働き方には口出し厳禁? 鬼才だけど変わり者エイドリアン・ニューウェイの扱い方。新天地アストンマーティンF1での作業開始
伝説的なF1マシンデザイナーであるエイドリアン・ニューウェイは、ユニークな働き方で有名だ。そして、その働き方に口出ししてはいけない……。
Adrian Newey, Aston Martin
写真:: Aston Martin
20年以上前、エイドリアン・ニューウェイがまだマクラーレンに務めていた際、F1パドックではとある噂が流れた。
それはニューウェイが製図台を持ってオフィスに閉じこもり、デザインをスケッチし終わると、レターボックスに入れて空力主任のピーター・プロドロモウに渡し、空力部門がスケッチを具現化できるようプロドロモウが指揮を執るというモノだ。
くだらない噂話だったかもしれないが、真偽はさておき、それはニューウェイの評判の高さを示している。
ニューウェイの製図台からは14台のドライバーズタイトル獲得マシンが生まれ、少なくとも10台がわずかにタイトルに及ばないというところまで迫った。しかしニューウェイは、スポットライトを浴びることを好まない。
多くのクリエイティブな人々がそうであるように、ニューウェイは生き生きと仕事する上で適切な環境が必要なのだ。自伝の中でニューウェイはオフィスの壁の色をめぐり、マクラーレン元代表ロン・デニスと論争を繰り広げたことを明かした。
マクラーレンが現在の本拠地であるイギリス・ウォーキング郊外にあるノーマン・フォスター設計のファクトリーに引っ越した時、ニューウェイはその無機質さ、そしてデニス元代表の“クリアデスク”方針が、早く去りたいと思うほどに嫌で嫌でたまらなかったという。戦艦のようなグレーのオフィスの壁は圧迫感があり、息苦しいと感じたニューウェイは、アヒルの卵のようなブルーに塗り替え、デニス元代表の逆鱗に触れたのだ。
Ron Dennis with Adrian Newey, McLaren
Photo by: Motorsport Images
こうした理由と、昨年レッドブルを退社した際のチーム内の険悪な状況もあり、ニューウェイのアストンマーティンでの着任は大きな関心を集めている。
たいていの人にとっては、新しい仕事を始める時の最初のタスクは、全員の名前を覚えたり、オフィスの冷蔵庫にあるモノを動かさないことだったり、他人のスペースに駐車しないことだったり……そして絶対に“全員に返信”をクリックしないことだったりとシンプルなモノだ。
しかしニューウェイの場合は、3月3日(月)の朝、スタッフパスを受け取るやいなや、アンディ・コーウェル代表兼CEOとチームオーナーのローレンス・ストロールに連れられて現場を視察した。
アストンマーティンは昨年5月27日(月)、2億5000万ドル(約370億円)を投じたシルバーストンの新ファクトリー、いやチームが言う“テクノロジーキャンパス”に移転した。
移転とは言っても、ほんの僅かの距離である。というのも、ふたつの新建屋は旧建屋の両脇に建設され、旧建屋はダイナマイトで爆破。跡地には第3の建屋が建設され、ジムやスタッフ用のレストランが入ることとなっており、ニューウェイは同僚たちと和気あいあいとランチを楽しむことができる。
アストンマーティンの建屋自体は3万7000平方メートルと、6万平方メートルのメルセデス、6万5000平方メートルのレッドブルよりも小さいが、サイズが全てではない。
新しいキャンパスは敷地自体が拡大し、7万2000平方メートルの野草地、植樹された1500本の木々、近隣のシルバーストン・サーキットを模したウォーキング/サイクリングコースがある。オーナーが空から来訪する時に備え、ヘリポートもある。
余った土地は、近くの農場から譲り受けたモノ。この土地を売却した農家は、すぐにアストンマーティンの建設計画に異議を申し立て、ヴァンテージを安く手に入れるチャンスを潰した。イギリス新政権が農家に相続税を課す計画を発表した時、ストロールは朝のコーヒーを飲みながらほくそ笑んだに違いない。
さて、ニューウェイがそんな新キャンパスで最初に立ち寄ったのは、今年1月にオープンしたばかりの最新鋭の風洞だった。それまでアストンマーティンは、すぐ近くのブラックリーにあるメルセデスF1の風洞を借りていた。
その後ニューウェイは、新レギュレーションが導入される2026年マシンのコンセプトに関する議論を含む一連のミーティングに同席。歴史的に見ても、ニューウェイは他人が作ったマシンの欠点を直すために時間を費やすことにほとんど価値を見出さないため、2025年のマシンに関与することはせず、2026年マシンが今後の焦点となりそうだ(もちろん、小切手にサインする人……つまりオーナーが現在のパフォーマンスに不満の声を上げ始めたら、変わるかもしれないが)。
Adrian Newey and Lawrence Stroll, Owner, Aston Martin F1 Team, on stage
Photo by: Andrew Ferraro / Motorsport Images
チームによるとニューウェイは、「その日の夜に家で読むための書類、報告書、メモ満載で」オフィスを出たという。ドナルド・トランプ大統領と違って、マー・ア・ラゴのトイレに機密書類を放置していないことを願うが、これもニューウェイのユニークな働き方のひとつ。彼は”9時5時勤務”を貫く人間でもなければ、毎日出社していることを誇示するような人でもない。
レッドブルとの関係が破綻した要因のひとつは、チーム代表のクリスチャン・ホーナーがメディアに対して、ニューウェイが週に3日しか働かないと語ったことだ。もしかしたらニューウェイは週に3日しかオフィスにいなかったかもしれないが、クリエイティブな頭脳は休むことがない。午前4時にアイデアが浮かべば、数分以内には製図台に向かうだろう。ニューウェイは自身の生産性を、デスクに向かった時間ではなく、ラップタイムをコンマ何秒短縮できたかで評価している。
仕事道具といえば、アストンマーティンは「象徴的な製図台」が設置されていること、そしてニューウェイのオフィスを“アストンマーティンのスタイル”で彩ったという。コーポレートカラーがグリーンであることを考えると、アヒルの卵のようなブルーではないはずだ。
Adrian Newey, Aston Martin Racing Team
Photo by: Aston Martin
最近CEO兼チーム代表に任命されたコーウェルとの面会に加え、ニューウェイは最初の週の大半を上級エンジニアリング主任との話し合いに費やした。
テクニカルディレクターのダン・ファロウズは昨年末のリストラで更迭され、エンリコ・カルディレはフェラーリに辞表を提出した後まだガーデンニング休暇中だが、アストンマーティンの上級職には経験豊富な人材が沢山いる。
エンジニアリングディレクターのルカ・フルバットは、マクラーレンやザウバーで上級職を経験し、副テクニカルディレクターのエリック・ブランディンはフェラーリとメルセデスで空力主任を務め、エグゼクティブディレクターのボブ・ベルは1980年代に成功を収めたマクラーレンで空力主任を務めた人物だ。彼らとより良い関係を築けるかどうかが、ニューウェイのアストンマーティンでの未来を左右するだろう。
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