MotoGPコラム|『分かってんだろうな』という忖度……MotoGPにおける”チームオーダー”はアリなのか? 接戦タイトル争いから考える
MotoGP2022年シーズンも既に終盤戦。タイトル争いはファビオ・クアルタラロがライバルから僅差に迫られており、1ポイントが非常に大事な展開となっている。そこで問題になってくるのが、モータースポーツで度々発生する”チームオーダー”。MotoGPでは無線による指示こそないものの、皆無な訳では無い。今一度、チームオーダーという存在について考えてみた。
シーズンも最終盤にさしかかり、チャンピオンシップの行方がいよいよ緊迫の度合いを増してきた。このような状況になると「チームオーダー」が話題になる。
過去を振り返れば、たとえば2017年のラスト2戦では、チャンピオンの可能性を残していたアンドレア・ドヴィツィオーゾの直前を走るチームメイトのホルヘ・ロレンソに対して、ピットボックスからバイクのダッシュボードに〈MAPPING 8〉という文字列の指示が送られた。
さらに過去へ遡ると、2006年のバレンティーノ・ロッシVSニッキー・ヘイデンのもつれにもつれたタイトル争いでは、ヘイデンのチームメイトだったダニ・ペドロサに対してホンダはチームオーダーを出すべきなのかどうか、という是非が、メディアやファンの間で大いに議論された(このとき、ホンダはペドロサに具体的なチームオーダーを指示していない)。
ニッキー・ヘイデン(2006)
Photo by: Repsol Media
そして今年は、ランキング首位のファビオ・クアルタラロと2番手のフランチェスコ・バニャイヤのポイント差がこの数戦で一気に縮まり、チームオーダーが大きな焦点のひとつになってきた。第17戦タイGPでは、ドゥカティ勢のヨハン・ザルコ(プラマック)がラスト5周でマルク・マルケス(レプソル・ホンダ)をオーバーテイクして4番手に浮上。その後、コンマ数秒前のバニャイヤをオーバーテイクせず、順位をキープしたままゴールした行為が注目を集めた。ザルコはレース後に、バニャイヤに対して勝負を仕掛けなかった理由を以下のように説明している。
「残り3周では前にペコ(バニャイヤの愛称)がいて、その前にいるジャック(・ミラー)とミゲル(・オリベイラ)も捕まえたかったけれども、ドライのラインを外れると(路面がまだ濡れているために)挙動が大きくなって滑ってしまう。マルクを抜くところまではリスクを取ったけれども、ペコに対してはもうリスクを取りたくなかった。ミスをすると悔やんでも悔やみきれないだろうから、勝利を狙えない以上は4位でもよし、と自分に言い聞かせた」
この結果、3位でゴールしたバニャイヤはランキング首位のファビオ・クアルタラロに対して2ポイント差まで迫ることになった。もしもザルコがレース終盤にバニャイヤを抜いて3位でゴールし、バニャイヤが4位で終わっていた場合、バニャイヤとクアルタラロのポイント差はさらに5点開いて7ポイントだったことになる。シーズンの残りレース数が3戦となった現在、1ポイントの差が大きな意味を持つことは誰にでもわかる。
ザルコの”忖度”はレース後にも話題となった。
Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images
とはいえ、ザルコはタイGPの決勝前やレースウィーク中に、とくに何らかの指示をチームやドゥカティから受けていたわけではなさそうだ。だが、 1ヶ月前のサンマリノGPで彼が述べた発言に大きなヒントがある。走行が始まる前の木曜にザルコは、このレースがホームGPとなるバニャイヤをアシストするかどうかと訊ねられ、こう答えている。
「(ジジ・)ダッリーニャからこんなふうに言われた。『勝利を摑むチャンスがあるときに、我々はライダーからそれを奪いはしない。だから、全力で勝ちに行ってほしい。ただし、表彰台圏外のような位置でペコと順位を争っているのであれば、彼がもっとポイントを獲得できるように賢明であってほしい。勝利が見えているのであれば、勝ちに行くべきだ』。つまり、彼は勝利の大切さをわかっているから、僕たちライダーからその喜びを奪い取りたくない、ということなんだ」
同じくドゥカティサテライトライダーのエネア・バスティアニーニも、ザルコの発言に同意している。
「ペコのタイトル獲得は僕にも重要なことだけど、僕自身がレースに勝つことも大切だ。僕たちは全力で戦っていて、今年はドゥカティが強いからレースはドゥカティ同士の対決になるだろう。いずれにせよ、僕たちは勝つためにレースをしているのだから、目指すのはそこだ」
この発言どおり、バスティアニーニはこの週末にバニャイヤと最後まで熾烈な優勝争いを繰り広げ、0.034秒差の2位でゴールした。翌戦のアラゴンGPでは、ふたたびバニャイヤとトップ争いを続けた結果、このときは0.042秒差で優勝を奪い取った。
タイGPでのザルコも、バニャイヤの前をゆくミラーとオリベイラをオーバーテイクして優勝までたどり着く自信があったのなら、さらにアグレッシブなバトルを仕掛けていったのかもしれない。しかし、それがどうやら難しそうでバニャイヤだけを抜いてゴールする中途半端な結果に終わりそうである以上、むしろダッリーニャが示唆したように「賢明」なレース運びを選んだ、ということなのだろう。
ジジ・ダッリーニャはタイトルがなんとしても欲しいところだろう
Photo by: Marc Fleury
この「賢明」な忖度を指して、広義のチームオーダーだと指摘することはもちろん可能だ。ただし、ザルコはサテライトチーム所属とはいえども、ドゥカティのファクトリーマシンで何度も表彰台を獲得してきたトップライダーである。自陣営のエースがタイトルを獲得することの重要性は、充分に理解しているだろう。そして、チームスタッフや本社工場でマシン作りにいそしむ従業員たちがタイトル獲得を切望し、献身的な努力を続けてきたことも肌身で実感しているはずだ。彼ら彼女たちの努力がなければここまで強くなっていなかったことを身体でもっともよく理解しているのがライダーたちだ、ともいえる。
そう考えると、ザルコがタイGPの決勝レースで見せた行動は、選手の主体性を抑え込む非情な指令の結果というよりもむしろ、仲間たちへの情に基づいた合理的な判断の結果、ともいえるかもしれない。
ところで、あくまで一般論として管見を述べれば、チームオーダーという発想は本来的に二輪ロードレースにはそぐわないように思う。ライダーがチームオーダーに従うということは、管理主義や権威、序列への服従を意味する一方で、オートバイという乗り物は歴史的に自律性や不羈独立、叛骨心などの象徴と見なされてきた側面がある。その点でもこのふたつは対極の位置にあるため、どうにも親和性が悪い。
ジャック・ミラーのシューイ(2022 日本GP)
Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images
ただし、そうはいっても二輪ロードレースは工業技術に支えられた近代スポーツであり、選手たち個々人がただ自由気ままに競技を行なっているわけではない。いったんコースに入ってレースが始まってしまえば、すべての行動は彼らの裁量に委ねられるとはいえ、そこに至るまでの過程では膨大な数の人々が関わっている。その意味では究極の個人競技のように見える二輪ロードレースも、じつは多くの人々が協力し介在することで初めて成立する団体競技であり、ライダーとはいわば、氷山の頂点のようにそれぞれの集団の最上部に位置する存在である、ともいえる。
ただし、そのライダーたちは世に稀な傑出した能力を備えているからこそ、世界全人口のなかで20数人しか到達できない場所を占めることができている。そんな彼らに対して何らかの「オーダー」を発するのであれば、内容と責任の所在はあくまでも明瞭なものであるべきだろう。
「多くは言わぬが事情を察せよ。あとは、わかるな」という曖昧な方法で言質を取らせずに自分たちの権益を保持しようとするやり口や、ライダーたちの尊厳を踏みにじることでしか成立しない内容の指示は、ある意味ではそれこそが非常にチームオーダーらしい手法ともいえるのかもしれないが、だからこそ、二輪ロードレースとは相容れない唾棄すべき最悪の作戦、といっていい。
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