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ハミルトンはシューマッハーを超えたのか(2):衝撃のデビュー、そして“暗黒期”へ

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ハミルトンはシューマッハーを超えたのか(2):衝撃のデビュー、そして“暗黒期”へ
2020/03/24 9:29

ルイス・ハミルトン、ミハエル・シューマッハーというふたりの天才F1ドライバーのキャリアを紐解く特集の第2回。今回はハミルトンのマクラーレン時代にフォーカスを当て、その衝撃的なデビューと“冬の時代”を振り返る。

 メルセデスのルイス・ハミルトンは、2020年シーズンにF1界のレジェンドであるミハエル・シューマッハーの記録に肩を並べようとしている。ハミルトンとシューマッハーは、現時点でどちらが“史上最強”なのか……今回はハミルトンのマクラーレン時代を振り返っていく。

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 2007年、マクラーレンはチーム監督(当時)であるロン・デニスの“秘蔵っ子”ルイス・ハミルトンを、新加入のフェルナンド・アロンソのチームメイトとしてデビューさせた。マクラーレンは当時、優勝やチャンピオンを争うトップチームであり、そのチームのドライバーにルーキーが抜擢されるというのは、デニスのハミルトンに対する期待の高さを示すものだった。

 しかし当のデニスも、2007年シーズンは2005年&2006年チャンピオンのアロンソがチームのエース、そしてリーダーの役割を担い、その間にハミルトンをF1の水に慣れさせる……そんなシナリオを描いていたはずだ。ハミルトンの持つ力がチームに不協和音をもたらし、マクラーレン史上に残る激動のシーズンとなっていくとはつゆ知らず……。

 ハミルトンはデビュー3戦目でアロンソの予選タイムを上回り、4戦目で選手権リーダーとなり、6戦目のカナダGPでF1初優勝を挙げた。このレースではハミルトンがポールポジションから完璧なレース展開でトップチェッカーを受けたのに対し、アロンソは焦りからか何度もミスを犯し、7位に終わった。 

 F1に新たな逸材が現れたことは明らかであった。イタリアメディアも新人離れした活躍を見せるハミルトンを「イル・フェノメノ(天才)」ともてはやした。

 その後もハミルトンとアロンソは互角の速さを見せ、激しいチームメイトバトルを展開した。最終的にふたりは共にシーズン4勝を挙げ、獲得ポイントは109と同数に。上位入賞回数の差でハミルトンがランキング2位、アロンソがランキング3位となった。ハミルトンはルーキーチャンピオンこそ叶わなかったが、フェラーリのキミ・ライコネンとわずか1ポイント差でシーズンを終えた。

■目前でこぼれ落ちていったルーキー王座……翌年リベンジし、最年少チャンプに

The car of Lewis Hamilton, McLaren Mercedes MP4/22 after he retired from the race

The car of Lewis Hamilton, McLaren Mercedes MP4/22 after he retired from the race

Photo by: Sutton Images

 そもそも、シーズン終盤を迎えてタイトルに最も近かったのはハミルトンだった。中国GP、ブラジルGPの2レースを残した段階で、ハミルトン107点、アロンソ95点、ライコネン90点。当時のポイントシステムでは優勝が10点だったことを考えると、ハミルトンがかなり優位な状況にいたのは明白だった。しかしながら中国GPでチームとハミルトンが犯したミスは、ライコネンの歴史的な大逆転チャンプへの扉を開くこととなる。

 激動のシーズンの中でマクラーレンとアロンソの関係は完全に冷え切っており、アロンソは2007年シーズン限りでの離脱が確実視されていた。中国GPでマクラーレンは、チームがハミルトンを贔屓しているという疑惑をカモフラージュするかのごとく、不可解な戦略をとってしまう。

 ポールポジションからトップをひた走っていたハミルトンは、レース中盤にタイヤの摩耗に苦しみはじめ、大きくペースダウンした。しかしチームは、ドライ路面の中インターミディエイトタイヤで走るハミルトンを必要以上にコースに留まらせてしまった。その結果、内部構造が露出するまでにタイヤがボロボロとなったハミルトンがピットに向かうも、ピットレーン前の左カーブを曲がりきれず、グラベルの餌食となってしまった。

 これでハミルトンはF1キャリア初のリタイア。優勝したライコネンと2位のアロンソがタイトル争いに踏みとどまり、三つ巴で最終戦ブラジルGPを迎えることとなった。そしてブラジルGPでは、レース序盤ハミルトンにトラブルが発生して大きく順位を落とし、その後追い上げを見せたが7位に終わった。一方のライコネンはチームメイトであるフェリペ・マッサのアシストもありトップでチェッカー。タイトルに向けた天王山を連勝したことで、初のチャンピオンに輝いた。

 ルーキーでの戴冠を逃したハミルトンだが、翌2008年には初のタイトルを史上最年少で獲得した。彼は前年ほどの安定感はなかったものの、フェラーリのマッサと熾烈な戦いを演じ、前年涙を呑んだ最終戦ブラジルGPの最終ラップ、最終コーナーでティモ・グロック(トヨタ)を交わし5位に滑り込んだことで、悲願を達成した。そんなハミルトンが、ここから2度目の王座獲得まで6年もかかることになるとは、誰が想像しただろうか……。

■2009年からは苦しいシーズンに。チームとの関係も徐々に悪化

Lewis Hamilton, McLaren in parc ferme

Lewis Hamilton, McLaren in parc ferme

Photo by: Sutton Images

 2009年はレギュレーション変革の年だったということもあり、勢力図が一変。ブラウンGPとレッドブルが台頭する中、マクラーレンとハミルトンは出遅れた。アップグレードの成果もあり後半戦はトップクラスの戦闘力を誇ったが、最終的にランキング5位に終わった。なおこの年は9レースで無得点に終わったが、これはキャリアワーストの数字である。

 2010年〜2012年の3シーズンは安定して優勝や表彰台フィニッシュを重ねたが、いずれもレッドブルのセバスチャン・ベッテルにタイトルを奪われた。デビューから数年で“F1界で最速のドライバー”という評価を築き上げたハミルトンだったが、毎戦のようにポールポジションを奪うベッテルのスピードに、その評価も揺らぎ始めていた。

 マクラーレン時代の2009年〜2012年を、ハミルトンの“暗黒期”とする声もあるが、確かに彼はこの時期にいくつかのトラブルを起こしている。

 2009年オーストラリアGPでは、セーフティカー中のヤルノ・トゥルーリ(トヨタ)との順位入れ替えについて虚偽の発言をしたとして、失格処分を受けている。ハミルトンはこれがチームの指示によるものであったことを明かして謝罪し、当事者であるチームマネージャーのデイブ・ライアンは解雇された。さらに2011年モナコGPでは、自身がタイムペナルティを受けたことについて「(ペナルティとなったのは)僕が黒人だからだ」といった趣旨の発言をして批判を浴びた。

 さらに2011年にはガールフレンドのニコール・シャージンガーと破局するなど、ハミルトンにとっては公私共に厳しい時期であり、同時にフラストレーションも溜まっていった。特に彼は自分がベッテルよりも優れていると考えており、ベッテルがF1界をリードしていくことに歯がゆさを感じていたのだ。

 そして2012年には、マクラーレン、そしてデニスとの関係も微妙なものとなっていく。そんな中で、彼のキャリアを大きく左右することとなる“転機”が訪れる。

【第3回に続く】

 

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