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特集|レッドブルがホンダF1と歩んだ“軌跡”……チーム首脳陣の声と共に振り返る「ホンダが唯一の道だった」

GP2エンジン。そうパワーユニットにレッテルを貼られたホンダF1は、失意と共にマクラーレンと袂を分かつた。早期のF1撤退も危ぶまれる中、レッドブル陣営はあえてホンダと組むことを選んだ。この決断に関わったキーパーソンたちが、この賭けがいかに大きな成果をもたらしたかを語る。

2021 drivers champion Max Verstappen, Red Bull Racing, 1st position, celebrates in Parc Ferme with his team, including Helmut Marko, Consultant, Red Bull Racing and Masashi Yamamoto, General Manager, Honda Motorsport

 もしレッドブルが、2019年シーズンに向けてホンダとの新規パワーユニット(PU)供給契約ではなくルノーとのカスタマーPU契約を継続していたら、マックス・フェルスタッペンは2021年のF1世界チャンピオンになれただろうか?

 フェルスタッペンと、F1ハイブリッド時代の雄ことメルセデスとルイス・ハミルトンとの間で展開されたわずかな差が勝敗を分けた昨年の総力戦を鑑みると、その答えは「ノー」だろう。

 昨シーズン、ホンダPUがアルピーヌが搭載するルノーPUよりも総合的に優れていたことは疑いようもない。そしてテクニカルオフィサーのエイドリアン・ニューウェイを筆頭に、2019年からチームはホンダPUとの親和性を高める2年を過ごしていたのだ。

 今にして思えば、レッドブルがホンダとPU供給契約を結んだのは、天才的な一手だったように思える。

 レッドブルの計画が動き出したのは2017年のことだったが、当時マクラーレンに搭載されていたホンダPUは、ライバルからかなり後れを取っていたように見えた。そのことを考えれば、ホンダへの乗り換えを行なうことは大きな賭けであったが、今では容易に忘れ去られている。

 実際、2014年からF1が1.6リッターV6ターボエンジン+熱&運動エネルギー回生システム、いわゆる”PU”を採用して以降、レッドブルはPU供給元のルノーに対し、それまで通りの成績が出せないことに苛立ちを募らせていた。ルノーとの関係は悪化の一途を辿り、新たな道を模索するレッドブルは、故ニキ・ラウダの仲介によってメルセデスPUへの変更を進めるも、優位性が失われることを恐れたメルセデスのトト・ウルフ代表によって阻止されていた。

ゴールデンコンビ、マクラーレン・ホンダの復活と騒がれたあの日……夢は夢で終わった。

ゴールデンコンビ、マクラーレン・ホンダの復活と騒がれたあの日……夢は夢で終わった。

Photo by: XPB Images

 ホンダは、2015年にマクラーレンにPUを供給する形でF1へ復帰。1980年代後半から1990年代初頭のF1を席巻したマクラーレン・ホンダの復活とあり、大きな期待を背負ったが、トラブルが相次ぎ、この年のコンストラクターズランキングは9位。ただ厳しいスタートを切ったものの、少なくとも前進の兆しは見せていた。そしてマクラーレンに続いて、ホンダF1がザウバーにもカスタマーPUを供給するという噂を聞きつけたレッドブルは、2017年以前にもホンダと契約に向けた交渉を行なっていた。

「2015年の時点でも、軽い話し合いを設けていた」とレッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は語る。

「ホンダとの契約にはバーニー(エクレストン/元F1 CEO)が仲介として深く関与していて、我々はオースティンまで出向いてホンダと大規模な会議を行なった。残念ながらロン・デニス(当時のマクラーレン・グループ会長)が拒否権を持っていて、その契約に拒否権を発動させたんだ。彼が反対しなかったら、早くから(ホンダPUへ)変更していただろうね」

”2015年当時、3種類のPUでマシンデザインを行なっていたことを覚えているよ!” - クリスチャン・ホーナー

「ホンダからは図面を全てもらっていたし、メルセデスとも話を進めていた。もちろん当時のルノーとも契約は交わしていた。(チーフデザイナーの)ロブ・マーシャルと彼の部門は、当時3つの異なるPUに対処していたんだ」

「結局2016〜2017年はルノーPUを継続して使用したが、明らかに彼らとの関係の外に目を向ける必要があった」

 2015年当時は契約締結までたどり着かなかったものの、レッドブルはホンダのパフォーマンスに注視していた。

 マクラーレン・ホンダは2016年シーズンに進歩を見せ、コンストラクターズランキング6位になった。しかし、コンパクトさを重視した『サイズゼロ』コンセプトから新骨格のPUに切り替えた2017年シーズンは、再びランキング9位にまで転落した。ホンダPUの信頼性・パフォーマンス不足に加えシャシー自体のパフォーマンス不足も囁かれたが、その責任はホンダへ向けられた。

 マクラーレンとホンダは袂を分かち、巨額の違約金を支払ってまでもマクラーレンは2018年からルノーのカスタマーPUを使用することを選択。加えて、ホンダのザウバーへのPU供給計画も白紙に戻ってしまった。

ホンダがトロロッソへのPU供給開始は、レッドブルがホンダとの関係を深める前触れであった。

ホンダがトロロッソへのPU供給開始は、レッドブルがホンダとの関係を深める前触れであった。

Photo by: Steven Tee / Motorsport Images

 そこでレッドブル・グループがマクラーレンとの関係が解消されたホンダに再び交渉を持ちかけた。その結果、2018年から姉妹チームのトロロッソ(現アルファタウリ)がホンダPUを搭載することで合意し、ホンダはスポットライトの当たることが少ないチームで開発に専念する時間、レッドブルは将来的な搭載を見越してPUを低リスクで評価する機会を得た。仮に計画通りに進めば、親チームのレッドブルが翌年からホンダPUへの変更に乗り出す……そのような手はずは整っていたのだ。

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「グループとしての戦略上、マクラーレンが実際に契約を解消した後に、トロロッソがホンダPUの供給を受けることは理に適っていたと思う」とホーナーは言う。

「その頃にはロンが(マクラーレンを)去っていたのは確かだし、ターニングポイントだったからこそ、安全策を取る必要があったんだ。それによって、我々は契約締結に足る見識を得ることができた。そのおかげで、2019年に向けて十分な準備を行なうことができた」

「我々は、このプロジェクトの成功を心から望んでいた」

「サクラ(本田技術研究所のHRD Sakura)に足を運び、彼らの情熱と献身、舞台裏で行なわれていた投資を目の当たりにした。時間の問題であることは明らかだったんだ。彼らは正しい方向に進んでいたし、我々の経験でそのプロセスを加速できればと思っていた」

 レッドブルのモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコもHRD Sakuraを訪れ、ホンダが強力なPUを造るポテンシャルを秘めていると確信したという。

「我々は闇雲にギャンブルしたワケではない」とマルコは言う。

「情報源は明かせないが、何が可能かは分かっていた。実際にサクラを訪れると、判断は正しかったのだという印象は強まった。その時はクリスチャンとエイドリアンも一緒に来ていて、そこで何が行なわれているのかを見てもらった」

「2018年、我々はデータを受け取っていた。そして、ホンダが(マクラーレンでの)状況に不満を持っていたこと、少なくとも“自分たちが戦えるところ“を証明したいと彼らが思っていることも知っていた」とホーナーは言う。

「我々はルノーと長年一緒に戦っていたが、2014年以降は常に後塵を拝し、『来年こそは……来年こそは』とルノーから言われ続けていた。資金面でのアプローチでも……彼らの設備やテストベンチの数などを見れば、サポートのレベルが違うことは明らかだった」

 2018年シーズンのプレシーズンテストではノートラブルでマイレージを稼ぎ、新生トロロッソ・ホンダのマシンを駆るピエール・ガスリーは、2018年シーズン開幕2戦目のバーレーンGPで4位入賞。レッドブルがホンダPUを搭載する計画の”先駆け”として行なわれたプランは、それまでの悪評を覆すかのように機能した。ホンダは、正しい道を歩んでいると結果で証明したのだ。

「レッドブル・レーシングの戦略上、我々には一年の中頃にどちらかを選択する必要があった」とホーナーは続ける。

「(6月の)カナダGPの後には、ルノーに我々の決断を伝えることになっていたから、我々は2018年前半のホンダの開発を注視していたんだ。トロロッソにギヤボックスを供給することで、我々は(ホンダPUの)取り付けを見ることができたし、PUの状態やホンダの献身、そして進歩の速度を見ることができた」

”(2018年の)カナダGPになる頃には、ホンダはルノーに肩を並べるまでになっていた。ただルノーと比較して、ホンダの成長率は圧倒的だった” - クリスチャン・ホーナー

2018年シーズンにホンダの改善を見たレッドブルは、翌年からルノーからホンダにPUをスイッチ。

2018年シーズンにホンダの改善を見たレッドブルは、翌年からルノーからホンダにPUをスイッチ。

Photo by: Jerry Andre / Motorsport Images

「ホンダのプロジェクトに対する献身も大きかった。その時点で、レッドブルは2019年シーズンをホンダで戦うことが決定されたのだ」

「2018年の最初のスペックは、彼らが約束した通りのPUだった」とマルコは言う。

「そして、カナダGP(に投入したスペック)で大きな一歩を踏み出した。このアップグレードが来た後に、最終決定を下した。チーム内部での決定は多かれ少なかれ(5月の)モナコGPで決まっていたが、カナダGPでの改善で確信したのだ」

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 またレッドブルの首脳陣は、金銭的な意味合いからマクラーレンがホンダとの契約を解消することをほとんど信じていなかったという。

「契約解消によって、マクラーレンは1億ドル(約117億円)ほどコストが増加したはずだ」とホーナーは言う。

「というのも、PUとスポンサー、ドライバーの給料がタダで済んでいたのに、PUとドライバーのために支払いを行なうことになった上、スポンサーも失った。彼らにとってはかなりの痛手だっただろうね」

「その根拠を正確に理解するのは難しいことだ。だがマクラーレンの(大株主だった故)マンスール・オジェが、『ちくしょう、俺らはしくじった!』と言っていたのを覚えているよ」

「当時マクラーレンは、チームは最高のシャシーを持っているとコメントを多く残していたからね。(2018年に)彼らが我々と同じ(ルノーの)PUを手にした時、全ての責任がPUにあったワケじゃないと突然明らかになったんだ」

 レッドブル・ホンダとして挑んだ2019年シーズン開幕戦のオーストラリアGPで、フェルスタッペンは予選4番手から3位表彰台を獲得。それからというもの、レッドブルとホンダは後ろを向くことはなかった。

「F1ハイブリッド時代におけるホンダの初表彰台だった」とホーナーは開幕戦を振り返る。

”3位を獲ったオーストラリアGPの表彰台の下で、ホンダのスタッフが涙を流しているのを見た……素晴らしい光景だった” - クリスチャン・ホーナー

「その情熱と感動を目の当たりにすれば、彼らにとってどれだけ重要なことかが分かるはずだ。オーストリアGPで勝利を挙げるまで、そう時間はかからなかった。あの瞬間は本当に感動的だった。おとぎ話のような出来事だったね」

「マックスはその年、とても競争力があった。我々は3勝できたし、ハンガリーGPでは勝ちかけたから、4勝できていたかもしれない。ホンダとは競争力のある状態で関係をスタートできたんだ」

フェルスタッペンの2019年オーストリアGPでの優勝は、ホンダとしては2006年ハンガリーGP以来の快挙だった。

フェルスタッペンの2019年オーストリアGPでの優勝は、ホンダとしては2006年ハンガリーGP以来の快挙だった。

Photo by: Steve Etherington / Motorsport Images

 2019年はフェラーリが華々しい活躍を見せ、メルセデスをシーズン終盤まで苦しめた。しかしFIAがフェラーリの“違法と思われる”PUを取り締まると、彼らの戦闘力は削がれ、2020年には大きく低迷することになった。そしてメルセデスは、大きく躍進を遂げた。

 その一方で2020年10月にホンダは、2021年シーズンを持ってF1へのワークス参戦を終了するという発表を行なった。表向きは、研究開発リソースをカーボンニュートラルの実現に集中させるという理由による判断であった。

「実際、我々は夏頃に知らされていた」とホーナーは言う。

「2022年シーズンに向けて他のPUサプライヤーと話をしたり、考えたりするために十分な時間を設けるために7月頃に知らせてくれたんだ」

「彼らの決定は、世界的な潮流も相まって導き出されたモノだと思う。それで2020年末には、どんな選択肢があるのかを試しに探ってみたんだ」

 ホンダは2021年末でのF1撤退を宣言したものの、最終シーズンにタイトル獲得すべく、開発を加速させた。

「ルノーのPUも手に入れることはできた」とマルコは言う。

「だが変更を加えたければ、痛み以上のモノが伴ったはずだ。ホンダであれば、約束されたモノなら何でも手に入った」

「ただひとつ言えることは、我々はホンダのPUが、2020年にはメルセデスと同じレベルになると考えていた。しかし実際には、“イタリアのミラクル”があってメルセデスはPUに力を注いだ。だから我々はそこに到達できなかった。ホンダが肩を並べたのは2021年になってからだった」

 2021年、フェルスタッペンとレッドブル・ホンダは大半のレースで最速のマシンパッケージで戦い、ハミルトンとメルセデスがシーズン終盤に追い上げたものの、最終戦アブダビGPでドライバーズタイトル獲得を決めた。ホンダへのPU変更という賭けが、誰もが予想した以上に良いカタチで成功したのだ。

 ホンダとしては、第4期F1活動で13回のポールポジションと17勝をマーク。そして1991年のアイルトン・セナ以来30年ぶりの世界チャンピオンを輩出した。

フェルスタッペンが最終戦で世界王者に。ホンダとしては、1991年のアイルトン・セナ以来のこと。

フェルスタッペンが最終戦で世界王者に。ホンダとしては、1991年のアイルトン・セナ以来のこと。

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

「ルノーでは未来がないことは分かっていた」とマルコは続ける。

「マックスをチームに留めておくためには、何とかしなければならなかった。ホンダが唯一の道だったと思うし、幸運にもとても上手くいった」

「リスクがあることは分かっていた」とホーナーは言う。

”しかし、(ホンダとの)提携によるアドバンテージは強大だった。素晴らしいカタチで報われたと思う。我々はとても楽しめたし、情熱的で献身的だった” - クリスチャン・ホーナー

ホンダがさよならを告げる……ある程度?

 2020年7月にホンダが2021年末にF1から撤退することを知らされたレッドブル。F1参戦継続をホンダに働きかけたものの、撤退を撤回することはないと理解した。

「もし2020年に昨年のような成功を既に収めていれば、もしかしたら彼らは決断を変えていたかもしれない」とマルコは言う。

「今、自分たちがどれだけ世間から注目を集めているのか、業界にとってホンダがどれだけ大きな存在なのか、そういったことを彼らは目の当たりにしているのだから。でも、日本では一度決まった決定は覆らない……そういうモノなんだ」

レッドブル・パワートレインズのPUを搭載する2022年のレッドブルRB18。実質的にはホンダ製。

レッドブル・パワートレインズのPUを搭載する2022年のレッドブルRB18。実質的にはホンダ製。

Photo by: Motorsport Images

【ギャラリー】ホンダF1第4期:全車総覧 ー数え切れない悔しさが彼らを強くしたー

 ホンダがF1を去った後、レッドブルはPUを独自に運用することを決め、レッドブル・パワートレインズ(RBP)を設立。ただそこで扱うPUはホンダ製のモノであり、2022年仕様についてはホンダが開発を行ない、組み立ての一部もホンダが行なっている。なおホンダ側はこれまでMotoGPなど2輪レースのレース活動母体だったホンダ・レーシング(HRC)に、RBPへのサポートを含む、4輪レース活動の全てを移管し、新たな体制でスタートを切ることになった。

 ホンダF1の第4期活動の集大成とも言える2022年用PUは、シーズン序盤からレッドブルとアルファタウリに馬力という名の”翼”を授けている。

 開幕戦バーレーンGPは燃料ポンプのトラブルによりリタイアとなったものの、スピードトラップではRBP勢がトップ4を独占した。第2戦サウジアラビアGPでは、レッドブルのセルジオ・ペレスがポールポジションを獲得。フェルスタッペンが決勝レースを制した。

 レッドブルは現時点では、新しいPUレギュレーションが導入される2026年以降は、RBPで独自のPUを開発し、F1に挑むことを目指している。そのためにメルセデス・ハイパフォーマンス・パワートレインズ(HPP)からキーパーソン数名をヘッドハンティング。HPPでエンジニアリング部門を率いたベン・ホジキンソンが、2021年4月にRBPのテクニカルディレクターに就任した。

 なお2022年末にマルコは、2026年の次世代PU導入まではHRCでPUの製造が行なわれることになったと発言していた。これが事実であれば、今後もホンダがPUの知的財産権を引き続き保持し、2026年に新規PUサプライヤーとして参加するRBPは、テストベンチ稼働時間の譲歩など、優遇措置を受けつこをができるはずだ。またそれとは別に、フォルクスワーゲン・グループとの提携に関する噂も出ている。

「もしホンダと契約を結ぶことができれば、彼らがグループ内に抱えるスキルと発展を用いて、我々の競争力を高める最高のチャンスになるだろう。だから答えはすぐに出た」とホーナーは言う。

「我々は、独自のパワートレインで、自分たちの未来をコントロールできるようになるんだ」

 
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