ホンダが2021年のF1に先行投入したという”カーボンニュートラル燃料”。一体何をやったのか?「原料は全く違うが、成分は化石由来のモノと全く同じ」
ホンダはF1活動最終年の2021年シーズンに、カーボンニュートラル燃料を実用化し、実戦投入していた。この成分はホンダが開発を担当したという。当時一体どんなことを行なっていたのか?
写真:: Zak Mauger / Motorsport Images
2021年、マックス・フェルスタッペン(レッドブル)の手によりF1ドライバーズタイトルを獲得し、その年限りでF1参戦活動を終了させたホンダ。今季(2022年)もホンダ・レーシング(HRC)を介し、レッドブル・パワートレインズが使うパワーユニット(PU)の開発・製造をはじめとしたサポートを担っている。
そのホンダが2021年シーズンにカーボンニュートラル燃料を使っていたことを、現在HRC Sakuraの四輪レース開発部の部長を務める浅木泰昭が明らかにしている。
カーボンニュートラル燃料とは、次世代エネルギーのひとつとして期待されているもののひとつ。ホンダがF1からの撤退を発表した当時は、カーボンニュートラル化を実現する上での選択肢は電動化一本という風潮だったが、最近では水素エネルギーはもちろんのこと、このカーボンニュートラル燃料にも注目が集まっている。カーボンニュートラル燃料は、現時点では製造コストが高いのが難点だが、既存のガソリンと同じように扱うことができ、電気や水素のようなインフラの再整備にかかる費用なども最小限に抑えることができるのがメリット。その上エネルギー密度が高く、一番現実的な将来のエネルギー源なのではないかという見方もある。
F1でも2026年からは、使う燃料を100%このカーボンニュートラル燃料にすることが決定。他のカテゴリーでも、すでに実戦投入されたり、投入に向けた準備が進められている。
そんな中ホンダは、2021年の段階で先行して投入。従来の燃料と同じパフォーマンスを発揮してみせた。しかもそのカーボンニュートラル対応に使われた素材は、当時提携していた燃料メーカーであるエクソンモービルではなく、ホンダが用意したモノだという。
いったいどんなことが行なわれていたのか? 当時カーボンニュートラル燃料の開発に携わった、本田技術研究所の先進パワーユニット・エネルギー研究所の橋本公太郎博士に話を訊いた。
「2021年のシーズン中に、燃料の中に含まれるホンダが開発した高性能成分をカーボンニュートラル化しました」
橋本博士はそう語る。
「何をしたかというと、ガソリンに含まれる高性能成分の58.5%を、再生可能成分にしたんです」
「再生可能電力を使って作った水素と、植物の食べられない部分、今回は木質バイオマスを原料とした炭素から、e-メタノールを作りました。そのe-メタノールと第二世代のバイオケミカル、さらには化学品を合成して、F1燃料の高性能成分を作ったんです」
「本来は化学品を使わず、100%再生可能成分で作ることも理論的には可能です。しかしホンダはF1を2021年までしかやらないということになっていたので、時間的な制約もあったため、今回は化学品を使うことになりました。そのため58.5%がカーボンニュートラル化したということになりました。それをエクソンモービルさんにお渡しして、F1用のガソリンにブレンドしていただきました」
「原料は違うわけですが、出来上がったモノは、化石燃料由来のモノとまったく同じ成分です」
■高性能成分とは??
F1 Fuel for the weekend
Photo by: Erik Junius
なお今回ホンダで作ったのは、ガソリンのうち、F1エンジンの出力を向上させるために活かされる”高性能成分”である。F1で使う燃料は、基本的には市販ガソリンに使われる成分でなければいけないと規定されており、使える成分は非常に限られている。その中から今のF1エンジンに最適なモノを選定し、その成分を作り上げていったのだと橋本博士はいう。
「今のレギュレーションでは、燃料流量が規定されています。その中で出力を上げるためには、燃料の発熱量を上げていかなければいけないんです。そしてその上で、熱効率も高くなければ、出力は上がりません」
「効率を上げるためには圧縮比を上げたり、理想的なところで点火されるようにしなければいけないんです。ただ圧力が高まると異常燃焼(ノッキング)が起きるので、それも起きないようにしなければいけません」
橋本博士は、F1用燃料における高性能成分の開発について説明する。
「そのため高い発熱量を持つ炭化水素の中から、F1エンジンでも異常燃焼が起きにくいモノを探索しました。それを計算で導き出したんです。その計算には、例えばイソオクタン(飽和炭化水素/オクタンの異性体)ひとつを見ただけでも、1000くらいの化学反応式が出てきます」
「燃料に火がつくのは酸化反応なんですが、細かく見ていくとたくさんの反応が起きています。これをひとつずつ見ていくと、どんな条件で着火するのかということが分かります。それを解いていくことで、こういう成分がいいですよというところを導いていきます」
今回はこの高性能成分のうち、一部をカーボンニュートラル化したわけだが、ガソリンの全部分を、カーボンニュートラルに置き換えることは十分に可能だと橋本博士はいう。
「100%できます。技術的には全く問題ありません。ただ、たくさんの量を作らなければいけないので、それはホンダではできません。でも、作り方としては何らかの方法があるはずです」
■将来の自動車のため、F1を普及の先駆けに
Max Verstappen, Red Bull Racing RB16B
Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images
前述の通り、カーボンニュートラル燃料は製造コストが高いということで知られている。しかしF1用であれば、全く問題になる価格ではないという。そしてそこを起点に、カーボンニュートラル燃料を普及させていくのが目的だと橋本博士は言う。
「言いづらいところではありますが、現時点ではガソリンと比較して桁が違うくらい価格が高いです。ひと桁じゃ効かないかもしれません」
そう橋本博士は説明する。
「しかし、元々のF1燃料もそんなモノです。F1の燃料はすごく作り込んでいるので、ものすごく高価だと聞いております。それと比較すれば、カーボンニュートラル燃料もそれほど価格は変わりません。そう考えれば、そんなに変なことではないかな……だからF1で導入するのは現実的というイメージです」
「カーボンニュートラル燃料は、初期導入時にコストがかかるので、F1のような特殊な用途で使うことで、認知推進していくことが重要です。しかもF1は、燃料も開発できる領域になっていますから、高性能化とカーボンニュートラル化を両立させることも可能です。さらにモータースポーツでは最近、カーボンニュートラル化の動きが加速していますからね」
「我々は、カーボンニュートラル燃料を普及推進させるという目的のために、F1燃料の高性能成分をカーボンニュートラル化したということになります」
カーボンニュートラル燃料の需要が高まり、大量生産できるようになれば、量産車でも使えるまで価格が下がっていくだろうと予測する橋本博士。しかしそれには段階を踏む必要があるとも語る。
「たくさん量を作れば安くなるという部分はあります。ただそれまでには、いくつかのハードルがあります」
「まずは少々価格が高くとも、電動ではエネルギー量が足りないという部分でカーボンニュートラル燃料の普及が進んでいくことになると思います。この電動化が難しい部分に、カーボンニュートラル燃料をいかに普及させられるかということが、今後の鍵になると思います」
ホンダが2021年のF1で先行投入したカーボンニュートラル燃料。それはモータースポーツ界のカーボンニュートラル実現だけを見据えたモノでは決してない。F1から、将来のモータリゼーションを変革する……そのための一歩、しかも大きな一歩だったということだ。
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