特集|目線の先にはル・マン参戦。メルセデスF1の”走る戦略責任者”、ボウルズはなぜGTレースに挑むのか?

あまり知られていないことだが、メルセデスAMG F1チームでチーフストラテジストを務めるジェームズ・ボウルズは、レーシングドライバーとしての顔を持っている。なぜ彼は自らステアリングを握りレースに出るのか、その理由を訊いた。

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 全23戦という2022年の過酷なスケジュールが終わり、シーズンを通してハードワークを続けてきたF1チーム関係者が、しばらくの間はモータースポーツから完全に離れたいと思うのは無理もないことだ。

 しかし、メルセデスAMG F1チームのチーフストラテジストであるジェームズ・ボウルズの頭の中にある関心事は、一刻も早くレースに戻ること。しかも普段彼が座るピットウォールに戻るのではなく、実際にステアリングを握って、レースに出ることだ。

 ボウルズは2022年2月に初参戦を果たしたアジアン・ル・マンを励みに、12月に行なわれるガルフ12時間レースや2023年もアジアン・ル・マンへ戻ることを熱望している。

 資金面ではまだ多くの課題が残されているものの、GT3車両でのレース参戦で火が点いたボウルズは、その実現に向けて全力を尽くしている。

 F1ファンにとっては、ボウルズはメルセデスのピットウォールからルイス・ハミルトンやジョージ・ラッセルに無線で声をかける人物としてよく知られているが、彼自身のレースキャリアについてはあまり知られていない。

 その理由のひとつは、ボウルズ自身が恥をかくことを嫌い、大々的にアピールすることを避けていたからだ。

 しかし、ボウルズはメルセデスでの仕事の傍ら、クラブレースやイギリス・サルーンカー選手権に参戦してきた。アジアン・ル・マンでは、アンドリュー・カーカーディのガレージ59のマクラーレン『720S GT3』をドライブした。

 そこで彼は十分な見込みを示し、元レーシングドライバーであり、メルセデスのチーム代表であるトト・ウルフから簡単ながらもそれなりの評価を得たようだ。

James Vowles

James Vowles

Photo by: James Vowles

「僕は黙っていたんだ。本当に十分に戦えるかどうかわからなかったからね」

 フランスのポール・リカール・サーキットでアイアンリンクスのランボルギーニ『ウラカン GT3』で走行テストを行なっていたボウルズはそう答えた。

「アジアン・ル・マンは文字通り、あらゆるメーカーが参戦している。そこで僕も出ることにしたんだ!」

「だから、あまり大々的なプロモーションはしたくなかったんだ。でも結果的には、トトの言葉を借りれば『僕はクソじゃなかった』ということになるね」

 ブロンズドライバーであるボウルズは、自身のパフォーマンスに幻想を抱いている訳でなく、一般的なGTチームを構成するゴールドやプラチナのドライバーとは明確な差がありながらも、許容範囲に収まっていると考えている。しかしそうした中でも、ボウルズは自身のパフォーマンスを向上させるための挑戦を楽しんでいる。

「レーシングカーをドライブする能力を失ってしまったのではないかと心配になるんだ」とボウルズは続ける。

「奇妙に聞こえるかもしれないが、これまでの仕事ではそう思うことはなかったんだ。メルセデスではどう仕事をしているかと問われれば、僕は20年やってきているけど、一度も自信を失ったことはなかった」

「でもGT3マシンを速く走らせることができるかと訊かれたら、正直なところ、自分にはもう無理なんじゃないかと思うかもしれない。でも何人かのドライバーに話しを訊いたところ、これはとても共通したテーマであることが分かった」

「だから自信を取り戻すためには、レースに出て行って、自分が”ピエロ”じゃないと証明する必要があるんだ」

James Vowles

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Photo by: James Vowles

「レースとなると、さらに話が大きくなってくる。アジアン・ル・マンの場合、グリッドには40台位が並ぶ時もある。その時、僕はグリッド中盤だったが、正直、レースの前に初めて『自分は正しいことをしているんだろうか?』『とんでもない間違いを犯してしまってはいないだろうか?』と思うこともあった」

「でも、やって良かったと思っている。今まで行ったことのない全く別の領域へと自分を押し上げてくれるからね」

 また、ボウルズは自分のドライビングには特徴があるということに気づいている。彼はスティント中、常にチームと無線でやり取りを行ない、コースの状況を報告し続ける。高速コーナーでは、ヘルメット内で大声を上げることもあるという。

 ”本職”では戦略を巡りハミルトンから説教を受けることも多いボウルズだが、アジアン・ル・マンのチームでは、そうしたことが起こることもない。そして、コックピットとピットウォールからレースを見る視点がいかに違うかという点においては、学びが大きいと考えている。実際、ドライビングにおける心理的な側面が、特に魅力的だと感じているという。

「ルイスは世界一で、明らかに僕とは違うね」

 そう笑いながら、ボウルズは次のように続けた。

「僕のために、家族との時間を割いてくれる人が30~40名もいるから、僕はとても幸運なポジションにいる。それ以上に、コンマ数秒の後れを取って彼らを失望させてしまっていることが申し訳なく感じている」

「でもそれを差し引いても、なぜルイスがあんなに夢中になっているのか、僕は完全に理解できるようになった。アドレナリンの放出は、他のどんなモノとも違うんだ」

「そして自分がコントロールしているのは、ペダルとステアリングのみ……自分ができることは全てやったのに、自分のコントロールの及ばないところで崩れ去った時、彼のフラストレーションが表に出てくるというのはよく分かる」

「(レース車両を)ドライブしていなくても、そう言えたかもしれない。でも、こうしてやってみるともっと理解できるようになる。死力を尽くさなきゃいけないんだからね」

James Vowles

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Photo by: James Vowles

 そしてボウルズは、自身のレース活動から得た教訓が、F1での仕事にも活きると語る。新たに学び得たことはあるか、そうボウルズに訊くと彼は次のように答えた。

「ドライバーとのやり取りという点については、イエスだ。以前はあまり得意ではなかったことでも、別の確度から評価できる捉えることができるようになったからね」

「でも、認めたくないほど多くのモノを学んでいる訳ではない。先程も言った通り、その環境では、私は自信を持っているからね。馬鹿げたレベルではなく、私は水を得た魚のようだ」

「しかしもう一方の環境では、私はある意味、水から上がった魚のようなモノだ。技術不足が故に、(F1から得た)教訓を活かすことが難しいんだ」

 レース活動を経ても、ボウルズが常に感じているのは、F1ドライバーの才能や仕事ぶりへの畏怖。F1で長く仕事をしてきた中で、選ばれしF1ドライバーは”別の次元”を生きていると実感してきたと語っている。

「10年前、僕は彼らがいかに素晴らしいか、世界中がその素晴らしさをどう評価しているかを実感した」

 そうボウルズは言う。

「ラップタイムで最後切り詰めるというところで、その凄さが分かるんだ。2秒差に入れることは簡単だけど、残り2秒からが本当に恐ろしいくらいだ。そういう時は『もう無理だ……』と諦めることもあるが、あれは世界で一番悔しいことだ」

James Vowles

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Photo by: James Vowles

「今年、僕は幸運にもルイスとオースティンに行って、トトと一緒に(メルセデスAMGの)『GT R』で遊ぶ機会があった」

「ルイスとジョージにとっては、最も馴染みのあることだ。1~2周の間に、僕らのような凡人には何日もかかるようなパフォーマンスの限界を、彼らは見つけ始めているんだ」

「僕の評価? 100年経っても彼らのレベルには到達できないよ。それが正直な感想だね」

「それを2周もしないうちに終えて、しかもジョージに関しては、ほとんど会話もできるような自然な状態でやってのけるのだから、本当に特別な存在だと思うよ!」

 そして、ボウルズは自分がスタードライバーとの差があるという事実を認めながらも、将来的なル・マン24時間レース参戦という大きな夢の達成に向けて、現在のレース活動が役立つことを願っている。

「この旅を始めた理由は、最終的にそこ(ル・マン)に行きたいからなんだ」

 ボウルズはそう夢を語る。

「多くの人にとっての夢だと思う。そこに行けるだけでも幸せなんだから、この旅路は厳しいモノになる」

「敗北主義的にも聞こえるが、勝つために行くのではなく、チェッカーフラッグを受けるために行きたいんだ」

「普段の生活でも、メルセデスでも、全てが勝つために動いている。基本的に、そのために僕らは朝を迎え、仕事をしているのだから、その目標は変わっているね」

 
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