空気と水さえあれば、ガソリンと同じような燃料が作れる……ホンダF1で加速する、未来への技術”カーボンニュートラル燃料”の開発
2026年からF1で使用が義務付けられることになるカーボンニュートラル燃料。ホンダはこのカーボンニュートラル燃料を社内で研究・開発しているが、F1での使用を前提に開発することで、そのスピードが加速しているという。
写真:: Zak Mauger / Motorsport Images
F1では2026年から、使う燃料を現在のガソリンではなく、100%カーボンニュートラル燃料にすることが義務付けられることになっている。
ホンダは2021年に一部カーボンニュートラル化した燃料を実戦投入していたことを明かしているが、このカーボンニュートラル燃料とは一体何なのか?
「再生可能電力を使って出来た水素と、大気中から取り込んだ炭素を合成して作った燃料がカーボンニュートラル燃料です」
そう説明するのは、本田技術研究所の先進パワーユニット・エネルギー研究所の橋本公太郎博士である。橋本博士は、ホンダが2021年に使ったカーボンニュートラル燃料の開発を手がけたまさにその人である。
「大気中のCO2(二酸化炭素)を取り込んで燃料にして、それをエンジンで燃やしてCO2を排出する……すると大気中のCO2をぐるぐる回しているということになりますので、大気中のCO2が増えません。だからカーボンニュートラルですよということです」
ガソリンは地中深くから掘削してきた石油を原料にしているため、燃焼させてCO2を排出してしまうと、大気中のCO2が増えるということになる。ここが、ガソリンとカーボンニュートラル燃料の一番大きな違いだ。ただ、真の意味でのカーボンニュートラルを実現するのは簡単ではないと、橋本博士は言う。
「100%カーボンニュートラルを実現するのは難しいです。というのも、カーボンニュートラル燃料を作る際にエネルギーを使うからです。そのエネルギーが再生可能電力なら、CO2を排出しないのでカーボンニュートラルに近づきます。しかし通常の電力を使うと、火力発電などでCO2を排出しているので、カーボンニュートラルとは言えません」
「再生可能電力がもっと安く使えるようになって、大気中からCO2を取り込むコストを下げることができれば、カーボンニュートラル燃料が現実的なモノとなってきます。なので我々は、この燃料に注目しています」
なお2021年のF1に実戦投入したカーボンニュートラル燃料は、その炭素を木屑など食用に適さないバイオマスから取り出して使った。しかし橋本博士曰く、空気と水さえあれば、カーボンニュートラル燃料を作り出すことができると断言する。
「ダイレクト・エアキャプチャーという方法で、空気中のCO2を吸着剤に吸着させて集めて、濃縮されたCO2を作り出します」
「そして水素は水を電気分解して作ります。このCO2と水素を使って燃料を作れば、カーボンニュートラル燃料になります。再生可能電力がふんだんにあればという大前提がありますけどね。それが確保できれば、液体燃料を空気と水から作ることができます」
「再生可能電力をそのままEVなどで使う方がいいのか、それとも液体燃料を作るために使った方がいいのか、今後どちらかに決まってくると思います。ただ航空機に関しては電力だけでは無理ですから、この技術で作られた液体燃料が使われていくと思います」
しかもこのカーボンニュートラル燃料のすごいところは、既存のエンジンで使うことができるという点だ。橋本博士の言うように、再生可能電力を安価で手に入れることができ、カーボンニュートラル燃料を大量生産することができれば、世界中で数多走るガソリン車に、そのまま使うことができるわけだ。しかもカーボンニュートラル燃料には、CO2以外の有害物質の排出も抑える効果も期待できるという。
「ガソリンには100種類くらいの成分が入っていて、それをカーボンニュートラル燃料で忠実に再現するのは難しいです。しかしひとつの成分で、ガソリンと同等にエンジンで使えるというカーボンニュートラル燃料を作るなら、作りやすいと思います」
「ガソリンに入っている成分は、すべて必要なモノというわけではありません。余計なモノも入っているわけです。カーボンニュートラル燃料でも、一酸化炭素とか未燃の炭化水素を排出することは避けられません。ただ、触媒さえしっかりしたモノがあればそれは排除できますし、カーボンニュートラル燃料の成分が単純であればクリーンにしやすいという側面もあります」
「空気を綺麗にするためには、カーボンニュートラル燃料もいいですよということをアピールしていけばいいと思います。今の石油由来のガソリンでは、絶対にできないことですからね」
「燃焼である限り、NOx(窒素酸化物)の排出は抑えられません。水素燃料を使ってもNOxは出ます。ただNOxは触媒を使って処理できますので、問題ないと思います」
「ただカーボンニュートラル燃料にすることで、燃焼時の温度を下げることができれば、NOxの排出量は抑えられて、触媒への負荷を減らすこともできます。そうなれば、十分にEVに対抗できると思います」
このカーボンニュートラル燃料の開発において、F1に関わったことでどんなメリットがあったのか? これについて橋本博士は次のように語る。
「F1に関わって一番感じたのか、開発のスピードですね。めちゃくちゃ速いですし、締め切りも決まっています。そこは学ぶべきことが多かったですし、一緒にやっていて実感しました」
「また水素の使い方において、派生した研究もありました。例えば今回は炭素源としてバイオマスを用いて作りましたが、その工程で水素をうまく使えば、燃料がたくさんできることが分かりました」
「バイオマスをまずガス化するんですが、これまではその時にCO2ができてしまい、捨てていました。また、燃料作るのに必要なCO(一酸化炭素)と水素の割合を、燃料を作るのにピッタリの割合にしたいのですが、普通のガスだとCOが多すぎるので、水とCOを反応させて水素とCO2にして、CO2は捨てなければいけませんでした。ただガス化する際に水素を注ぎ込んでやると、CO2の発生を抑えることができます。そして,水素を入れてあげて燃料をつくるのにぴったりの割合にできるので、できているCOをそのまま使って燃料を作れます。つまり、その分燃料がたくさんできるんです」
「まさにF1燃料の研究から派生させて、カーボンニュートラル燃料を上手に作るという研究もできています。F1は、カーボンニュートラル燃料を一般向けにするというところに対しても、技術的なブレイクスルーがあります」
なおホンダはHRC(ホンダ・レーシング)として、2026年からのF1パワーユニット製造者登録を済ませたことを2022年の年末に明らかにしている。ただ実際に参戦するかどうかは明言されておらず、現時点では「研究対象としてレギュレーションを確認することが主目的」と渡辺康治HRC社長は語っている。
この2026年仕様のパワーユニットの”研究”に、橋本博士も携わることになるのか? そう尋ねると、次のような答えが返ってきた。
「2026年からはパワーユニットだけでなく、燃料のレギュレーションも変わります。ですので、パワーユニットについて研究するなら、燃料についても研究することになります」
そう橋本博士は語る。
「カーボンニュートラル燃料になるだけでなく、成分も変わるはずです。でも今はどんなレギュレーションになるのかわからないので、情報を探りにいっているところです。ですので、今まではこの考えで良かったのに、最終的にはそれが最適ではないという可能性もあるかもしれませんね」
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