分析

就任一年目から言い訳は許されない? フェラーリF1新代表バスールに課せられた”至上命題”とは

フェラーリのチーム代表に就任したフレデリック・バスール。チーム加入一年目となる2023年シーズン、彼には最大のミッションが課されている……。

Frédéric Vasseur, Ferrari

 1月9日(月)、フレデリック・バスールがフェラーリの新チーム代表に正式就任。2008年にコンストラクターズタイトルを獲得して以来のF1タイトルに向けて、新シーズンに挑むこととなる。

 元アルファロメオ/ザウバーのチーム代表兼CEOであるバスールは、フェラーリを一気に押し上げる”魔法のスイッチ”などはないと十分に承知しているものの、同時に自身が世界タイトルの栄冠のために起用されたことも理解している。

 フェラーリのジョン・エルカン会長とベネデット・ビーニャCEOは、前任者であるマッティア・ビノットに対して忍耐力と信頼を失い、事実上の更迭という処分に至った。あともう一年あれば、ビノットは本格的にタイトル争いに加わることのできるチームを目にすることができたであろう。

関連ニュース:

 ただ、このタイミングでの代表交代は、非常に大きな影響を及ぼす可能性が大きい。今回の一件は、崖っぷちの成績を記録し、衰退のスパイラルから脱却するためにチーム代表を交代させるというよくあるモノではない。

 フェラーリが代表の交代に至ったのは「今すぐ世界チャンピオンになりたい」というシンプルな理由。それは、この冬の間にビーニャが次のように語った通りだ。

「我々は着実に前へ進んでいる。我々の進歩には満足している。ただ、2位という結果には満足していない。このチームには、時間をかけて改善していくだけの力はあると思う」

 2022年シーズンのコンストラクターズランキング2位が不十分であると感じたのであれば、フェラーリが2023年に満足できるのは1位だけだ。

 つまり、ルノーやアルファロメオを率いて中団グループを戦ってきたバスールには、トップチームの働き方を学ぶ”ハネムーン期間”も、長期的な野望や栄光への着実な歩みを語る機会もないということだ。

 その代わり、目標は明白。2023年にF1のタイトルを掴むということだ。そこには”もしもの話”はなく、言い訳もできない。

フェラーリは2022年のスタートダッシュに成功するも、その後失速

フェラーリは2022年のスタートダッシュに成功するも、その後失速

Photo by: Ferrari

 15年に渡りタイトルの夢を実現できていないフェラーリの期待を一身に受け止めるプレッシャーは計り知れないものだろう。だからこそ、バスールのフェラーリ移籍が毒入りの聖杯を受け継ぐようなものだと指摘されるのも無理はない。

 2022年シーズンこそ力強いスタートを切ったフェラーリだが、2023年シーズンの早い段階で前年以上の結果が出なければ、「フェラーリがこのタイミングでチーム代表を変えたのは正しい選択だったのか?」という疑問が投げかけられることとなる。

 そして2022年シーズンまでフェラーリの不安材料となっていた戦略面での失態が2023年も続くとなると……どんな反応がイタリアメディアやティフォシから返ってくるか、想像ができるだろうか?

 そうした批判を黙らせるために、バスールはフェラーリからパフォーマンスを完璧に引き出すことが求められる。そのためバスールの焦点は、チームが秘めるポテンシャルを磨き上げ、ロスの大きなミスを排除することに向けられる。

 就任当初はマシンそのものだけでなく、トラックサイドチームに深く分け入り、2022年に誤った戦略指示を引き起こしたプロセスを根絶することなど、チーム体制の改善にフォーカスすることになっても不思議ではない。

 バスールが大事なモノまで不要なモノと一緒に捨て、戦略チームを総辞職に追い込むことはないだろう。しかし、この点においては改善が急務であり、そうしなければならないことは火を見るより明らかだ。

ビノットが築いた成功への道をさらに発展させることがバスールの狙い

ビノットが築いた成功への道をさらに発展させることがバスールの狙い

Photo by: Ferrari

 2023年にバスールが順風満帆、前途洋々なシーズンを迎えられる確率は低いようにも見えるが、彼に有利に働く要素も沢山ある。

 フェラーリは今上昇気流にある。ここ数シーズンでチームは着実に力をつけてきており、2022年は否定的なニュースも多かったものの、ここ数年では最も成功したシーズンを展開することができた。バスールはその流れを受け継ぐことになるのだ。

 前任のビノットは、2019年のチーム代表就任早々から、フェラーリ全体のポテンシャルを最大限に引き出すべく、部署間の連携を向上させることに力を注いできた。

 ビノットは離脱が決定した後も2022年末までフェラーリでの仕事を続けてきた。そのためバスールは、ビノットがこの冬の間に開発を指揮し、コンセプトや改善点などで重要な決断を下した、ほぼ完成したマシンを手にすることができるのだ。

 パワーユニット(PU)の面に関しても、信頼性トラブルで勝利を逃した2022年のスペインGPやアゼルバイジャンGPの状況からは、かなり改善されているとバスールは見ているはずだ。

 フェラーリはシーズン最終戦のアブダビGPまでにはエンジンブローの引き金となっていた問題を解明。関係者曰く、シーズン後半はやや控えめな走りを余儀なくされていたが、問題解決によってPUのパワーを上げることができたという。

 また、フェラーリはこの冬の間にPUの信頼性を大幅に向上させ、2023年シーズンに向けてPUからさらに高いパフォーマンスを引き出すことに自信を見せているとの話もあり、2022年シーズンではレッドブルに圧倒された直線スピードのパフォーマンスを改善できるかもしれない。

バスール指揮下でフェラーリはどうなっていくのだろうか

バスール指揮下でフェラーリはどうなっていくのだろうか

Photo by: Mark Sutton

 しかし、特に注目したいのが、バスールがビノットのようにフェラーリのマシンとPUのパッケージ、そして技術的な複雑さを総合的に理解できるかというところだ。

 ビノットのチーム代表としての強みは、叩き上げのエンジニアとしてマシンに関する詳細な知識を持っていることと、ハイレベルな”政治”を含めたコース上のパフォーマンスに影響を与える複雑さとそれに抗う術を理解していることだったのは間違いない。

 バスールがチームをF1の頂点へ導けるかどうかは神のみぞ知る……しかし、バスールを勇気づけるモノがあるとすれば、それはビノットが語った言葉だろう。

 2022年の夏にビノットは、フェラーリはF1の頂点に向けて正しい道を歩んでいるとの考えを示していた。チームに必要なのは、ほんの少しの鍛錬だ。

「我々が他にすべきことは何もないと思う。一歩一歩、自分たちを改善し、一戦一戦に集中するという旅を続けることだと思う」

 フェラーリが成功するためには何が必要かと問われたビノットはそう答えた。

「簡単な解決策はないし、自分たちを変える必要もないと思う。自分たちには良い仕事ができるということが証明されている。2022年の結果がどうであれ、2023年に向けて準備を進めていくだけだ」

 そのミッションをクリアするのは、バスールの仕事。彼がF1パドックで見せる冗談好きな人柄の裏には、仕事を完遂するという強い決意を秘めている。

 バスールを長年知るバルテリ・ボッタスは、次のように評価している。

「彼はとてものんびりしていて、いつもジョークを言っているように見えるかもしれないが、タフでもあるんだ。やる気を引き出すスピーチや建設的な話をするタイミングを心得ている。そう、彼は優秀なんだ」

 2023年シーズン、バスールはその素質を活かし、フェラーリで結果を出す時を迎える。

 
関連ニュース:

Be part of Motorsport community

Join the conversation
前の記事 大差でのF1タイトル獲得にフェルスタッペンも驚き「フェラーリとの性能差は接近していたのに……」2023年は接近戦を予想
次の記事 ウイリアムズF1アカデミー、FIA F3参戦のフランコ・コラピントが加入。目指すは同郷ロイテマンの道

Top Comments

Sign up for free

  • Get quick access to your favorite articles

  • Manage alerts on breaking news and favorite drivers

  • Make your voice heard with article commenting.

エディション

日本 日本