もっと自由な移籍を! 日本のドライバー市場に一考の余地あり:英国人ジャーナリスト”ジェイミー”の日本レース探訪記
日本を拠点に活動するmotorsport.comグローバル版のニュース・エディター、ジェイミーがお届けするコラム。今回はトムス移籍が噂される笹原右京を例に、日本におけるドライバーのメーカー間移籍の少なさについて考える。
写真:: Masahide Kamio
先日行なわれたスーパーフォーミュラの合同/ルーキーテストでは様々なサプライズがありました。その中で注目されたのは、トムスのウェアを着た笹原右京だったと言えるでしょう。
ホンダの2023年モータースポーツ参戦体制では名前がなかった笹原。その彼がテストではジュリアーノ・アレジと共にトムスの36号車をドライブしており、トヨタ陣営移籍の可能性が取り沙汰されています。
トムスはテストを通して笹原のスピードとフィードバック能力を高く評価していました。しかし、このコラムを執筆している時点では、スーパーフォーミュラで“未定”とされているトムス36号車のドライバーが笹原になるのかアレジになるのかは明らかになっていません。正式な発表は年明けになりそうな気配です。
ただ、いずれにせよ彼は何らかの形でトヨタのドライバーとしてレースを戦うことになるでしょう。というのも、トヨタの体制でもうひとつ“未定”となっている、スーパーGTのトムス37号車のアレジの相方は笹原になることが確実だと考えられているからです。先日もてぎで行なわれたテストでも、その最終日に笹原が37号車のステアリングを握りました。
私は鈴鹿の合同/ルーキーテストの際、トムスでスーパーGTの監督を務める山田淳監督と、笹原移籍の可能性について話をしました。私は山田監督に、ホンダでキャリアを積んできた笹原のようなドライバーがトヨタに移籍するとなれば、それは珍しいケースに思うと言いましたが、山田監督から返ってきた言葉は意外なものでした。
「(スーパーGTの)36号車の監督の伊藤大輔もホンダから来ていますし、我々としてはあまり違和感はないですが、周りはざわざわしますよね」
「モータースポーツの世界はそれが普通にあっても良いと思います。日本はメーカーとメーカーの壁は高いですが、僕はそういうのは好きではありませんし、もっとフリーで良いと思います」
スーパーGTではトヨタやホンダのドライバーが日産に移籍するというケースは比較的多く、最近ではベルトラン・バゲットのホンダから日産への移籍もありました。ただ、伊藤大輔が2008年にARTAからTeam LeMansへ移籍して以来、ホンダとトヨタの間でチームを移籍した日本人ドライバーはいません。
実際、先日行なわれたホンダの2023年モータースポーツ活動計画発表に参加した国内の4輪ドライバーのうち、他メーカーのドライバーとしてシーズンを戦った経験があるのは松下信治のひとりだけ。これも非常にレアなケースだと言えます。笹原がトムスからスーパーフォーミュラに参戦するとなれば、これは歓迎されるべきでしょう。
国内トップフォーミュラにおいても、エンジン供給がトヨタとホンダの2社となった2006年以降で見れば、トヨタエンジン車、ホンダエンジン車の両方に乗ったドライバーはロイック・デュバル、ナレイン・カーティケヤン、平中克幸、折目遼とごく少数です。
日本においてメーカー間の移籍が珍しくなっていることの理由のひとつとして、国内メーカーは他社のドライバーを“引き抜いている”と見られることを嫌がっているということがあると思います。これは日本独特のメンタルによって生じる事態だと思います。日本以外では他社のドライバーと契約しようとすることに対するネガティブな論調や報道はほとんどありません。
F1は特殊な世界なので、日本のモータースポーツ界と単純比較して語るべきではありませんが、いくつか興味ある移籍はあります。例えばアルピーヌは、交渉が決裂したフェルナンド・アロンソの後釜として育成ドライバーのオスカー・ピアストリを起用しようとしていましたが、そこでマクラーレンが文字通りピアストリを“引き抜いた”のです。
しかし、ピアストリを獲得したことでマクラーレンのイメージは傷ついたでしょうか? ほとんど影響はなかったでしょう。むしろ、チームにとって最適と思われる若手ドライバーを獲得したことに称賛の声が上がったほどでした。
ピアストリの一件と笹原の一件が全く同じ状況であるとは言えません。ただ笹原もピアストリ同様、所属するメーカーに対して少なからず不満があったと言われているため、そうした背景からも彼がホンダを離れてトヨタと契約することは何ら不思議ではありません。また、それに対してトヨタが悪者扱いされる謂れもないでしょう。逆に、笹原により良いチャンスを与えたという点では称賛されてもおかしくないはずです。
メーカー間の移籍が少ないのは上記の理由だけではないでしょう。日本人のドライバーは現役引退後も所属メーカーの監督やアンバサダーを務めたり、ひとつのメーカーでキャリアをまっとうする傾向にあるというのも理由のひとつだと思います。
言ってしまえば、サーキットで結果を残すことができれば、その先の将来は安泰なのです。ただこういった風土の存在は、一部の若手ドライバー、特に海外でのレースを夢見るドライバーにとってはあまり良いものではない、ということが明らかになりつつあります。
例えば大湯都史樹は、本稿執筆時点でスーパーフォーミュラのシートがありません。彼も海外に挑戦したいという意向を示しているドライバーのひとりですが、ホンダが数億円規模の支援をしない限り、インディカーやF2のシートを得ることは不可能に近いです。
誰がどのチームからレースに参戦するのかは、100%ではないにしても大半はメーカーが関与しています。これはホンダとトヨタの育成ピラミッドを通るドライバーが抱える問題のひとつと言えます。どのメーカー、どのチームで走ることが有益かを吟味する個人マネージャーなどがついているケースは稀で、これはドライバーがこのピラミッドから抜け出すことを難しくしている要因のひとつです。
ドライバーが頻繁に移籍することで、ファンやメディアの関心を高めることもできます。山本尚貴、野尻智紀、大嶋和也といったベテランの移籍は考えづらいですが、例えば松下や大湯がトヨタに移籍したり、宮田莉朋がホンダに……ということは本来普通に起こっても不思議ではないことです。
また、F1のように各チームがメーカーの体制発表を待たずに自由にドライバーラインアップの発表を行なうことができれば、レースの話題が少なくなりがちな夏場でもニュースが増え、選手権の露出を高めることにも繋がるのではないでしょうか。
スーパーフォーミュラは現在、“ドライバーズファースト”という理念を掲げていますが、だからこそ今回の笹原のような動きがごく当たり前になるべきだと考えていますし、そういう日がやってくることを願っています。
Be part of Motorsport community
Join the conversationShare Or Save This Story
Subscribe and access Motorsport.com with your ad-blocker.
フォーミュラ 1 から MotoGP まで、私たちはパドックから直接報告します。あなたと同じように私たちのスポーツが大好きだからです。 専門的なジャーナリズムを提供し続けるために、当社のウェブサイトでは広告を使用しています。 それでも、広告なしのウェブサイトをお楽しみいただき、引き続き広告ブロッカーをご利用いただける機会を提供したいと考えています。
Top Comments