【特集】心と体を整える『パーソナルトレーナー』:トレーニングをすることだけが仕事じゃない! 野尻智紀支える広崎哲也トレーナーの哲学
野尻智紀を長年支える広崎哲也トレーナーは、『ただトレーニングをする人』ではない。野尻が勝つために必要なことを、ひとつひとつ積み上げていくのが彼の仕事だという。
モータースポーツ界では、今や多くのドライバーが専属のトレーナーをつけて心身のケアを受けている。もちろんこれは今に始まったことではないが、福住仁嶺が今季からスーパーフォーミュラの期間中、椿野修平トレーナーと帯同しているように、スポーツにおけるメンタルヘルスの重要性はますます注目されていると言える。
今季はスーパーフォーミュラでこれまで2勝を挙げ、ポイントリーダーにつけているTEAM MUGENの野尻智紀も、かつて伊沢拓也や武藤英紀など多くのトップドライバーを担当してきた広崎哲也トレーナーのサポートを受けている。20年近くに渡ってレーシングドライバーのパーソナルサポートを行なっている広崎トレーナーは、野尻をどのような形で支えているのだろうか?
広崎トレーナーはスーパーGTとスーパーフォーミュラのレースウィークで野尻に帯同し、セッション前には主に目のウォーミングアップを行なっている。焦点となるものを両目でしっかりと捉える“両眼視”のトレーニングをはじめ、ボールを使って目と手の“協調性”を養うドリルなどを行なうことで、普段の生活では経験し得ない異次元の速度感に、野尻がセッション開始直後から順応できるようにしているのだ。また鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師でもある広崎トレーナーは、もちろんレース後の身体面でのケアも欠かさない。
Tomoki Nojiri, TEAM MUGEN
Photo by: Motorsport.com / Japan
しかし、広崎トレーナーのサポート範囲はそれだけではないと野尻は言う。野尻は広崎トレーナーの業務内容について「かばん持ちと運転手です(笑)」と冗談めかして話したが、その後改めて次のように語った。
「広崎さんに帯同してやってもらっていることの中には、本来の仕事ではない部分もあると思います。マネージャー業務的なものも率先してやってくれていますが、それがすごく助かりますね」
「レースでは色々な人が色々な仕事、サポートをしてくれていますが、どうしても見落されてしまう部分もあると思います。ただ、広崎さんが俯瞰的で広い視野を持って帯同してくれているおかげで、自分は安定感を高く保った状態でクルマに乗り込めています」
ただトレーニングやマッサージをするだけではなく、担当するドライバーがレースで勝つために何をすべきか考え、そのために必要なことならば何だってする……広崎トレーナーが自らを“メンター”(アスリートの精神的な支えとなる人)と称する所以は、こういったところにあるのかもしれない。
「今『パーソナルトレーナー』と言われている人たちは、トレーニングをしてパフォーマンスを上げるのが仕事ですが、言ってしまえばそれは僕じゃなくてもできます」
そう広崎トレーナーは語る。
「僕は勝つために何をすべきかを常に考えています。それはボールを使ったウォーミングアップだけにとどまらず、サーキットからホテルまでの運転手をすることで、できるだけノンストレスでレースに臨んでもらうこともひとつですし、勝つために必要なことであるならばする、ということです」
「世間ではトレーニングをする人=トレーナーという認識だと思いますが、僕は言ってみればトレーニングはほとんどしていません。だから括りをそっち(メンター)にしちゃおうと」
さらに広崎トレーナーは、自らのスタンスについて次のように語った。
「僕は彼の視界の心地良いところにいようと心がけています。どっぷり入り込みもしないし、視界からも消えないようにもしています」
「これだけ人がいるとストレスじゃないですか。だから極力気を遣わせないようにしています」
Tomoki Nojiri, TEAM MUGEN
Photo by: Motorsport.com / Japan
この絶妙な距離感が、野尻にできる限りノンストレスでレースウィークを過ごしてもらうための、彼なりのテクニックなのかもしれない。このスタンスには野尻も助けられているといい、「振り向いたら遠くにいる、って感じですかね。人間なので、隣にいると『うるさいなあ』と思う時もありますし、(今の距離感が)選手としては楽ですね」と話した。
日常でプレッシャーやストレスと戦っているのは、何もアスリートだけではない。現代を生きる全ての人たちにとって、ココロとカラダを整え、できる限りノンストレスで日々を過ごすことは重要なテーマのひとつだと言えるが、そのためのコツは何なのだろうか?
「単純にルーティンじゃないですかね」と広崎トレーナーは言う。
「レースに入るにあたっても(ルーティンを行なうことで)今日は調子が良い、悪いという感覚が自分の中で掴めるようになります。イチローが毎日カレーを食べていた、というのと同じことですね。もちろん新しいことをやるのも大切ですが、それには体力が要ります。やはりルーティン化、習慣化が大切だと思います」
一見単純なことの繰り返しでも、それらを確実に積み重ねていく……そうすることで、メンタルとフィジカルの両面でコンディションを安定させられるようになるのだ。野尻の現在の活躍も、そういったルーティンワークの賜物なのかもしれない。
Tomoki Nojiri, TEAM MUGEN
Photo by: Masahide Kamio
インタビューが一通り終わった後、野尻は「メンタルメンタルってよく言いますけど、メンタルって何なのかを本当に分かっている人って少ないと思うんですよね……」とおもむろに語り始めた。“メンタル”がこれまで以上にフォーカスされる昨今、表面的なものだけで語られがちな面があると野尻は持論を述べた。
「『メンタルが弱い』などと表現されたりしますが、それは何からきているのか? 本質を突き止めるのは難しいと思います」
「僕は最近調子が良いので『(メンタルが)強くなったね』と言われますけど、別に強くなってはいません。自分の力でどうにかできるクルマを作ることができているだけだと思います。僕だって状況が変われば(メンタルが)崩れるかもしれません」
「だから表面的なものだけを見て、『君メンタル弱いね』っていう人はイケてないなって思います」
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