ヤン・マーデンボロー、スーパーGT復帰への強い思いを語る「僕にはやり残したことがある」

昨年限りでスーパーGTのシートを失ったヤン・マーデンボローは、まだやり残したことがあると考えており、「いつかは必ず戻ってくる」とスーパーGT復帰への強い思いを覗かせた。

ヤン・マーデンボロー、スーパーGT復帰への強い思いを語る「僕にはやり残したことがある」

 ヤン・マーデンボローは2011年、グランツーリスモと日産が協力して立ち上げた『GTアカデミー』のウイナーとなって以来日産と深い関係を築いており、スーパーGTのGT500クラスでも同社のドライバーとして活躍したが、2020年限りでそのシートを喪失した。しかしマーデンボローが新天地を求めてアプローチを始めた頃にはもう遅く、彼は2021年シーズンの開幕を傍観者として迎えることとなってしまった。

 母国イギリスに帰国したマーデンボローは自身のレースキャリアを再構築するため、元F1ドライバーのマーク・ブランデルが運営するMPパートナーズと契約し、マネージメントを受けることとなった。MPパートナーズは現在、ゲイリー・パフェットやマイク・コンウェイ、トム・ブロンクヴィストらをクライアントとして抱えている。

 MBパートナーズとの契約締結が発表された後、マーデンボローはmotorsport.comの独占インタビューに応え、今後のキャリアプランについて話してくれた。曰く、彼が現在優先しているのは、GT500へと復帰すること、そして2023年以降LMDh車両を走らせるメーカーのシートを獲得することだという。

 またマーデンボローは、スーパーGTではまだやり残したことがあると考えていると語り、「必ず戻ってくる」と復帰への並々ならぬ思いを覗かせた。

「(2020年の)結果がどうであれ、自分の地位が危ういという感覚はなかった」

 日産を離れた時のことを回想し、マーデンボローはそう振り返る。

「大きな痛手だった。今シーズンのためにアパートの手配をしていたくらい(残留の)自信があったんだ」

「あの後、トヨタやホンダとも接触したけど、その時点でもう12月下旬になっていた。彼らはありがたいことに取り合ってはくれたものの、翌年に向けた準備はもう済んでいると言われた。遅すぎたんだ」

「いずれは(スーパーGTに)戻るつもりだ。そこではまだやり残したことがある。僕が関わった中で最高の選手権なんだ。いつになるかは分からないけど、必ず戻ってくる」

 彼はさらにこう続けた。

「GT500は参戦にあたっての障壁は高い。でも僕はフォーミュラEで日産との関係が続いているので、そのプログラムでの仕事を増やしたいと思っているし、もし(スーパーGTに)戻るとしたら、長年の付き合いがある日産で走りたいと思っているよ」

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Jann Mardenborough, Team Impul

Jann Mardenborough, Team Impul

 またマーデンボロー曰く、GT500のシートを失った後にGT300クラスのチームからオファーを受けたという。ただ、そこでは予算の持ち込みが必要とされたようだ。さらに2021年シーズン参戦開始が遅れていたB-Max Racingからスーパーフォーミュラに参戦するチャンスもあったというが、ここでも資金面での問題があり実現しなかったと話した。

 マーデンボローは2017年にTEAM IMPULからスーパーフォーミュラに参戦した経験を持つが、彼は同カテゴリーに再び参戦する見込みについて次のように述べた。

「あの時はまさに奇跡が起きたのだと思う」

「(スーパーフォーミュラに参戦するのは)良いエンジニアを抱えて、たくさんのレースで勝って、例えば……ホンダのGT500のオファーをもらったりしないとね。あらゆることが完璧な形で実現しないといけない。あの時は普通じゃないことが起きたんだ」

■GT500での4年間は「タイミングも悪かった」

#12 Calsonic IMPUL GT-R

#12 Calsonic IMPUL GT-R

Photo by: Masahide Kamio

 マーデンボローは2016年にスーパーGTにデビューし、初年度は星野一樹と共にGT300クラスのNDDP RACINGに所属した。そして翌2017年からGT500にステップアップを果たし、TEAM IMPULで2年間、KONDO RACINGで2年間を過ごした。

 結果的にGT500での4シーズンでマーデンボローは勝利を記録することができず、ランキングでも下位に沈んだ。ただ2017年の新規則導入後、日産勢は軒並み調子を落として下位から脱出できずにいるということもあり、マーデンボローはタイミングも自身に味方しなかったことを認めている。

「日産勢が最も安定していた時代に僕はいなかったんだ」とマーデンボロー。

「彼らはそれまでトップを走っていた。2015年のニスモフェスティバルに行った時(23号車NISMOのチャンピオン獲得を)盛大に祝っていたことを覚えている」

「その年は日産勢がみんな活躍していて、翌年も好調だった。それから2017年にルールが変わってからというものの、これまでのようにはいかなくなったんだ」

■LMDh参戦を目指し、短期的にLMP2復帰の可能性も

 短期的な将来についてマーデンボローは「まだ何も決まっていない」と語ったが、かつてのようにル・マン24時間レースやスパ24時間レースにも参戦したいと考えているようだ。

「今は自分を“ショーウインドウ”に戻すことからだ。特にヨーロッパでは表舞台から遠ざかっていたしね」

 そう語ったマーデンボローは、2022年にLMP2マシンをドライブすることは論理的な選択だと考えている。LMP2マシンのダウンフォースレベルは彼が慣れ親しんだGT500車両と近いものがあり、そのLMP2をベースにしたLMDhマシンでレースをするための準備にもなるからだ。

「僕は現行のLMP2車両に乗ったことがない。僕が最後に乗ったのは2014年で、エンジンがもっとパワフルになる前のことだ」

「でもダウンフォースという点では、GT500とかなり似ていて、似たスタイルのドライビングが求められるし、大きなフォーミュラカーのような感じなんだ」

 マーデンボローは最後にMPパートナーズとの連携について、彼らが現在抱えているドライバーと共に成功を収めていることを考えても、自分にぴったりの選択だったと語った。

「彼らが現在担当している人たちのキャリアを見ると、僕と似たような段階の人もいるんだ」

「僕は今岐路に立っていて、目標を達成するために自分を次のステップへと導いてくれる専門家のマネジメントが必要な段階にいるんだ」

「(MPパートナーズと提携して以来)足取りが軽くなったんだ。3月中旬まで、僕はただ待っているだけだったけど、僕はそういうのが苦手なんだ」

 

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