGPのプロジェクトを成功させる必要があった。中東4ヵ国とその支配者間の関係は複雑であり、F1にはそれら全ての人々を満足させる絶妙なライン取りが求められた。

 ロサイルは最も魅力的なサーキットとは言えないかもしれない。しかしMotoGPではナイトレースを開催しており、それが人々を引きつける魅力にもなっている。また、中東でのナイトレースであれば、ヨーロッパ時間では視聴率の良いゴールデンタイムのレース放映になる。

Losail International Circuit aerial view

Losail International Circuit aerial view

 一方、カタールがF1を開催するメリットは明快だ。隣国に先んじてワールドカップを開催し、サッカーの祭典が去った後もその知名度を維持したいカタールにとっては、10年間というF1との長期契約がそれを後押しすることになる。かつてはカナダ・モントリオールやロシア・ソチがオリンピック開催後にF1開催契約を結んでおり、カタールでも同じようなことが起きている。

 しかし、一度立ち止まって考えてみよう。中東で4つもグランプリレースを開催すべきだろうか? これはF1ファンのみならず、多くのF1関係者を悩ませる問題でもある。

 当然ながら、伝統的なヨーロッパでのグランプリレースを追いやってまで、中東で開催すべきかという懸念がある。ヨーロッパのサーキット、特に政府の補助を受けていないサーキットでは巨額の開催権料に財政が逼迫するところも少なくない。

 別の見方をすれば、中東諸国のように資金力のある開催地が費用を補填することで、F1はそうしたサーキットとカレンダー入りに関する交渉を行なうことができるようになるということだ。

 また、“世界選手権”であるF1の柱ともいえるフライアウェイ戦が、新型コロナウイルスの猛威が長引くことで2度と戻ってこないのではと不安に思う人もいるかもしれない。これについては世界的な感染状況次第ではあるが、開催地の選択肢は少ないよりも多い方が良いのだ……。

 ドメニカリは中東でのレース開催数拡大に関して、アラムコを始めとする企業を通じ、中東はF1が進める代替燃料開発の最先端にいるとアピールすることになると語っていた。

「我々は常に、この地域はF1の戦略的発展に向けたマイルストーンになると言ってきた」と彼は語る。

「我々は(中東に)成長の可能性を感じており、F1や技術研究、スポーツ振興などを強化していけると考えている。これは我々の持続可能性のプロジェクトに対して責任をもつと考えていることにも関係している」

「ここから得られるパワーをさらに強化していけば、我々F1は将来的に人気かつ持続可能なプラットフォームになると確信できる」

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 ドメニカリが触れたように、持続可能性はF1にとって政治的に正しい手札である。しかし中東でのレース開催の裏では、人権をめぐる議論が続いている。

 サウジアラビアでのF1開催発表の際、アムネスティ・インターナショナルなどの人権保護団体から「人権侵害をごまかすための“スポーツウォッシュ”だ」という批判が寄せられた。人権問題に関し、今回のカタールGPも大きな注目の的となった。

Abdulrahman Al Mannai, President Qatar Motor and Motorcycle Federation, Stefano Domenicali, President and CEO F1

Abdulrahman Al Mannai, President Qatar Motor and Motorcycle Federation, Stefano Domenicali, President and CEO F1

Photo by: Formula 1

 F1はこうした問題に取り組む必要があると認識しており、既に解決に向けて取り組みを進めているとして、ドメニカリはこう主張している。

「我々は人権に関する責任を非常に重く受け止め、取引相手やサプライチェーン関係者に高い倫理基準を設けている。彼らとの契約書にも明記してあり、その遵守に最新の注意を払っている」

 FIA会長を務めるジャン・トッドは、F1のように注目度の高いイベントを間違った認識をされがちな地域で行なうことで、活動家が自らの反対意見を見直す機会になるという意見を支持している。

「我々はスポーツだ」と7月にトッドは語った。

「これは国際オリンピック委員会や(その会長の)トーマス・バッハともよく話し合ったことだ。彼らも同様の問題を抱えているからね。我々としては、スポーツが政治と関わるべきではないと考えている」

「NGOとの連携が必要になる。『ヒューマン・ライツ・ウォッチ』のようにきちんとした人がいる優れたNGOだ。彼らは、どのような貢献ができるのかを伝えてくれる。だから我々もそれに取り組んでいるのだ」

「個人的な意見としては、そのような国に行くことで、その国に対して否定的な意見を言う人々に(考え直す)チャンスが生まれる。(開催されなければ)おそらく起こり得なかったことだ。私が述べた通り、多くの解釈の問題を孕んでいるが、私としては正しいことだと思っている」

 多くのファンがソーシャルメディアを通じ懸念を明らかにしている通り、これは重要な問題だ。無論、F1の関係者や株主が無視できないモノだ。

 一方、スポーツとしての側面から見ると、最終戦アブダビを前に新たに2戦が追加されたことで、ルイス・ハミルトン(メルセデス)とマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)のタイトル争いに新たな展開が加わることになる。ドメニカリも、カタールGPがその戦いに一役買うことになると断言している。

 
 

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