ハミルトンはシューマッハーを超えたのか(1):ふたりの“黄金時代”までの歩み
F1の歴史に名を残すふたりのドライバー、ミハエル・シューマッハーとルイス・ハミルトン。彼らは似て非なるキャリアを経て、最終的に絶対王者に上り詰めた。史上最強のF1ドライバーは、現時点でどちらと言えるのだろうか?
Lewis Hamilton, McLaren MP4-25, with Michael Schumacher, Mercedes GP W01
Glenn Dunbar / Motorsport Images
メルセデスのルイス・ハミルトンは、昨年のF1アメリカGPで自身6度目となるドライバーズチャンピオンを獲得した。これで彼の通算タイトル獲得数は歴代単独2位となり、ミハエル・シューマッハーが持つ7回という大記録にあとひとつと迫った。
6度目のタイトルを決めた後、シューマッハーの記録に並ぶ見込みについて尋ねられたハミルトンは、次のように語っていた。
「自分の思考プロセスをどこに置くか次第だ」
「マイケル(シューマッハー)の記録に並ぶことは僕の目標ではない。今までもこれからもだ。僕は記録とかそういったものに頓着する人間ではないんだ」
「僕がマイケル(の記録)に近付くなんて思ってもみなかった。僕は長い間(タイトル獲得数が)1回だった訳で、しばらくして2回目を獲ったんだ。とても遠かったものが今は近くにあるように見えるけど、それでもまだ遠いし、この状況を理解することすら難しいよ」
「新しいシーズンでは、他のチームが後半戦に驚異的なパフォーマンスを見せることもあるだろうし、僕とその周りの人たちで、信じられないほどの仕事量とパフォーマンスを発揮しなければならない。今はそのことについて考えたくはない」
2020年のプレシーズンテストの際、ハミルトンは昨年受けたこういった類の質問をされていないようだったが、仮に同じ質問をされたとしても、彼の答えは変わっていなかっただろう。ハミルトンが話すことと言えば、その時その時のレースへ懸ける想い、ライバルの強さ、シーズンの長さ、チャンピオンにとなるためにどのくらいの労力をかけるか、といったような具合だ。
ハミルトンは2013年にマクラーレンからメルセデスに移籍すると、“パワーユニット時代”に突入した2014年から圧倒的な強さを見せている。同年からの6シーズンで5度のチャンピオンに輝き、年間平均で10勝もしているのだ。
2020年シーズンは新型コロナウイルスの影響により開幕が6月以降にずれ込むことが決まっており、その先行きも不透明な状況だが、仮にハミルトンがこれまでのシーズンと同等の強さを見せてチャンピオンに輝いた場合、シューマッハーのタイトル記録だけでなく、優勝回数記録にも届く可能性がある。2019年シーズン終了時点で、シューマッハー91勝に対し、ハミルトンは84勝。2020年が予定より短いシーズンになると予想されていることを考慮しても、十分射程圏内と言える。
ハミルトンがタイトル獲得回数と優勝回数で歴代1位に浮上すれば、彼を“史上最も成功したF1ドライバー”と呼んで差し支えないだろう。
シューマッハーとハミルトン、ふたりの男、ふたつのキャリア……これらは共に歴史的なものであり、振り返り、議論するに値するものと言える。記録上では近い数字を残している彼らは、達成までの道のりこそ異なるものの、様々な面で類似性を見出すこともできる。現時点で、“歴代最強のF1ドライバー”はシューマッハーなのか? それともハミルトンなのか?
■鮮烈なデビューを飾ったキャリア初期
Michael Schumacher, Jordan
Photo by: Rainer W. Schlegelmilch
まずはシューマッハーとハミルトンのキャリア初期を振り返ってみよう。ふたりは共に20代前半でデビューし、強烈なインパクトを残した。
シューマッハーは1991年のベルギーGPで、ベルトラン・ガショーの代役としてジョーダンからデビュー。新興チームからのスポット参戦ながら殊勲の予選7番手を獲得し、チームメイトであるアンドレア・デ・チェザリスを上回って見せた。その活躍は多くの関係者の目に留まり、次戦からは“4強”の一角だったベネトンに抜擢。瞬く間にスターダムを駆け上がることになる。
一方のハミルトンは、シューマッハーが1度目の引退を表明し、グリッドから去った翌年の2007年に、トップチームであるマクラーレンからデビュー。開幕戦オーストラリアGPではチームメイトであり前年チャンピオンのフェルナンド・アロンソと互角の戦いを見せ、3位表彰台を獲得した。
その後ふたりは早々に初のタイトルを手にする。シューマッハーはフル参戦3年目の1994年、ハミルトンはフル参戦2年目の2008年だ。そして彼らは共に“我慢のシーズン”を何度か経験した後、ひとつのチームで時代を席巻することとなる。
しかし、ふたりが“黄金時代”を築くまでのプロセスは異なっている。シューマッハーはベネトンで2年連続チャンピオンに輝いた後、長年にわたって苦しんでいたフェラーリに移籍。5年の歳月をかけてその見事な求心力でチームを強化し、2000年に名門フェラーリを21年ぶりのドライバーズタイトルへと導いた。ハミルトンは2008年に最年少タイトルを獲得した後、チャンピオンに手が届かないシーズンが続いていたが、パワーユニット時代に向けて“勝利のピース”が揃いつつあったメルセデスに移籍し、現在に至る。よってハミルトンが“勝ち馬”を手にした感は否定できない。
Podium: Second place Nico Rosberg, Mercedes AMG, and Race winner Lewis Hamilton, Mercedes AMG
Photo by: Steve Etherington / Motorsport Images
一方で、こういった見方もある。シューマッハーは、デビューから一貫して、チーム内で“ナンバーワン”の地位を確約されていたと言える。それはベネトン時代も、フェラーリ時代もそうだ。しかしハミルトンはそれを確約されていなかったことがほとんどであった。マクラーレン1年目は2年連続王者のアロンソが相方で、その後はチャンピオン経験者のジェンソン・バトンとコンビを組んだ。メルセデスではメーカーの“生え抜きエース”であるニコ・ロズベルグを実力で下す必要があった。
さらにふたりのスポーツマンとしての評判にも違いがあると言える。シューマッハーはタイトル争い中に大きなプレッシャーに晒された際、いくつかの“アンフェア”ともとれるプレーで批判を浴びてきた。タイトルを争うデーモン・ヒル(当時ウイリアムズ)と接触し、自身初戴冠を確定させた1994年のオーストラリアGP、これまたタイトルを争う天王山でジャック・ビルヌーブ(当時ウイリアムズ)と接触し、“年間ランキングから除外”という類を見ない処分に繋がった1997年のヨーロッパGP、そして予選中に最終コーナーで不可解な“停車”をし、結果的にライバルであるアロンソ(当時ルノー)のアタックを妨害する格好となった2006年のモナコGP……この辺りがその最たる例と言えよう。ハミルトンも若さゆえに批判を浴びることもあったが、現在は戦術に頼らない、タフでありながら慎重なレーサーとしての評判を築いていると言える。
以上のように様々な点からシューマッハーとハミルトンを比較してきたが、ふたりはキャリア初期に印象的な活躍を見せたことで、関係者からの絶大な信頼を得たことは間違いない。特にデビューイヤーのハミルトンの活躍は、ハミルトンを幼少期から知り、その才能を疑わなかったロン・デニス(当時のマクラーレンチーム監督)でさえも、予想だにしないものだった……。
【第2回に続く】
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