分析

MotoGP特集|進むF1由来の技術・人の流入……”もうひとつ”の最高峰レースからMotoGPは何を学ぶ?

世界最高峰の二輪レースとして知られるMotoGP。このカテゴリーでは近年、四輪レースの世界最高峰として知られるF1由来の技術やエンジニアが存在感を強めている。こうした変化はMotoGPに何をもたらすのだろうか?

Brad Binder, Red Bull KTM Factory Racing

 自動車レース……そう聞いてモータースポーツファンではない多くの一般の方々が思い浮かべるのは四輪レース世界最高峰として知られる『F1』だろう。

 二輪ロードレースの世界最高峰であるMotoGPでは近年、そのF1出身のエンジニアが流入しており、MotoGPの激しい競争に寄与するようになっている。彼らF1界の存在が、MotoGPにどんな変化を促してきたかを追った。

■F1由来のシームレスギヤボックス~ウイングの興隆

 MotoGPにおけるF1由来の画期的なイノベーションのひとつが、シームレスギヤボックス(ギヤチェンジの際に駆動力を途切れなくするためのシステム)だ。これはMotoGPでは2011年にホンダが導入したものだったが、F1では何年も前から使用されていたものだった。HRC(ホンダ・レーシング)はそのシステムをバイク向けに適応させたということになる。

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 このシステムがMotoGPに持ち込まれると、ライバルメーカーもすぐにその動きに追従した。ドゥカティは2011年末までにシームレスギヤボックスを実現したが、完璧に変更するまでは1年以上の時間がかかった。ヤマハも同様にシームレスギヤボックス実装に動いたが、彼らがマシンに搭載出来たのは2013年だった。

 F1に端を発する技術のMotoGPマシンへの搭載を促したのは、ホンダ内のエンジニアリング部門間の相乗効果だった。以来、2輪界のエンジニアはしばしば”もうひとつのパドック”に目を向け、パフォーマンスを向上させるための新技術を輸入することを考えてきた。

 なかでもドゥカティはエアロダイナミクス面に注力し、2010年代なかばからバイクにウイングを装着。これはMotoGPマシン開発における大きなトレンドとなり、いくどかレギュレーションによる規制が強まりはしたが、現在に至るまでその流れは変わっていない。

■F1パワー、それは技術のみに非ず

Massimo Rivola's arrival at Aprilia has spurred it on to new heights

Massimo Rivola's arrival at Aprilia has spurred it on to new heights

Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images

 近年ではこうした技術面以外での動きもある。その最たる例が2018年にアプリリア・レーシングだ。

 アプリリアは2015年にMotoGPクラスへの挑戦を始めたが苦戦が続いていた。そうした状況で、彼らは元フェラーリF1のスポーティングディレクターであるマッシモ・リボラを招聘し、レース部門CEOに就かせたのだ。

 リボラの着任以来、アプリリアはチャンピオンシップにおける取るに足らない存在から、今ではグリッド上でもベストなバイクのひとつに数えられ、アレイシ・エスパルガロの手でタイトル争いを展開するまでに至っている。

 これは偶然の一致なのだろうか?

 リボラを招聘したことによって、アプリリアはテクニカルディレクターのロマーノ・アルベシアーノがチーム運営やマネジメントの事を気にせずに、開発に集中することが可能となった。さらにリボラは構造改革にも着手し、フェラーリやトヨタでF1のエンジン開発に携わっていたルカ・マルモリーニなど、F1での経験が豊富なコンサルタントを採用し始めた。

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 マルモリーニはフェラーリ離脱後にレーシングマシンのエンジン開発をサポートする企業を立ち上げている。アプリリアでもRS-GPの開発に協力し、バランスのとれたマシンを作り上げたことは、彼の大きな功績の一つだろう。

 そしてマルモリーニは現在、ヤマハとの協力を行なっている。かねてよりライダーのファビオ・クアルタラロが不満を訴えていたパワー面の劣勢を覆す一助になるのではないかと見られている。

「良いこともあれば、悪いこともある」

 MotoGPがF1畑の技術などに目を向けていることは、ポジティブなことかと聞かれたクアルタラロは、そう答えた。

「こうしたコンポーネントは、僕らをどんどん速くしてくれる。その一方で、僕らのスポーツをより複雑にしているんだ」

 クアルタラロは開発面で日本メーカーがヨーロッパ勢に後れを取っていると言う。

「基本的に、イタリアンブランドはこうしたガジェットを持ち込むことに長けていて、可能な限り微調整を試してルールの限界を攻めている」

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 ドゥカティは2014年のジジ・ダッリーニャ加入後に目覚ましい発展を遂げてきた。ただ彼らはダッリーニャ加入前から元フェラーリのエンジニアを雇い入れていたりと、F1には以前から目を向けていた。

「僕はF1に目を向けるのはいいことだと思う」

 クアルタラロと同じ質問を受けたフランチェスコ・バニャイヤ(ドゥカティ)は、そう答えた。

「ポテンシャルの向上や、パフォーマンスアップにつながるなら、何であれ助けになるし、僕はかまわないと思う」

 ただバニャイヤはヨーロッパ勢の躍進があっても、クアルタラロと異なり日本勢に勝っているという認識は持っていないようだ。

「ヤマハはチャンピオンシップをリードしているし、昨年のチャンピオンシップを勝っている。2020年もスズキが勝っているんだ」

「今のところは日本勢が勝っている。ヨーロッパ勢が進歩しているのは確かだけど、僕らにはまだ何かが足りていないんだ」

The changing landscape of MotoGP was illustrated by Espargaro's victory in Argentina for Aprilia

The changing landscape of MotoGP was illustrated by Espargaro's victory in Argentina for Aprilia

Photo by: MotoGP

■重要度が”エンジニアリング>ライダー”に?

 興味深い示唆をしているのが、MotoGPで3度ランキング2位を獲得しているベテランライダーのアンドレア・ドヴィツィオーゾだ。

 彼はタイムシートと毎週の激しい表彰台争いを見れば、エンジニアリングの質がかつてないほど重要になっていると結論付けられると考えている。

「最近は、MotoGPは以前よりも、エンジニアがはるかに大きなウエイトを占めるチャンピオンシップになっている」と、ドヴィツィオーゾは言う。

「そうした中ではF1で活躍するような技術者を獲得することは大きな助けになるし、それが僕らがこの数年で進んできた方向でもある」

「今のバイクは乗り方も違っている。エンジニアが完全に主導権を握っていて、ライダーを助ける多くの要素が導入されているんだ。僕らはそうした変化が進んでいることを認識しなくちゃならない。それが好むと好まざるとにかかわらずね。それが現実なんだ」

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 状況証拠に見えそうではあるが、”ライダー要素”の関連性が低下し、MotoGPがどれほど予測不能になったかを示すデータはある。

 一例として、過去3年間は異なる3メーカーのライダー(マルク・マルケス/ジョアン・ミル/ファビオ・クアルタラロ)がタイトルを獲得してきた。これは2006~2008年のニッキー・ヘイデン(ホンダ)、ケーシー・ストーナー(ドゥカティ)、バレンティーノ・ロッシ(ヤマハ)以来のことだ。2022年シーズンにアプリリアとエスパルガロが強力なパフォーマンスを発揮し続ければ、4年連続で頂点が入れ替わる可能性もある。

 もうひとつ、明らかなトレンドの変化がある。それはレースの優勝ライダーの数だ。2013~2016年にかけてはほとんどの勝利をマルケス、ホルヘ・ロレンソ、ロッシ、ダニ・ペドロサという面々で分け合っていたが、2019~2022年にかけては15人もの勝者が誕生している。

MotoGPにおけるエアロダイナミクスはまだまだ?

MotoGPにおけるエアロダイナミクスはまだまだ?

Photo by: Gold and Goose / Motorsport Images

■F1がMotoGPにもたらすモノとは?

「F1ではMotoGPよりも遥かに進んだ領域がいくつもある」

 motorsport.comの取材に応えた、ある著名な元フェラーリのエンジニアはこう語っている。

「エアロダイナミクス、エンジン、ギヤボックスにサスペンション……あるいは異なる分野のエンジニアのワーキンググループの管理などだ。もっともMotoGPではチームの規模がより小さいのだが」

 単純な予算に加えて、F1とMotoGPを比較した際に明らかな違いがあるのは、彼の語った最後の部分だ。チーム規模が小さいということは、専門性が低く、一部のメンバーはオールマイティーに働かなくてはならない、ということになる。前述の元フェラーリのエンジニアは、F1からの人材や才能がMotoGPにもたらすモノについて、その点を強調した。

「なによりも、他のテクノロジーでの経験と専門性だ」

「F1チームは1500人で構成されているが、MotoGPはもっと小規模だ。個の人たちをどう管理し、彼らを必要とされている部分に配置し、苛つかせたり傷ついたりしないようにすることが、F1では重要なんだ。MotoGPでもチームが成長するにつれて、これは大事になるはずだ。全てのF1チームは、成長するにつれて、”見習い”を経験している」

「MotoGPは最近、F1からの技術に適応してきている」

「シームレスシフトはF1では2005年から使われていたモノだし、ニューマチックバルブも30年以上前から導入されている。20年前にF1が自然吸気エンジンだった頃、既にリッターあたり300馬力以上が発揮されていた。ここには受け継ぐことができる技術がたくさん存在している」

 そして、この元F1エンジニアや、大多数のF1エンジニアは近年のMotoGPで最も大きな変化となっているエアロダイナミクスについて、まだ発展途上に過ぎないと評価を下している。

「この領域はMotoGPでは小粒だが、F1では決定的なモノだ」と、前述のエンジニアは語る。

「CFD(数値流体力学:コンピュータによる気流シミュレーションのこと)の使い方から、風洞での作業方法まで、移転できる技術は膨大なモノになるだろう。F1チームでは空力の専門スタッフが120名はいて、それぞれがワーキンググループに分かれて取り組んでいる」

「MotoGPではバイク全体を担当するのは小さなグループだ。既にF1では既知の経験や失敗が、MotoGPにおけるタイム短縮の決め手になるんだ」

 F1をコピーしたり、MotoGPを2つのタイヤで行なうF1に変えたりするということではない。

 自動車レース最高峰が持つ、モーターサイクルレースに対する長年の経験や組織、技術を最大限に活用し、無駄を省き、同じ間違いを犯さないようにすることが、F1からMotoGPが学ぶことになるのではないだろうか?

 
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