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元日レース優勝で新年をお祝い。年末年始もF1は止まらない……時代もあった! 

F1のシーズンが12月に終わることに驚いているなら、F1にかつて大晦日でさえエンジンを止めなかった時代があったことをご紹介しよう。

Colin Chapman, Jack Brabham and Jim Clark celebrate New Year's together

Colin Chapman, Jack Brabham and Jim Clark celebrate New Year's together

 2021年12月12日、ルイス・ハミルトン(当時メルセデス)との激闘を制し、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)が自身初のチャンピオンを獲得した。それから4年後、2025年シーズンもタイトル争いが12月までもつれこみ、12月7日にランド・ノリス(マクラーレン)がチャンピオンとなった。

 2021年も2025年も、最終戦の舞台であるアブダビで「もうすぐクリスマスだ」と、思った関係者は多かったに違いない。

 近年、F1はレースカレンダーの拡大に伴い、シーズンが全24戦まで膨れ上がっているため、シーズン閉幕が12月になるのも珍しくない。2026年も、3月6〜8日のオーストラリアGPで開幕し、12月4〜6日のアブダビGPで閉幕。丸9ヵ月の長い戦いが予定されている。

 しかし今よりはるかにレース数が少ない時代は、12月の後半になっても選手権が中断されることはなかった。実際、クリスマス休暇中にチャンピオンが決定したこともあった。

 1960年代のF1は、こうした日程は普通のことだったのだ。1962年の最終戦、南アフリカGPは12月29日に開催された。プリンス・ジョージ・サーキットでのF1初レースは、BRMのグラハム・ヒルとロータスのジム・クラークによるタイトル争いが決するレースでもあった。

 クラークはヒルに9ポイント差をつけられ、ランキング2番手だったが、当時のポイント方式は9戦中5戦の有効ポイント制。クラークは優勝できればタイトルを獲得できる状況だった。

 実際、クラークはポールポジションからレースをスタートし、ヒルやクーパーのブルース・マクラーレンを30秒以上も引き離してトップを快走していた。

 フィニッシュまであと20周となった、62周目にクラークの夢は断たれた。数周前から悩まされていたオイル漏れにより、彼はリタイアを余儀なくされ、優勝したヒルが初のチャンピオンに輝いたのだ。

Graham Hill, BRM P57 and Jim Clark, Lotus 25 Climax

Graham Hill, BRM P57 and Jim Clark, Lotus 25 Climax

写真: Motorsport Images

 クラークのリベンジは丸1年後。1963年12月28日、南アフリカで、年末直前に再びシーズン最終戦が開催された。

 クラークはこの年、圧倒的な強さを見せて10戦中7回のポールポジション、7勝をマークしたため、最終戦を前にすでに初チャンピオン獲得を決めていた。南アフリカGPでは、1988年にアイルトン・セナが8勝(シーズン16戦)するまで抜かれない、シーズン最多勝の大記録がかかっていた。

 クラークはこのレースをポールポジションからスタート。ブラバムのジャック・ブラバムとダン・ガーニー、フェラーリのジョン・サーティースやロレンツォ・バンディーニを従えた。

 クラークは驚異的な速さで、誰にも止められないペースを刻み、ガーニーとグラハム・ヒルを制してフィニッシュラインを駆け抜けた。ヒルは67周目に1周遅れとなり3位に終わった。

Jackie Stewart, BRM P261

Jackie Stewart, BRM P261

写真: Motorsport Images

 クラークは年末だけではなく、年始のレースにも強かった。1965年の南アフリカGPは開幕戦としての開催で、まさに1月1日に行なわれたのだ。

 ここでもポールからスタートしたクラークは、スタートからフィニッシュまで首位を守り抜いた。フェラーリのサーティース(前年王者)が2位、ヒルが3位で続いた。表彰台で新年と勝利を祝うシャンパンの味わいは、間違いなく格別なものだっただろう。

 またクラークにとって最後のF1グランプリ、F1キャリア最後の勝利も、元日開催のレースだった。

 1968年の開幕戦南アフリカGPは、プリンス・ジョージ・サーキットではなくキャラミでの開催。クラークはロータス49のステアリングを握り、チームメイトのヒルと、BRMのヨッヘン・リントを抑えて優勝し、チームにF1での30勝目をもたらした。

 クラーク自身もこの勝利で、ファン・マヌエル・ファンジオの勝利数をひとつ上回る通算25勝をマークした。その3ヵ月後、4月7日に起きた悲劇を考えると複雑だが、それはまた別の話としよう。

 非選手権だったレースも含め、1960年から1968年(1964年は開催されず)はクリスマス後〜1月2日に決勝が行なわれていた南アフリカGP。クラークはこの期間の南アフリカGPで計4勝しており、”年末年始男”だったのだ。

 クラーク以外には、1960年のポール・フレール、1966年のマイク・スペンス(どちらも非選手権レース)が1月1日に、1967年のペドロ・ロドリゲスが1月2日に、南アフリカGPの表彰台の一番上で新年を祝っている。

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