カーボンニュートラル燃料の将来は、レースの世界にかかっている……HRCを退職する浅木氏「実証実験の場として、必死で開発できればいい」
前HRC四輪レース開発部部長・浅木泰昭は、カーボンニュートラル燃料をレースで使い続けることが、環境対応への貢献に繋がると考えている。
地球環境を守るため、様々な業界で様々な活動が行なわれている昨今。それは自動車業界も避けられないことであり、モータースポーツ界も多方面で対応を強いられている。4月限りでホンダを定年退職することになっている浅木泰昭前HRC(ホンダ・レーシング)四輪レース開発部部長は、カーボンニュートラル燃料をサーキットで使い続けることが、環境対応への貢献につなげることができると考えている。
F1は2026年シーズンから、カーボンニュートラル燃料を使うことが義務付けられている。これはF1のみならず、世界中の様々なカテゴリーで同じ流れになっており、エンジンを使うレースでは、早かれ遅かれ化石燃料由来のガソリンを使うことをやめ、カーボンニュートラル燃料を使うことになろう。
ただカーボンニュートラル燃料の開発も簡単ではない。現状では製造コストも高く、多くの量を作るのも簡単ではないのだ。ただ、このカーボンニュートラル燃料の技術が進歩すれば、世界の自動車業界の情勢は、これまでのEV(電気自動車)一辺倒という流れから変わるかもしれない。
「世間はEV、EVと言いますけど、世界中の方々にEVに乗っていただけるほどのリソースがあるのかどうかというところは個人的には疑問です」
浅木前部長はそう語る。
「しかしその一方で、カーボンニュートラル燃料も、生産量やコストの面で問題があります。大気中の二酸化炭素を増やしちゃいけないというのは共通認識なんですが、そのための達成手法がまだ技術的に定まっていないのではないかと思っています」
「地球規模でカーボンニュートラルを達成しようとすると、大手の自動車会社がEVを作るだけでは足りません。それを考えた場合、カーボンニュートラル燃料が必要だと私は思っています」
ただレースで使うことにより、技術は加速度的に進歩していく。特にF1のように多額の開発コストを使うことができる環境であれば、その開発スピードはかなり速まる。カーボンニュートラル燃料の開発においてF1は、技術開発の実験室としての役割を、これまで以上に担えるようになるかもしれない。
「レース業界がカーボンニュートラル燃料の実証実験の場として、必死でそれを開発できればいいと思います」
「サーキットで使い続けることで、製造技術などが進化して、地球環境に貢献できるようになるのではないかと思っています。それを考えれば、内燃機関(つまりエンジン)は残っていくのではないかと、私は考えています」
「内燃機関は残って欲しいですが、そのためにはカーボンニュートラル燃料がないと残れないでしょう。そのための方法を構築しなければレースは生き残っていけませんし、ホンダとしてもそういうレースはできないと思います」
F1 Fuel for the weekend
Photo by: Erik Junius
EVは確かにクルマからは二酸化炭素を排出しない、クリーンな自動車である。そこで使う電力を持続可能エネルギーで賄えれば、完全にクリーンなものだ。ただEVを普及させるためにはそれに充電するための設備が必須であり、発展途上国でそのインフラを整えるのは難しいだろう。先進国でEVが普及したとしても、発展途上国でガソリンを使い続ければ、カーボンニュートラルを目指す世界への道筋は遠のいていく。実際、先進国でもインフラ整備は簡単ではなく、一時エンジン車の販売を完全に禁止することを決めた国の中には、条件付きで販売を許可する方向に転じる国もある。
「世の中次第ですよね。EUが内燃機関は売ってはいけないと言えば残れませんが、最近ではやっぱり売ってもいいよと言い始めています。そういう政治の話も絡むので難しいですね」
浅木前部長は語る。
「EVの難しいところは、一部の先進国だけがEVによってカーボンニュートラル化できても、世界中でそうならなければ、自己満足になってしまう。先進国は先進国で進めていかなければいけませんが、全体を考えると液体燃料の魅力というモノもあるわけです。それを時間をかけながら開発していかなければいけません」
「ただ、現時点では決め打ちするほど技術が確立していないので、色々やっていかなきゃいけません」
浅木前部長は、カーボンニュートラル燃料の可能性、そして重要さを以前から訴えていた。そしてホンダとしてのF1最終年となった2021年に、燃料の高性能成分をカーボンニュートラル燃料化し、実戦投入した。そしてマックス・フェルスタッペンはその燃料で走ってドライバーズタイトルを獲得した。浅木前部長は当時から、未来の自動車業界、そして地球環境の将来に必要なことに対して真摯に目を向けていたのだ。
その想いは、彼の下で働いてきたホンダの若いスタッフたちに受け継がれていく。
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