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F1 モナコGP

モナコ・モンテカルロが生んだ名勝負。日本F1ファンの心に残るモナコGPトップ3|追憶のグランプリ

今年で69回目の開催となった伝統のF1モナコGP。その中でも日本のファンの心に強く残ったレースを紹介しよう。

Ayrton Senna, McLaren MP4-7A Honda

 世界3大レースとして知られ、F1の象徴とも言えるほどよく知られたF1モナコGP。F1としては今年で69回目の開催を迎えた。

 2022年からは初日フリー走行が木曜日から通常のレースと同じく金曜日に実施されているなど、F1カレンダーの過密化に伴いその存在感は特別なモノではなくなりつつある。

 しかしその伝統と華やかさ、ドライバーに高い技量と集中力を求める難コースであることから、その魅力は健在。ファンの記憶に強く刻まれるレースも数多く生まれてきた。

 motorsport.com日本版は、日本のF1ファンの皆さんに印象に残ったモナコをアンケートした。今回はそのトップ3を紹介しよう。


3位:驚速セナ、まさかのクラッシュ(1988年)

Ayrton Senna, McLaren MP4/4 crash

Ayrton Senna, McLaren MP4/4 crash

Photo by: Sutton Images

 モナコで通算6勝を誇るモナコマイスターのアイルトン・セナ。この記録は未だ破られていない。

 その中でも、1988年のセナは圧倒的な速さを見せつけていた。この年マクラーレン・ホンダに移籍したセナは、予選で2番手だったチームメイトのアラン・プロストに1.427秒もの大差をつけた。

 レースでもセナの鬼神のような勢いは止まらず独走体制。ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)に先行を許し、3番手に甘んじていたプロストが2番手を取り戻した頃には、セナは1分近いリードを築いていた。

 誰もがセナの勝利を確信していた残り11周、セナはトンネル手前のポルティエで姿勢を崩し、単独クラッシュを喫してしまう。マシンを下りたセナは、大きなショックを受けてそのまま自宅に歩いて戻ってしまったのは有名なエピソードだ。

 チームからのペースダウンの指示に集中力を切らしてしまったのか、見えない位置から追い上げていたプロストのプレッシャーがあったのか……いずれにしても、ほんのわずかなミスも許されない、モナコの怖さをまざまざと見せつけられたレースとなった。

読者の声

「セナがトップを独走してたにも関わらず、遠く離れたプロストの影を引き離そうとしてミス。プロストの恐ろしさを実感したレースでした」

「セナの速さとプロストの底力を再認識したレースだった」

「レースを完全に支配していたはずが、ポルティエでクラッシュしてしまうアイルトン・セナ」

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2位:雨のモナコは超サバイバル! パニスがまさかの優勝(1996年)

Olivier Panis, Ligier JS43 Mugen-Honda

Olivier Panis, Ligier JS43 Mugen-Honda

Photo by: Motorsport Images

 1996年のモナコGPも、ある意味で伝説と言えるレースだった。同一周回での完走台数僅か3台……そんな超サバイバルレースを、リジェ・無限ホンダのオリビエ・パニスが制したからだ。

 ウイリアムズとフェラーリが強さを発揮し、それにベネトン勢が食らいついていたこの年、リジェは優勝とは程遠い存在であり、それだけ多くのファンがこの勝利に驚いた。

 午前中に降った雨により完全にウエットコンディションでレースがスタート。ただでさえ難コースのモナコに雨という要素が加わると、F1ドライバーをもってしても完走は至難の技。クラッシュやトラブルで、次々とマシンが脱落していった。

 14番グリッドからのスタートだったパニスは、ピットストップのタイミングでポジションを上げ、コース上でもオーバーテイク。表彰台圏内まで浮上すると、首位を行くデイモン・ヒル(ウイリアムズ)、2番手を走っていたジャン・アレジ(ベネトン)も相次いでマシントラブルに見舞われてリタイアとなった。

 結局、2時間ルールで75周となったレースを走りきりチェッカーを受けたのは、パニスとデビッド・クルサード(マクラーレン)、3位ジョニー・ハーバート(ザウバー)のみだった。

読者の声

「大番狂わせでリジェ無限のパニスが優勝」
「ウイニングランでのフランス国旗がリジェのフレンチブルーのマシンに映えていた」
「無限ホンダにとっても初優勝。最終的に自力でフィニッシュしたマシンが3台だけだったこと!」

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1位:モナコでの名勝負と言えばこれ! セナ対マンセルの大激戦

アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダMP4/7A)vsナイジェル・マンセル(ウイリアムズ・ルノーFW14B)/1992年モナコGP

アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダMP4/7A)vsナイジェル・マンセル(ウイリアムズ・ルノーFW14B)/1992年モナコGP

Photo by: Motorsport Images

 伝説のモナコGPと言えば、多くの人が1992年のレースを挙げる。日本では素晴らしい実況も印象的で、セナとナイジェル・マンセルが繰り広げた激戦は今も語り継がれている。今回の投票でも「聞くだけ野暮!」というコメントもあったほどだ。

 この年のウイリアムズは、F1最強マシンとの呼び声も高いFW14Bを武器に、ナイジェル・マンセルが開幕5連勝という圧倒的な強さを見せていた。

 バンピーなモナコでも、アクティブサスペンションなどのデバイスを備えたウイリアムズはフロントロウを独占。セナは1.1秒離されての3番手だった。

 セナはスタート直後のターン1で渾身のレイト・ブレーキング。リカルド・パトレーゼを交わし、ウイリアムズ勢の間に割って入った。しかしマンセルは1周1秒ずつセナを引き離し、独走体制を築いていった。

 それでもセナは、懸命に勝利の可能性を残すべくタイヤを労って走行。集中力の維持には苦労したというが、1988年の経験もプラスに働いたのかもしれない。

 そして78周のレースも最終盤となって、セナの努力が報われた。71周目のトンネルを出た直後、マンセルはリヤに違和感を感じて緊急ピットイン。タイヤがパンクしたと感じたのだ。

 準備も整っていなかった中でのピットストップだったこともあり、マンセルがコースに復帰した頃にはセナが首位に浮上し、5秒前を走っていた。

 マンセルは瞬く間にセナに追いつき、残り3周という段階でテール・トゥ・ノーズの状態。ふたりの速さの差は圧倒的で、”どこからでも抜ける”状況であるように見えた。

 ほぼ全てのコーナーで攻撃を仕掛けようと試みるマンセルを、セナは巧みにブロックしてこれを跳ね除け、シーズン初優勝。マシンを降りたふたりの全力を振り絞った姿は、多くのファンの胸を打った。

読者の声
「セナとマンセルのバトルは今見ても興奮する」

「マンセルとセナの超アツくてクリーンなレース・車・ドライバーすべてが最高だった」

「歴代No.1のバトルだと思う」

「セナのモナコGPに対する強い思い、勝利への執念を感じた」

 
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