連載|オーバーテイクを試みる際の心境とは? "理論派F1候補生"岩佐歩夢の「思考回路」を覗き見る
2023年シーズンもFIA F2に参戦する岩佐歩夢に、マシンを操るドライバーだからこそ理解し得る”精神的な部分”について質問を投げかけてみた。連載6回目は「走行時の思考回路」についてだ。
前回のこのコーナーでは、ドライバーのレースウィークエンドの精神状態について、主に「緊張感」をテーマに岩佐歩夢選手に語ってもらった。今回はレース中の駆け引きなど、走行中の思考回路がどうなっているのかを尋ねてみた。スタート前、ドライバーは何を準備しているのか? スタート直後のポジション取りはどうしているのか? さらにオーバーテイクを仕掛けるかどうかの決断はどうしているのか? ドライバー目線で語ってもらった。
- 連載1回目|レーシングドライバーは「スリップストリーム」をどう感じてる? 理論派F1候補生、岩佐歩夢の”感覚”
- 連載2回目|DRSって何だろう? 理論派F1候補生、岩佐歩夢が使い方や感覚を詳しく解説!
- 連載3回目|FIA F2はこうやって走らせる! 理論派F1候補生、岩佐歩夢のステアリング解説:ボタン編
- 連載4回目|ヒミツがたくさん! 理論派F1候補生、岩佐歩夢のFIA F2ステアリング解説:ダイヤル&パドル編
- 連載5回目|ドライバーはレース中に何を思う? "理論派F1候補生"岩佐歩夢が明かす「精神戦」
レースはシグナルが灯る前から始まっている……。
Ayumu Iwasa, Dams
Photo by: Red Bull Content Pool
テレビ観戦しているレースファンのほとんどの人にとって、レースの始まりはフォーメーションラップとなることが多いと思う。しかし、実際にはフォーメーションラップのスタートポジションに着くためにピットガレージを出て走行するレコノサンス(偵察)ラップから、レースへ向けた勝負は始まっている。
FIA F2はF1と異なる場所にパドックがあり、そこに車両を保管し、整備しているため、レコノサンスラップを始める前に、まずF2のパドックからF1のピットレーンへ向かうというF1にはない移動するためだけの1周未満の走行がある。F2のパドックからF1のピットレーンへ向かうまでの間、ドライバーは何を考え、どんなことを確認しているのだろうか?
「F2のパドックからF1ピットレーンまでは、コースによって長さが違います」
そう岩佐は答える。
「長い分には問題ないんですが、短いとその分、やる時間が短くなるので、忙しくなります。例えば、モンツァではかなり短いので、ブレーキやステアリングに基本的なトラブルがないかどうかをまず確認します。モンツァはストップ・アンド・ゴー型のサーキットなのでブレーキがとても大切で、ブレーキに熱を入れておくことが重要だからです」
ピットレーンまでの移動中にブレーキを温めるのには、もうひとつ理由がある。
「ピットレーンまではトラベルタイヤ(実際にレースの週末に使用するタイヤではなく、ファクトリーとサーキットをトレーラーで移動する際にマシンに装着されるタイヤのこと)でピットまで行くので、ピットに到着してから履き替えるレーススタート用のタイヤに熱が入りやすくなるよう、ピットレーンまでの移動中にブレーキに最大限の熱を入れなければならないからです。モンツァはピットレーンまでの距離が短いので、ブレーキダクトにすべてテープを貼ってブレーキが燃える一歩手前まで温めるようにしています」
F1のピットレーンに到着した後、ダミーグリッドへ着くためのレコノサンスラップが始まる。
「レコノサンスラップで履くタイヤはレースで使用するものを基本的に履いているので、そのタイヤを温めるというのが1周目の目標です。1周目でタイヤが温まってきたら、ピットレーンを通過して2周目のレコノサンスラップに入ります。2周目ではクルマのフィーリングとバランスを感じ取ることに集中して、そのフィーリングをグリッド上で待っているエンジニアに無線で伝えます」
「もし、マシンの調整が必要だと感じたら、ダミーグリッドへ着いてから自分からリクエストしたり、無線を聞いてデータを確認しているエンジニアとクルマのバランスについてディスカッションして、フロントウイングのフラップの角度調整やアンチロールバーの調整、あるいは車高といったセットアップの微調整を行ないます」
赤いシグナルが灯る瞬間、ドライバーはどんな心境?
Ayumu Iwasa, DAMS
Photo by: Red Bull Content Pool
F1ではレコノサンスラップでピットレーンを出て行く時に、スタート練習をしているが、F2はどうしているのだろうか?
「F2では、スタート練習はレコノサンスラップでは行なわず、フォーメーションラップのスタートに行なうようにしています。というのも、F2のクラッチだと、スタート練習しすぎるとクラッチのバイトポイントが変わってしまうので、最小限に抑えなければならないからです」
その後、ダミーグリッドを離れて、1周だけのフォーメーションラップが開始される。
「ここで大切なのは、ウォームアップです。基本的にはブレーキとタイヤがF2に関してはとても大事なので、100%、120%……自分ができる最大限のウォームアップをフォーメーションラップで行ないます」
「ポールポジションからのスタートであれば自分のペースで操作できるんですが、ポールポジション以外からのスタートの場合は、前にほかのクルマがいるので、前車と車間距離を作りながら加速したり、ブレーキングしたり、コーナーリングでのスピードを調整しながらウォームアップしています」
岩佐選手は少し前に「スタート練習はフォーメーションラップで行なう」と語っていた。そのスタート練習で感じたことは、エンジニアとどのように情報共有しているのか?
「ドライバーによっていろんなやり方があるようですが、僕に関してはフォーメーションラップのスタート練習の時に感じたフィーリングを基に、自分でクラッチマップを変えるようにしています」
「ただし、何をどう変えるのかという情報を一度、エンジニアに報告をしてから変更するようにしています。というのも、エンジニアは実際に運転して生で感じとっている訳ではなく、スタートに関してはドライバーにしか感じられないことなので、フォーメーションラップでの感覚を元に自分でクラッチマップをどちらかの方向にどれくらい振るかということを行なっています」
こうして、グリッドに着いて、クラッチマップの調整が終わると、いよいよスタートとなる。赤いシグナルが灯る瞬間、ドライバーはどんな精神状態になるのだろうか?
「正直、何も変わりません。というのも、F2のスタートはすごく難しくて、スロットルワークに正確性が求められるので、そのことだけに集中しているからです」
「F2のスタートというのは、そもそもアクセル全開ではありません。、チームによって違うんですけど、スタートに適切な回転数が決まっているんです。しかも、そのスロットルパーセンテージは数値化されているわけではなく、決められたパーセンテージ以上踏んでいなかったら『ノー・スロットル』というアラームが出るようにしているだけなので、レッドランプが点いたら、そのアラームが消えるか消えないかのギリギリのところをキープすることだけに集中していて、緊張なんかしている余裕がないんです。だいたいレッドランプが3つか4つ灯るまでにスロットルをターゲットまで持って行き、そこでキープして、ブラックアウトを待つという感じです」
スタート時の位置取りを左右するライバルとの信頼関係
Ayumu Iwasa (JPN, DAMS) leads Roy Nissany (ISR, DAMS)
Photo by: Simon Galloway / Motorsport Images
こうしてスタートが切られるわけだが、ドライバーというのは事前にスタートから1コーナーまでの位置どりなどをシミュレーションしているのだろうか?
「僕はシミュレーションをする時としない時があります。自分のグリッドの周りがよく分かっているドライバーであればシミュレーションします。『このドライバーだったら、こういう動きをするだろうな』という予測がつくからです。その予測をしていて、そのような動きをしてくれば、リアクションが早くできるからです。例えば、レッドブルジュニアのドライバーはほかのドライバーが走らないラインでも積極的に使ってくることが多いですね。1コーナーでアウト・イン・アウトのコーナーを、アウト・アウトで回る大まくりを狙ってきたことが結構ありました」
「それから2022年にF2チャンピオンになったドルゴビッチは、決して無理はしないけれども、隙を見せてしまうとそこにズバッと入って来ます。だから、信頼しつつも、決して隙を見せないよう、閉めるところは閉めるという対策をしていました。そのうえで自分に余裕がある時は、あえて隙を見せることによって、そこに来るように誘導して、次のコーナーで自分が有利になるような駆け引きを行うこともあります」
「逆にあまり信頼できないドライバーが後ろにいる時は、当てられない対策をします。それは道を譲るということではなく、自分が前のドライバーに対して仕掛けるということです。自分が前に仕掛けると、自分の後ろのドライバーは自分に対して仕掛けられないんです」
では、あまり近くでスタートやレースをしたことがないドライバーが周りにいるような時は、どうしているのか?
「そういうグリッドからスタートする場合は、シミュレーションは全くせずに、臨機応変に、即興で対応するというようなアプローチを採っています」
スタート直後のポジション争いから数秒後、ターン1でのブレーキング勝負が始まる。そこで気をつけていることはなんだろうか?
「ターン1のブレーキングで気をつけていることは、特に後方にいた場合は普段の2倍か3倍手前の距離からブレーキングを始めるということです。あまり後方ではなく、4、5番手くらいからスタートする場合は、前にも後ろにもそして横にもドライバーがいる状態なので、基本的に前後左右25%ずつ注意を置くようにしています。それぞれの動きをミラーに映る動きも見ながら確認して、自分の動作を決めています」
オーバーテイクに向けて”2周前”から目標を観察
Ayumu Iwasa, DAMS
Photo by: Red Bull Content Pool
スタート直後の数周が経過した後、レース中にオーバーテイクを仕掛けるタイミングが来た時は、どうするのか?
「もちろん、相手がミスした時は、一気に仕掛けますが、だいたいは2周ぐらい前から相手の遅いところ、こちらが勝っているところを探っています。ただし、それは相手の真後ろではなく、少し間をとります。というのも、F2では相手の真後ろに着いて走っていると、ダウンフォースの抜けた状態になってアンダーステアとなってフロントタイヤに負担がかかり、またコーナーの立ち上がりではホイールスピンを起こしてタイヤがオーバーヒートするからです。だから、オーバーテイクするポテンシャルがある場合は、あえてタイヤをしっかりクールダウンさせるために、前とのギャップを作ることが多いです」
オーバーテイクを仕掛けるのではなく、仕掛けられた時、つまりディフェンスする際に気をつけているのはどんなことか?
「基本的にはブレーキングではイン側を閉めます。イン側を空けて、サイド・バイ・サイドでコーナーに入ると、イン側のドライバーに優先権があり、外側のドライバーは外に追いやられてしまうからです。ただ、コーナーが連続している場合は次のコーナーを考えて、あえてアウト側にステイしてコーナリングにサイド・バイ・サイドのまま、次のコーナーへアプローチした方が良い時もあります」
「また自分の前にも1台クルマがいて、そのDRSを使用できている時は、そのクルマのスリップストリームを使うために、アウト側をキープすることもあります。後ろのクルマがインを差そうと、走行ラインをストレート上でイン側に変えても、2台分のスリップストリームから外れて風が当たるので、あまりスピードが伸びずにオーバーテイクされにくいからです。だから、オーバーテイクは状況に応じて臨機応変に対応しています」
では、最後にファイナルラップへ突入した時、ドライバーはどんな気持ちで走っているのか? 緊張したりするのだろうか?
「追う側と追われる側で違います。追う側だと緊張はなくて、気合いが入りっぱなしという感じです。逆に、追われている側で、ファイナルラップに入ると緊張します。追われているというのは、それだけでかなりプレッシャーがかかります。そこまで、『ここを抑えておけば抜かれない』と思って守ってきたポジションをワンミスで明け渡しかねないので、さらにプレッシャーがかかります。緊張感がピークに達するといってもいいでしょうね」
モータースポーツは競技者がコクピットに収まり、ヘルメットを被って行うため、動きと表情が見えにくい。そのため、レースを見ている視聴者にはやや無機質なスポーツに映りかねない。しかし、実際にはレーシングマシンを操るドライバーは生身の人間であり、見えないところでさまざまな動作を行ない、そのひとつひとつに感情がある。そのことを今回の岩佐選手へのインタビューで、少しでも感じ取ってもらえたら幸いだ。
Be part of Motorsport community
Join the conversation記事をシェアもしくは保存
Top Comments
Subscribe and access Motorsport.com with your ad-blocker.
フォーミュラ 1 から MotoGP まで、私たちはパドックから直接報告します。あなたと同じように私たちのスポーツが大好きだからです。 専門的なジャーナリズムを提供し続けるために、当社のウェブサイトでは広告を使用しています。 それでも、広告なしのウェブサイトをお楽しみいただき、引き続き広告ブロッカーをご利用いただける機会を提供したいと考えています。