F1
21 5月
-
24 5月
Canceled
04 6月
-
07 6月
Canceled
11 6月
-
14 6月
Postponed
25 6月
-
28 6月
Postponed
03 7月
-
05 7月
イベントは終了しました
10 7月
-
12 7月
イベントは終了しました
R
ハンガリーGP
17 7月
-
19 7月
次のセッションまで……
2 days
31 7月
-
02 8月
次のセッションまで……
16 days
R
F1 70周年記念GP
07 8月
-
09 8月
次のセッションまで……
23 days
R
スペインGP
14 8月
-
16 8月
次のセッションまで……
30 days
28 8月
-
30 8月
次のセッションまで……
44 days
R
イタリアGP
04 9月
-
06 9月
次のセッションまで……
51 days
R
シンガポールGP
17 9月
-
20 9月
Canceled
R
ロシアGP
25 9月
-
27 9月
次のセッションまで……
72 days
08 10月
-
11 10月
Canceled
23 10月
-
25 10月
次のセッションまで……
100 days
R
メキシコGP
30 10月
-
01 11月
次のセッションまで……
107 days
R
ブラジルGP
13 11月
-
15 11月
次のセッションまで……
121 days
R
アブダビGP
27 11月
-
29 11月
次のセッションまで……
135 days

美しきF1マシン:「イメージ一新。マクラーレン最初の”シルバーアロー”」MP4-12

シェア
コメント
スライダー
リスト

Mika Hakkinen, Mclaren MP4-12

Mika Hakkinen, Mclaren MP4-12
1/7

写真:: Sutton Images

McLaren MP4-12

McLaren MP4-12
2/7

写真:: James Mann

McLaren MP4-12

McLaren MP4-12
3/7

写真:: James Mann

McLaren MP4-12

McLaren MP4-12
4/7

写真:: James Mann

McLaren MP4-12

McLaren MP4-12
5/7

写真:: James Mann

McLaren MP4-12

McLaren MP4-12
6/7

写真:: James Mann

David Coulthard, McLaren MP4/12

David Coulthard, McLaren MP4/12
7/7

写真:: LAT Images

執筆:
2020/05/27 6:35

1997年のマクラーレンのF1マシンMP4-12は、それまでの”紅白”のイメージを一新。銀と黒をベースとしたカラーリングとなり、メルセデスのエンジンを使っていたこともあり”シルバーアロー”と呼ばれた。

 1970年代から1990年代前半にかけて、マクラーレンと言えばタバコブランド”マルボロ”の赤と白で塗り分けられたカラーリングを身に纏っていた。その間にジェームス・ハントやニキ・ラウダ、アラン・プロストやアイルトン・セナなど、幾多のスタードライバーがドライブし、F1を代表するマシンカラーリングのひとつであった。

 しかし1997年のグランプリからは、それが消えることになった。マルボロは同年から、スポンサード先をフェラーリに一本化。その結果、マクラーレンには別のタバコブランドである”ウエスト”がつくことになった。このウエストは、1980年代後半にはザクスピードを支援していたこともある。

 メインスポンサーがウエストになったことにより、マシンのカラーリングは銀と黒をベースにしたモノに大きく変更。メルセデスのエンジンを積んでいたこともあり”シルバーアロー”を地で行く形となった。

 他車と比べれば低いノーズ、そして後に明らかになるブレーキ・ステアリング(リヤのブレーキをコーナーのイン側だけ作動させることで、よりスムーズにマシンの向きを変えるシステム)などを搭載したMP4-12は、高い戦闘力を有していた。開幕戦オーストラリアGPでは、デビッド・クルサードが優勝し、ミカ・ハッキネンも3位に入る幸先の良いスタートを切ったのだ。

 この開幕戦の勝利は、1993年最終戦オーストラリアGP以来丸3年未勝利が続いていたチームにとって、久々の優勝となった。ただエンジンの信頼性は低く、その後はリタイアが相次いだ。シーズン途中で投入されたFO110Fスペックは大きくパワーアップしたものの、やはり信頼性は低く、リタイアが続いた。

 そんな中でもイタリアGPでクルサードが2勝目。最終戦ヨーロッパGPでは、ミカ・ハッキネンが優勝を果たす。ハッキネンにとってはこれがF1初優勝であった。

 マクラーレンのパフォーマンス向上が花開くのは、翌年のことだ。この1997年中には、天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイが加入。さらにこの年F1デビューを果たしたブリヂストンタイヤを1998年から採用……これらの影響もあり、1998年と1999年にハッキネンが2年連続でドライバーズタイトルを獲得することとなった。

 なお2011年には、マクラーレンからほぼ同名の市販車”MP4-12C”が発売。そのGT3モデルはスーパーGTなどにも参戦した。

Read Also:

次の記事
アストンマーチン、CEO退任を正式発表。現メルセデスAMGのCEOが後任に

前の記事

アストンマーチン、CEO退任を正式発表。現メルセデスAMGのCEOが後任に

次の記事

マクラーレン、”痛み”を伴うレギュレーション変更は「F1の将来に向け必要不可欠」

マクラーレン、”痛み”を伴うレギュレーション変更は「F1の将来に向け必要不可欠」
コメントを読み込む

この記事について

シリーズ F1
チーム マクラーレン 発売中
執筆者 田中 健一