【特集:オリンピックとモータースポーツ】”元F1ドライバー”片山右京の仕事……東京オリンピック・パラリンピック自転車競技を率いる”今”

ついに開幕した東京オリンピック。開会式翌日の7月24日には、自転車競技最初の種目である男子ロードレースが行なわれる。東京から富士スピードウェイを目指す、実に過酷なコースだ。このロードレースも含め、自転車競技を率いるのが元F1ドライバーの片山右京。motorsport.comでは、今年の4月に片山にインタビューを実施。現在の立場になったいきさつを聞いた。

自転車競技会を視察する片山右京と、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長

自転車競技会を視察する片山右京と、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長

Tokyo 2020

 ついに開幕した東京オリンピック。既に様々な競技がスタートし、白熱した戦いが繰り広げられている。

 そんな中、自転車競技が7月24日(土)からスタートする。その先陣を切るのが男子ロードレースで、東京の「武蔵野の森公園」をスタートし、静岡の「富士スピードウェイ」にゴールする。

 この東京オリンピックの自転車競技を、スポーツマネージャーとして取り仕切るのが片山右京である。そう、F1をはじめとした様々なモータースポーツで活躍し、日本中を沸かせたあの片山右京である。

 レーシングドライバーだった片山右京が、なぜ東京オリンピックの自転車競技を率いる立場になったのか……motorsport.com日本版では、今年の4月にインタビューを行なった。

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 東京オリンピック・パラリンピックの自転車競技の長とも言えるスポーツマネージャーを務めるのが、片山右京である。ご存知の通り、1992年にヴェンチュリ・ランボルギーニのドライバーとしてF1デビューを果たし、1997年まで活躍した、あの片山右京だ。

 片山はF1ドライバーを引退した後は、トヨタの一員としてル・マン24時間に挑んだり(1999年には2位)、全日本GT選手権やダカールラリーなど、様々なモータースポーツで活躍。それと同時に、登山や自転車競技にも勤しんだ。そして今では、東京オリンピック・パラリンピックの自転車競技を率いる立場になった。

「色々な縁があって、この仕事をさせていただいています。僕は以前、JBCF(全日本実業団自転車競技連盟)の理事長をやっていたのですが、『手伝って欲しい』とお声をかけていただいて、この仕事をやることになりました」

自転車競技会を視察する片山右京と、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長

自転車競技会を視察する片山右京と、橋本聖子東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長

写真:: Tokyo 2020

自ら監督車をドライブする片山右京

自ら監督車をドライブする片山右京

写真:: Katayama Planning

自転車チーム”Team UKYO SAGAMIHAR”を率いる(写真は2016年)

自転車チーム”Team UKYO SAGAMIHAR”を率いる(写真は2016年)

写真:: Katayama Planning

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※上記の写真は左右スクロールで別の写真をご覧いただけます

 片山は今の業務に就いた経緯についてそう語る。では、実際にはどんな仕事をしているのか?

「自転車には、とにかく色々な種目があります。マウンテンバイクやBMXフリースタイル、日本のお家芸とも言えるトラック競技、そしてロードレースなど、本当にたくさんあります」

「ボランティアさん含めて何百人ものスタッフが関わっていて、全ての自転車競技種目組織のトップが僕です。UCI(国際自転車競技連合)との間に入って、何かあれば上申しなきゃいけないし、競技の現場ではディレクターとして、そしてコンディションマネージャーとして全責任を負わなければいけません」

「国際団体の意向を伝えるなど、カウンターパートとして組織委員会で働かせていただいているというところですね。トラブルがあれば、IOCとかいろんな人たちに相談して助けてもらいながらやってます」

「警視庁や警察庁、その他の団体への挨拶回りなどもしていて、その上競技がたくさんあるので……それぞれが大変なんです。言葉で言っても、お腹いっぱいになっちゃうくらいです」

「今まではひとりのアスリート、たかだかF1ドライバーでした。会社勤めもしたことのない人間が大きな組織の中に入って、毎日たくさんの会議をして……最初の頃は耳から煙が出るような日々でしたけど、いい経験をさせてもらってます。世界中の人とも一緒に仕事して、大会が終わったらまた一緒に仕事しようなんていうことも言っていただいてます。自分の中の世界が広がってきて、人生って楽しいなとか、いくつになっても勉強しなきゃいけないとか、世界が広いんだな……ということを感じています。自分がやってきた登山やパリダカとはまた別の冒険で、本当にありがたいですよ」

■東京を出発して、富士スピードウェイへ……超過酷なコース

 

 なお自転車のロードレース競技は、東京をスタートして、モータースポーツファンにもおなじみの富士スピードウェイがゴールに設定されている。その競技の長を片山が務めているというところにも、運命を感じる。

「コースの設計は、僕が決めたわけではないですよ。既に決まっていたんです。でも、まったく不思議だなと思います」

 そう片山は語る。

「ゴールが富士スピードウェイなんてね。スタッフにも冗談で、『俺はここ、1億周は走ってる』と言ってます。でもそれ以外にも、レースの時からお世話になっている人たちに助けてもらってます。F1ではヤマハエンジンで走ったけど、今回のオリンピックではそのヤマハさんからバイクを提供していただいている。トヨタでル・マンに行ったけど、そのトヨタさんにも車両やその他のことでお世話になっている。今まで関わってきた人たちみんなに助けられて、辛うじてやれてますよ。長生きはするもんですね」

 その富士スピードウェイをゴールとするロードレースのコースは、実に過酷。オリンピック史上もっとも厳しいと言っても過言ではない設定だと、片山は説明する。

「4都県を244km走ります。東京の武蔵野の森公園をスタートして、多摩ニュータウンの中を通って神奈川に入り、僕の家の近くを通って……地元を通るというところにも運命を感じるけど、そこからは山岳区間に入っていきます。これはもう、ツール・ド・フランスの山岳コースにも負けないような過酷さで、獲得標高は5000m近い。みんな、クレイジーだと言っています」

「そこから山梨県に入って山中湖を回り、籠坂峠を通って裾野市へ……そして富士山の五合目の下あたりまで登ります。ここが最高到達地点。その後は一度富士スピードウェイの近くまで行きますが、一旦通り越して三国峠へ。もう一度山中湖へ行って、再び籠坂峠を通って、富士スピードウェイにやってきて、コースを1周回ってゴールする。全長244kmの気が遠くなるようなコースです」

「車で下見をしたとしても、何時間かかるか分からないようなコース。これを自転車で6時間ちょっとで走るんですから……平地は50km/h、下りならば100km/h近く出ます。三国峠は、レース関係者なら裏道として通ったことがあると思いますけど、あの傾斜が20%近い上りでアタックがかかったら、40km/h近いスピードで登っていく……常人じゃないですよ」

■モータースポーツと自転車競技の近似値

自ら自転車競技に出場する片山右京

自ら自転車競技に出場する片山右京

写真:: Katayama Planning

自ら自転車競技に出場する片山右京

自ら自転車競技に出場する片山右京

写真:: Katayama Planning

自ら自転車競技に出場する片山右京

自ら自転車競技に出場する片山右京

写真:: Katayama Planning

今もサイクリングを楽しむ片山右京

今もサイクリングを楽しむ片山右京

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※上記の写真は左右スクロールで別の写真をご覧いただけます

 モータースポーツと自転車競技、その両方に関わっている片山。曰く、このふたつの競技は、日本では同じようなポジションに置かれているものの、モータースポーツの方が少し先を行っているのではないかという。

「僕は両方に関わっていますけど、似ていると思います。チームで戦いつつも、個人競技的な部分もありますからね。とはいえ日本では、モータースポーツの方が少し先に行っていると思います」

 そう片山は言う。

「モータースポーツは、常に世界の文化の”壁”に対して戦ってきたじゃないですか。でもホンダがF1で勝ち、トヨタがル・マンで勝ち、(佐藤)琢磨がインディで勝ち、そして角田(裕毅)くんがデビューした。ついにこんな時代がきました」

「自転車は、今世界を追いかけ始めているけど、車両だという部分は同じだし、自転車選手かライダーかドライバーかという違いはあっても、世界の文化に立ち向かい、歯を食いしばってアクセルやペダルを踏んでいる。命をかけて必死で戦っているのは、一緒だと思います」

「僕は年齢を重ねて、支える立場になった。そんな今、次の人たちにチャンスを与えられるようにしなきゃいけないということを身をもって感じます」

 自転車を文化に根付かせるための必要なこと、それは本当に底辺の部分が大切だと片山は言う。

「でもその第一歩は、実はすごく初歩的なことだと思います。自転車に乗る時は、車道の左側を走って、信号を守ろうねということですね。実はそういうことが、大きいんだと思います。そういうことを、小さな時から身につけてもらうようにしていかなきゃいけません」

「ストライダーをやる子は、ものすごくたくさんいます。そこから、競技に行く子供もいるんだけど、最終的には自転車競技を生業にするのは、今の日本では難しい。近い将来に日本の自転車競技を強くするためには、小さい頃から自転車の魅力を感じてもらう必要があると思います」

「日本のモータースポーツは、ようやく免許を取る前からF4に乗れたりできるようになって、強い選手が出て来られるようになってきました。そういう状況を自転車でも作りたいと思っています。僕が高校3年生の時に『F1ドライバーになります』と先生に言ったら、『なんだそれは?』と言われました。でも今では、琢磨や(小林)可夢偉、角田くんたちが出てきてくれたおかげで、『頑張れよ』と言ってもらえるかもしれません」

 そうなるためにも、自転車にもスターが登場する必要があると片山は言う。

「自転車競技をそうするためには、自助努力で、資金を獲得できるようにしなきゃいけません。これまでは国の補助金でなんとかやってこれた。でも、それでは強くなれません。トップリーグ機構のような形にして、選手はプロ意識やサービス精神をもっと身につけていかなきゃいけない。社会貢献もしなきゃいけない。モータースポーツと同じで、若い人たちには大変だけど『そこを目指せよ』と、そういう意識づけをしています」

「そしてそういうメッセージを送れるヒーローやスターを作らないと発展しません。そういう存在によってレースを見に来てもらい、連れてこられた子供たちにその魅力を感じさせたい。染み込ませれば、みんな好きになるだろうからね。そういうことが、自転車にも必要なんじゃないかと思います」

 片山は東京オリンピック・パラリンピックを開催することで、「スポーツを通じてなんとか日本を元気にしたい」と考えていると語っていた。

「東日本大震災からの復興もそうだし、コロナに気をつけながら今の”ニューノーマル”の中で、スポーツを通してなんとか日本を元気にしたい。そういうことを考えればプレッシャーもありますけど、(開催できるとなれば)だんだんワクワクもしてきた部分もあります」

※インタビューは2021年4月に実施したものです。

 

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