〈アジアから“世界”へ〉小椋藍とIDEMITSU Honda Team Asiaの挑戦:見えた、消えた表彰台。それでも小椋は冷静に「今回は地力があった。良かったレース」
MotoGPスティリアGPで、Moto2に参戦するIDEMITSU Honda Team Asiaの小椋藍は初表彰台を目前にしつつも、トラックリミット違反のペナルティを受けてしまい5位。日本のファンからすると非常に悔しいレースとなったが、小椋本人はこの結果にとらわれてはいないようだ。
今回は本当に惜しい、そしてもったいないレースだった。第10戦スティリアGPの決勝を5位で終えた小椋藍は、レース内容がレース内容だけに、さぞや悔しがっているのではないか。そう思い、トレーラーオフィスに戻ってチームウェアへ着替えた彼に問いかけてみた。すると、レースを振り返る第一印象としては、意外なほど前向きな言葉が返ってきた。
「今季ベストレースだったのはもちろんですけれども、今日はコンディションが難しかったこともあって、いつもみたいに序盤ではリズムが乗っていかなかったんですが、それにしてもまだ他のレースよりも今回は地力があったので、前のライダーたちと走ることができました。まあまあ、良かったんじゃないかと思います」
■後半戦初戦、小椋はフロントロウスタート
オーストリア中部の山間部に位置するレッドブルリンクは、移り変わりやすい山の天候の影響を受け、不安定なコンディションに見舞われることが多い。今回のレースウィークも、走り出しの金曜と予選が行なわれる土曜は好天に恵まれたものの、決勝レースの日曜は雨になるという予報が支配的だった。実際に、のしかかるような厚い雲に覆われたサーキット上空は、早朝からの小雨が、やがて本格的な降りへ移行し、午前のウォームアップはフルウェット状態で行なわれた。
Ai Ogura, Honda Team Asia
Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images
小椋は、ドライコンディションだった土曜午後の予選では、あわやポールポジションかというほどの速さを発揮して、フロントロウ2番グリッドを獲得していた。しかし、このウォームアップは不慣れな雨の走行で、順位はなんと最下位の30番手。トップタイムからは3.7秒落ち、という厳しい内容だった。もしも決勝時刻になっても同様の路面コンディションだった場合は、もはや諦めに近い心境だった、と明かした。
「もともとMoto2では雨で走った経験がほとんどないので、お勉強レースみたいな感じになるのかな、と思っていました。ウォームアップでもビリだったし、『もうどうにでもなれ』と思ってたんですけどね」
そう言って苦笑しながら、「でも乾いたので、まあ、良かったかな」と、コンディションが好転したことに胸をなで下ろした。
Moto2の決勝レースが始まる頃に路面はほぼ乾いていたが、場所によってはまだ湿り気の残る箇所もあった。そのため、2番グリッドからスタートした小椋は、冒頭の言葉にもあるとおり、レース序盤の混乱した状況で少しポジションを落とし、6番手に沈んだ。しかし、以後はトップグループと遜色ないペースで走行を続けて着々と差を詰め、やがてトップスリーを射程に捉えた。その様子は、冷静な追い上げでトップ争いへ食い込んで着実に表彰台を手中に収めてゆくMoto3時代の走りを想起させた。
全25周のレースの16周目1コーナーでは、ついに3番手の選手を捉えた。何度か位置を入れ替えるバトルを経て前に出た小椋は、19周目に2番手に浮上。トップを走行する選手も射程に捉えた。彼らが残り5周をこのままのペースで推移していけば、いずれにせよ小椋のMoto2クラス初表彰台は確実に見えた。
そのレース終盤21周目に、小椋に対してロングラップペナルティが通告された。
選手たちが決勝レースやプラクティスセッション中に、コーナー立ち上がりなどでコースをはみ出してグリーンにペイントされた区間へ出てしまった場合には、ペナルティが科される。練習走行や予選だと、当該ラップのタイムがキャンセルされる。決勝レースでは、3回目の違反でトラックリミット違反の警告を通知。それでもさらに5回目の違反に達した場合には、サーキットの指定コーナーに設定された大回りの場所を走行するロングラップペナルティが科されることになる。
このロングラップの通告を受けた瞬間、小椋は
「なんで!?」
と思ったという。
レッドブルリンクは高低差の激しいレイアウトの中にハードブレーキングやタイトなコーナーが混在し、コースをはみ出しがちになることが多いサーキットだ。過去にも何度か、トラックリミット違反行為を巡って議論になったことがある。ちなみに、今年のMoto2クラス決勝では、小椋を含む16名の選手がレース中に違反警告を受けている。
レッドブルリンクの場合、ロングラップペナルティを消化する場所は1コーナーを大回りするように設定されている。
「最終コーナーは、たしかにはみ出しやすかったと思います。でも、それ以外の場所はそれほどはみ出している意識もなく、自分では『やってしまった!』と思うことは一度もなかったので、通告を受けた瞬間は『なんで!?』と思いましたけれども……、でもまあ、ペナルティになったからきっと出ていたんでしょうね」
通告を受けた直後の22周目に、小椋はロングラップ用のラインを通過してペナルティを消化した。しかし、ロングラップ用のラインを通過してコースへ復帰する際に合流用の白線を踏む、という痛恨の失策を犯してしまう。合流時にこの白線を踏んでしまうと、ショートカットと解釈され、ロングラップペナルティを完遂したとは見なされない。
Ai Ogura, Honda Team Asia race, Styria MotoGP, 8 August 2021
Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images
「『あ、やっちゃった……』と思いました。『際どいけど、これは白いところまでいっちゃったかなあ』と。結局、ペナルティになったんですが、『(追加ペナルティが)出なければいいんだけどなあ……』って思ってました」
そんなふうにこのときの心境を振り返る小椋は、白線を踏んでしまった原因はふたたび前に追いつきたい焦りによるものだった、と話す。だが、そもそもこのロングラップ用のラインを理解していなかったことがこの過失を生んだ遠因になった、とも明かした。
「それで何秒かを確実にロスするわけですから、ライダーとしては『コースに戻って、そこからまたがんばって追い上げて、なんとか3位を目指そう』、と考えるじゃないですか。でも、ロングラップなんて、もともとやるつもりもないし、ペナルティ行為を犯す気自体がないから、そもそも練習のときに1回もラインを通ってないんですよ。下見すらしていなかった。それがかえって良くなかったのかもしれません。レース中にペナルティを受けると、焦ってしまうのは当たり前なんだから……。せめて1回くらいはロングラップのラインを走って、どういう感じなのかも一応はわかっておかなければいけなかったんでしょうね」
レースの残り周回がわずかだったこともあり、小椋のロングラップ白線通過を審査したレースディレクションからのペナルティ通告は、レースタイムへの3秒加算、というものになった。
小椋は5番手でチェッカーフラッグを受けたが、後方の選手とは約5.5秒の差を開いたゴールだったため、3秒のタイムペナルティを加算しても順位に変動はなかった。
この最終ラップで小椋は、4番手の選手に0.066秒差まで迫ってゴールラインを通過している。そして、この周回でレース中のファステストラップを記録した。この最速タイムは、最終ラップに乾坤一擲の勝負を狙ったものなどではなく、ただひたすら前を追い続けた結果なのだという。
「すぐ目の前にレミー(・ガードナー)がいて近かったので、ひとつでも前でゴールできれば、その方がいいじゃないですか。だからレミーを追いかけていて、でも抜けなくて、でもとにかく追いかけて抜こうとしていたんで、タイムもよく見ていなかった。だから、あれが最終ラップということも自分ではわかってなかったんですよ」
確実に見えた表彰台を逃したゆえの意地、とでもいうべきだろうか。
■レッドブルリンク連戦のオーストリアGP、意気込みは?
次回の第11戦オーストリアGPは、同じくレッドブルリンクで2週連続の開催になる。第10戦で味わった悔しさは、さらに高いモチベーションを抱く好材料にも、むしろなるだろう。表彰台を獲る意欲はさらに高いのではないか、そう訊ねると、
「可能性は、いつもよりも高いんじゃないですか」
まるで他人事のようにそう述べたあと、
「でも、今週良くても来週もいいとは、必ずしも限らないですからね」
と、醒めたようにひと言付け加えた。
拍子抜けするようにも聞こえる。だが、それはおそらく、自らに対する目標設定の高さゆえだ。
「そりゃあ、表彰台を目指すのは当たり前なんですけど、だからといって『そうだそうだー、やったー』って言ってればいいわけでもないですからね。まあでも、いつもよりは可能性が高いと思います」
オフビートな調子で語り続けているぶんだけ、小椋藍はリラックスして次戦への手応えを掴んでいる、ということでもあるのだろう。
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