ウイリアムズ創設者、故フランク・ウイリアムズ卿の追悼ミサにF1界から重鎮集まる

2021年11月に亡くなったフランク・ウイリアムズ卿に敬意を示す追悼ミサがロンドンで開かれ、F1界から数多くの重鎮が集まった。

ウイリアムズ創設者、故フランク・ウイリアムズ卿の追悼ミサにF1界から重鎮集まる
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 7月4日(月)にイギリス・ロンドンのウェストミンスター大聖堂で、昨年11月に亡くなったウイリアムズの創設者であるフランク・ウイリアムズ卿を偲ぶ追悼ミサが開かれ、F1界から多くの重鎮が集まった。できるだけ多くのF1関係者が出席できるようにと、イギリスGP決勝レースの翌日に行なわれた。

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 ミサには600人以上が出席し、ナイジェル・マンセルやデイモン・ヒル、ジェンソン・バトン、ミカ・ハッキネンの4名のF1世界チャンピオンを始め、バルテリ・ボッタスやニック・ハイドフェルド、マーティン・ブランドル、アントニオ・ピッツォニア、ジョナサン・パーマーらウイリアムズでF1を走ったドライバーも数多く名を連ねた。

 F1側からはCEOのステファノ・ドメニカリとマネージングディレクターのロス・ブラウンが出席。ブラウンは、1976年にウルフ・ウイリアムズでF1でのキャリアをスタートさせたひとりだ。

 また現役・元チーム代表もミサに参加し、ロン・デニスやエディ・ジョーダン、デビッド・リチャーズ、クリスチャン・ホーナー・アンドレアス・ザイドル、オットマー・サフナウアー、ヨースト・カピトが出席した。

 そしてパトリック・ヘッドやエイドリアン・ニューウェイを筆頭に、ウイリアムズでチームスタッフを務めた面々、そして現在のチームスタッフも数十人集まった。

Sir Frank Williams memorial service

Sir Frank Williams memorial service

Photo by: Adam Cooper

 ヘッドは「フランクなら弔辞を嫌うだろう」と弔辞を始め、ウイリアムズ卿への感謝の言葉を思い出と共に語った。

 彼は一度モータースポーツを離れモーターボート業に勤しんでいた1976年に、ウイリアムズ卿から接触してきたことを回想した。彼は最初の会合が行なわれるロンドンのホテルに40ポンド(約6600円)のルノー『4』で乗り付け、そこで仕事の依頼を受け、その後40年に渡る二人三脚のパートナーシップが始まったのだ。

 ヘッドはウイリアムズ卿を「『くまのプーさん』を読んだことのある人なら分かるが、ティガーのような人だった。いつもエネルギーに満ちあふれているが、いつも上手くコントロールできる訳ではなかった」と振り返り、「彼のエネルギーは伝播し、チーム全体を奮い立たせた」と付け加えた。

 そして締めの言葉としてヘッドはこう語った。

「あなたの魂がどこにあろうと、レブリミットに当たったレーシングエンジンの音が今でも聞こえていることを願っている」

Sir Frank Williams memorial service

Sir Frank Williams memorial service

Photo by: Adam Cooper

 ウイリアムズ卿の義兄弟であるジェイミー・ベリーがウイリアムズ家を代表して弔辞を読み上げ、フランクの亡き妻、ジニーことヴァージニアの存在の大きさを語った。ジニーはフランクが1986年の交通事故で下半身不随となった後、チームの支えとなった。

 デニスが朗読を行ない、元チームスタッフでジャーナリストのピーター・ウィンザーはウイリアムズ卿の好きだったジョン・キーツの詩『秋に寄せて』を読んだ。

 追悼ミサの後、ゲストは1979年のイギリスGPでチームにF1初優勝をもたらしたクレイ・レガツォーニの『FW07』が展示されたペル・メルの王立自動車クラブに集まった。

 
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