分析

ビノット代表を事実上更迭したのは、フェラーリ最大の失敗? 暗黒時代の”入り口”になるかもしれない理由

フェラーリのマッティア・ビノット代表が辞任することを発表した。このことは、ビノット代表に批判的な人々にとっては満足すべき結果かもしれないが、逆にフェラーリを悲惨な状況に貶める事態に繋がる可能性もある。

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Carl Bingham / Motorsport Images

 マッティア・ビノットが、11月29日に今季限りでフェラーリのチーム代表を辞任することを発表された。事実上の更迭とみられる。代表職を退いたビノットは、そのままフェラーリを辞めるという。

 このことは、2022年のタイトル争いでレッドブルに敗れたことにより、ビノットの代表としての資質について疑問に思っていた人たちの溜飲を下げることになるかもしれない。しかしビノットがこのタイミングで代表を離れ、まだ後任が決まっていないということで、2023年のフェラーリが悲惨な状態に陥ってしまう危険性がある。

 ビノットを失うということは、フェラーリとしては車両とエンジンの設計とパフォーマンスのパラメータを最も深く理解し、レースに勝つためのパッケージを作るための課題と妥協点を直接理解しているチームのトップがいなくなったということを意味する。

 現代のF1で勝つということは、ほんの僅かな差を生み出すことができるかどうかということにかかっている。1秒や2秒ではなく、コンマ数秒、あるいは1/100秒を巡る争いが、今のF1なのだ。ビノットがフェラーリのコンセプトとモチベーションについて持っていた知識は、レッドブルとの差を縮め、復活してくるであろうメルセデスの追撃を退けるためには必要不可欠なモノだったとも言える。

 しかもこの年末から来シーズンの開幕に向けての時期は、新シーズン用の新車を開発最終段階であり、マシンを組み上げる1年でおそらく最も重要だと思われる時期。そんな大切な時期にリーダーを失ってしまえば、チームが進むべき方向性を見失ってしまう可能性がある。

 しかも後任となるチーム代表は、2023年になってから発表されるという。仮にすんなりと新しいチーム代表が決まったとしても、フェラーリのデザインの方向性やチームの構造、レギュレーションにより予算上限が定められている中での支出計画などを把握するためには、何ヵ月もかかることだろう。そして新しいチーム代表が全容を把握した時には、すでにタイトル争いの大勢は決まっている可能性がある。

 しかもマシンの方向性が間違っていれば、多くのラップタイムを失うことに繋がる。そうなってしまうと、前述の通り予算上限額が設定されているため、その遅れを取り戻すチャンスはほとんどない。

 ビノットは1995年にフェラーリに加わり、最初はエンジン部門で働き始めた。その後昇進してきたため、フェラーリの政治的な構造を完全に理解していた。叩き上げならではの知識を持っていたのだ。

 チーム代表になった後は、自分がそれまでのキャリアで見てきたモノを踏まえ、自分の下にしっかり機能する組織構造を作り上げた。状況を改善するために、多くのことを行なってきたように見える。

 ある情報筋によれば、ビノットが代表を退いたことで、フェラーリのチーム内のムードが深く沈んでしまっているという。今後数週間で、他のスタッフがドミノ式にチームを離れる可能性も捨てきれない。

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Photo by: Ferrari

■ビノットに対する批判

 ただ、ビノットに代表としての弱点がなく、ミスを全く犯さなかったと言いたいわけではない。

 2022年、フェラーリのマシンの信頼性は、確かに理想的なモノではなかった。しかし今季以降2025年まではエンジンの開発は凍結されるため、ある程度リスクを冒しても、パフォーマンスを向上させようとするのは当然のことだ。開発が凍結されると言っても、信頼性を向上させるための開発は加納だからだ。

 またビノット代表に向けられた批判の多くは、戦略の失敗に関するモノだった。

 ビノット代表の戦略ミスへの対処は、外部からは実に寛容に見えた。彼は常に個人を守り、一度犯したミスを繰り返さないようにするというモノだった。しかし実際には、実に厳しいリーダーだった。

 ビノットは今年の初め、motorsport.comに次のように語っていた。

「私は、周囲の人に力を与えていると思う。私は残忍ではないと思っているが、厳格ではある。周りの人は、私が厳格になれるということを知っている」

 ビノットは代表として、物事がうまくいかなかった理由を学び、誤った情報がピットウォールに送られるのを防ぐための戦略ソフトウェアを改善、それらを含めてより良いプロセスと導入することは、物事を改善するためにははるかに優れた方法だった。実際最終戦アブダビGPでは、力強いパフォーマンスを発揮し、戦略もうまくいった。

 またビノットは、代表として仕事を抱えすぎたという側面もあるかもしれない。彼はフェラーリF1の技術面、経営面、政治面、商業面を全てをひとりで取り仕切ろうとした。それには、FIAとの交渉などといった、難しい面も含まれていた。それは、ある意味危険なことだったといえるだろう。

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari, in a press conference

Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari, in a press conference

Photo by: Carl Bingham / Motorsport Images

■フェラーリのサポート

 前述の通り、ビノットは今季フェラーリに向けられた批判が個人攻撃になるのを避けるために尽力してきた。全ての政治的な要素から、スタッフを守る必要があると感じていることを、常に明確にしてきたのだ。

 2022年の課題について、ビノットはmotorsport.comに次のように語っている。

「批判をマネジメントするのは、決して簡単なことではない。確かに難しいモノだった」

「そしてそれ以上に、どうにかしてチームを集中させること、仕事に集中させようとする必要があったと思う」

「批判が寄せられると、チームの気が紛らわされてしまう。チームの集中力を維持するのは決して簡単なことではない。難しいことだったが、そのことは将来的に私をより強くすることになると思う」

「我々は自分たちだけを頼りにする必要があることに気付いた。それが、今シーズンの最も重要な教訓だ」

 そのためビノットは、フェラーリに頼ることを求め、会社の上層部の完全なサポートを求めた。しかしビノットは失望させられることになった。

 フェラーリはビノットの責任を軽減させるため、彼に側近をつけることを提案した。これは理解できることであり、2023年に向けたポジティブなステップだったと言える。しかし最終的には、上層部のサポートがなければ自身のフェラーリでの”寿命”が限られていると理解したビノット代表は、辞任を申し出るという決定を下した。フェラーリは今このタイミングで、後任を探さなければならない。

 ビノットの後任が誰になるとしても、来季のフェラーリはシーズンを支配しなければ成功とは見られない。そういう厳しい状況を受け入れなければならない……後任となる人物は、大変な思いを強いられるだろう。

 フェラーリのベネデット・ビーニャCEOはCNBCのインタビューで、2位という結果を受け入れるつもりはないと語った。

「私は2位という結果には満足しない。なぜなら2位というのは、敗者の中の1位という意味だからだ」

「我々はある程度の進歩を遂げた。我々が達成した進歩には満足している。しかし、2位には満足できない。チームには、時間をかけて改善する必要があるべき部分があると思う」

 この発言は事実上、来年は勝つか大失敗するかのふたつにひとつであることを意味している。つまり新しいチーム代表は、即座に結果を出さなければいけないというとてつもないプレッシャーを受けることになるのだ。

Charles Leclerc, Ferrari, Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Charles Leclerc, Ferrari, Mattia Binotto, Team Principal, Ferrari

Photo by: Ferrari

■歴史は繰り返される

 フェラーリが最も成功したのは、2000年代前半のことである。当時のフェラーリは、ジャン・トッドがチーム代表を務め、外部の政治的なことや批判から、チームを引き離すことに成功した。1997年や1998年にドライバーズタイトルを獲得できなかった時でさえも、チームの上層部を変えるべきだという反応はフェラーリの内部にはなかった。

 それ以前のフェラーリは、長く未勝利期間が続く暗黒時代だった。そこから抜け出すためには、進化して次のステップを踏むための時間が必要だと、フェラーリも理解していたのだ。そして、2000年代中盤まで続く黄金期に繋がったのだ。

 ビノットも、フェラーリをトップに戻すことは長期的なプロジェクトであるということを認識しており、一夜にして成し遂げられるモノではないと考えていた。それは、トッド時代と同じことだ。

 ただひとつの誤算もあった。それはフェラーリが、2022年シーズンの開幕3戦中2勝を挙げるという、予想を遥かに上回る形でシーズンを蹴り出したことだ。その予想以上のシーズンスタートが、その後の進歩の評価を歪めることに繋がった。

 また今シーズン最大のライバルとなったレッドブルが、シーズン序盤は車両の軽量化に苦しみ、本来のパフォーマンスを発揮できなかったことも、フェラーリに対する評価を歪めた。フェラーリはパフォーマンスを向上させるため、空力面の開発などに注力した。しかしその一方でレッドブルは、軽量化に集中。そして軽量化の方が、パフォーマンスに直結させるにははるかに簡単な仕事だった。

 前述の通りフェラーリは、2023年を成功と位置付けるためには、レッドブルとメルセデスに勝つ必要があると理解しており、新たなチーム代表を探している。そのことは、フェラーリを今後さらに厳しい状況に貶める可能性がある。

 もし2位をも失うようなことがあれば、極端な反応とさらなる変化を引き起こし、将来的にさらなる問題が引き起こされる可能性がある。そして、この最悪のサイクルが繰り返されていく可能性がある。

 これは、フェラーリが過去にも犯したことがある大失敗。そしてそれが、将来に向けて最大の弱点に繋がるリスクがある。

 
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