特集|9mm四方のカメラがF1放送を変えた。モータースポーツ界のトレンド「ドライバー目線カメラ」はどのように生まれた?
2021年に初めてF1に導入された「ドライバーズアイ・カメラ」。この技術の登場により、F1国際放送は大きな進歩を遂げた。
写真:: Racing Force Group
F1国際放送は過去10年間、ファンへ向けた情報提供や視聴体験の充実を図るべく、多くの進化を遂げてきた。
F1をより深く理解するためのグラフィックは毎戦のように改良され、サーキットでのアクションをよりリアルに伝えるために新たなカメラアングルやテクニックが常に模索されている。
しかし、”ドライバーズアイ・カメラ”ほど没入感のある映像を提供できるカメラアングルは他にない。各ドライバーが被るヘルメット内部のパッドに埋め込まれた9mm×9mmの小型カメラを通じて、ドライバーとほぼ同じ視点から大迫力のレース映像が映し出される。
2022年シーズン開幕戦バーレーンGPでは、フェラーリのシャルル・ルクレールとレッドブルのマックス・フェルスタッペンが何周にも渡りトップ争いを繰り広げる中で、国際放送のTVディレクターはルクレールのヘルメット内に装着されたドライバーズアイ・カメラに切り替えた。彼らがオーバーテイクの瞬間、いつどこを見ているのかがスピードと共にファンの元に届けられた。
ヘルメットの安全基準を満たしながら、放送用の映像を配信できるカメラを設計することは大きなチャレンジになる。ドライバーズアイ・カメラを開発・運営する「レーシングフォース・グループ」の最高執行責任者であるアレックス・ハリストスは、FIAの支持を得るために、開発では安全性を第一に考えたとmotorsport.comに語ってくれた。
「『最高の絵が撮れるカメラが必要だ』というところから(計画を)スタートさせた訳ではない。出発地点は安全性の条件にあった」
そうハリストスは説明する。
「そこから遡るように進めていったのだが、これが難しかった。ドライバーの目の横……保護パッドの裏地に最適な場所を見つけることができたが、カメラはパッドが完全に潰れた時の大きさよりも小さくなければいけない。そうすればドライバーの顔にカメラが当たることはない」
シャルル・ルクレール(フェラーリ)のヘルメットに搭載されるドライバーズアイ・カメラ
レーシングフォースはヘルメット内部にカメラとそれに伴うセンサー類を収める小さなスペースを確保し、より大きな機器類は車両側に搭載。ドライバーズアイ・カメラと機器を繋ぐのは、非常に細いケーブルのみだ。
ハリストスは、ドライバーのヘルメットにカメラを仕込むという試みは「公になっているだけで6~7回」あったものの、今回レーシングフォースが作り上げたシステムは画期的なモノだという。
「我々の製品が大成功を収めた初めてのモノになった」とハリストスは言う。
「最初は全く気が付かなかったが、みんなこれを待ち望んでいたんだ」
ただ、F1からすぐにこのシステムをシリーズに導入して欲しいという声はなく、ハリストスと彼のパートナーはまずフォーミュラEに話を持ちかけた。するとフォーミュラEは「とても快く受け入れてくれた」という。ドライバーズアイ・カメラによってダッシュボードが映し出されることに対するチームの懸念から、いくつかの要素をぼかす必要があったものの、レーシングフォースは完璧な開発機会を得ることができた。
ただ、彼らの長期的目標は常にF1へ導入することだった。そのため、2021年の夏に独占権が切れた後、F1に対するアプローチを迅速に行なった。
「10日後、フェルナンド・アロンソと一緒にスパ・フランコルシャンで最初のテストを行なった」とハリストスは言う。
「とてもエキサイティングだったよ」
ハリストスはF1の国際放送センターでTVチーフのロベルト・ダラやディーン・ロックと共に、ドライバーズアイ・カメラから得られた最初のF1映像を見ていた時を振り返り、その映像はあくまでもテスト用だったものの、映像を見たTVクルーたちは目の色を変えたと明かした。
「彼らは映像を見た数秒後に『放送していい?』と言ってきた。私は『分かった。OK、やってみよう』と答えた。それで彼らが放送して30秒~1分くらい後に、部屋中の電話が鳴り始めたんだ!」
「みんな、あれが何なのかを知りたがったんだ」
ドライバーズアイ・カメラは、F1用フルカスタマイズプロジェクトの一部として、F1国際放送の重要な地位を占めるまでに評価を上げていった。レーシング・フォースの傘下ブランドであるベルのヘルメットを使用していたドライバーは全て、2022年からこのカメラを装着。カメラの搭載位置も改良され、ドライバーの実体験に近い本物の絵というリアルさを失うことなく、より良いアングルからより安定した映像を提供できるようになった。
ハリストスは、このシステムがF1全体から「非常によく受け入れられた」ことで、F1関係者全てがWin-Winの関係を築けていると感じている。
「我々はF1とビジネスをしているが、F1はコンテンツを制作し、放送局に売ることができる。チームも露出を増やすことができる」
「そしてこれまではなかったユニークな形で、ドライバーも個人的な露出の機会を得られるのだ」
ドライバーズアイ・カメラ
Photo by: Racing Force Group
アルファロメオの周冠宇は、ドライバーズアイ・カメラのアングルのせいで「他(のカメラ)に比べて、自分の走行ラインを分析するのは悪夢だ」と冗談を言っていたが、ターゲットであるファンにとっては「非常にクールな映像だ」と認めていた。
周は「どちらかと言うと、視聴者のための映像だ」と語る一方で、「チームにとしても、ドライバーがスイッチで何を変えているかが分かるから、秘密にしづらくなる」と付け加えた。フォーミュラEとは異なり、F1国際放送ではステアリングホイール上に表示される様々なメッセージや情報がぼかされることはない。
ドライバーズアイ・カメラが成功を収めたことで、2022年のF1委員会の会合で要求された通り、2023年シーズンはベル製ヘルメットユーザーだけでなく20名全員がこのシステムを積むこととなった。ハリストス曰くシステムはモジュラー式のため、アライやシューベルトなどといったライバルメーカーのヘルメットに応じて調整することができたという。
「重要なのは、様々な状況に対応できるようなモジュラー構造で開発することだ」とハリストスは言う。
「この技術が誰にでも使えるようになることが夢のシナリオだった。この技術は、我々(メーカー)の道しるべになるモノで、技術や搭載方法を彼らのヘルメットに適合するために、フルサポートを行なった」
カルロス・サインツJr.(フェラーリ)のヘルメットに搭載されるドライバーズアイ・カメラ
現在搭載されるドライバーズアイ・カメラは既に第2.5世代。重量は2.5gから1.4gとほぼ半減され、サイズも当初の21mm×12mmから9mm×9mmへと小さくなっている。
進化を続けるドライバーズアイ・カメラ。アクションカメラよりも遥かに小さな高性能カメラの登場により、モータースポーツ以外の用途への転用も考えられている。
「スキーが良い例だ。ゲレンデを滑走する臨場感あふれる景色を想像して見て欲しい。ただ、そこにクルマはなく、アスリートだけだ。安全規制や、電源をどうするのかなどといった課題はあるがね」
ドライバー視点からの映像はフォーミュラEやF1だけでなく、NASCARを始めとするクローズドコックピットのモータースポーツシリーズからも関心を呼び起こしており、今後のモータースポーツにおけるトレンドとなるかもしれない。
「ドライバーの視点から没入感を視聴者に提供できるということは、誰にとっても魅力的な選択肢だ」とハリストスは言う。
「クローズドカーでも、とても評判が良い。3月にオーストラリアで開催されるスーパーカー・シリーズの開幕戦にも参加する予定だが、そこでも今後展開していく予定だ。とても楽しみだね」
ドライバーやチームにとっては、あまり実用的な映像資料とはならないかもしれない。しかしドライバーの目線から追体験したいと思うファンの要望が高まる”Drive to Survive時代”において貴重なモノ。このカメラが「F1マシンをグランプリで運転するということとは?」という疑問に答えてくれる。そういった意味で、ドライバーズアイ・カメラはF1の国際放送を新たな次元へと押し上げたと言えるのではないだろうか。
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