【ギャラリー】一度きりの夢舞台……1戦のみのF1出走に終わったドライバー5選

F1世界選手権の歴史の中では、様々な理由で1レースのみの出走に終わったドライバーも数多くいる。今回はその中から5人をピックアップして紹介する。

【ギャラリー】一度きりの夢舞台……1戦のみのF1出走に終わったドライバー5選

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)
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写真:: LAT Images

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)
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写真:: Sutton Images

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)
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写真:: Sutton Images

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)

長谷見昌弘(1976年F1世界選手権イン・ジャパン:予選10番手/決勝11位)
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写真:: LAT Images

日本で初めて開催されたF1世界選手権にコジマKE007を駆ってスポット参戦した長谷見。予選1回目では4番手タイムを記録し、レギュラードライバーたちを驚かせるほどの速さを見せたが、トラブルによりクラッシュを喫してしまい10番手にとどまった。決勝でも“幻のファステストラップ”(後に訂正)を記録するなど、印象的な走りを見せた。

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)
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写真:: XPB Images

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)
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写真:: XPB Images

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)

アンドレ・ロッテラー(2014年ベルギーGP:予選21番手/決勝リタイア)
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写真:: XPB Images

Andre Lotterer, Caterham CT05

Andre Lotterer, Caterham CT05
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写真:: XPB Images

フォーミュラ・ニッポン、スーパーフォーミュラで長きにわたって活躍したロッテラーは、2014年ベルギーGPで小林可夢偉に代わってケータハムのマシンをドライブした。予選ではチームメイトのマーカス・エリクソンを上回ったが、決勝はトラブルにより序盤でリタイアした。

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)
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写真:: Sutton Images

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)
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写真:: Sutton Images

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)

マルクス・ビンケルホック(2007年ヨーロッパGP:予選22番手/決勝リタイア)
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写真:: Lorenzo Bellanca / Motorsport Images

2007年はDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に参戦中だったビンケルホックは、スパイカーからニュルブルクリンクでのレースに出走した。予選ではチームメイトのエイドリアン・スーティルから1秒4遅れの最後尾に終わったが、決勝では荒天を見越してフォーメーションラップ終了後にレインタイヤに交換するというギャンブルが大当たり。土砂降りで混乱するレース展開の中でラップリーダーとなった。赤旗中断を挟み、レースが再開された後はずるずると後退したが、強烈な印象を残した。なお、翌戦からは山本左近がスパイカーのマシンをドライブした。

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)
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写真:: LAT Images

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)
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写真:: LAT Images

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)

ジャン=ルイ・シュレッサー(1988年イタリアGP:予選22番手/決勝11位)
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写真:: David Phipps

病欠となったナイジェル・マンセルの代役として、ウイリアムズからイタリアGPに出走したシュレッサーは、終盤に周回遅れながらアイルトン・セナと接触したことにより、1988年のマクラーレン・ホンダ全勝を阻止した。これによりレースはフェラーリのワンツーフィニッシュとなり、亡くなったエンツォ・フェラーリにその勝利を捧げた。

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)
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写真:: LAT Images

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)
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ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)
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写真:: Sutton Images

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)
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写真:: Sutton Images

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)

ローランド・ラッツェンバーガー(1994年パシフィックGP:予選26番手/決勝11位)
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写真:: Sutton Images

全日本F3000で活躍した後、1994年にシムテックからF1デビューを果たしたラッツェンバーガー。開幕戦ブラジルGPでは予選落ちに終わるも、TIサーキット英田(現岡山国際サーキット)で行われたパシフィックGPでは決勝に出走し、馴染み深い日本のファンに力走を見せた。しかしながら、翌サンマリノGPの予選中の事故によりこの世を去ってしまった。

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