アストンマーチン、変革の時。ストロール参入で新たな時代に突入

アストンマーチンという歴史的なブランドは、ローレンス・ストロールという資産家の参画により、また新たな変革の時を迎えようとしている。

Aston Martin DBS Superleggera

Aston Martin DBS Superleggera

Aston Martin

 今やイギリスで最も印象的なブランドのひとつとしても知られるアストンマーチン。その起源は非常に特殊なものだった。

 1878年に裕福な家庭に生まれたライオネル・マーチンは、車輪のついた乗り物の魅力に取り憑かれていた。彼が最初に目を向けたのは自転車。そして自動車の技術が発達し、人気が高まるにつれて彼の関心は自動車に移っていった。

 4輪自動車の運転を好んだマーチンだったが、警察のお世話になることも多く、2年間の運転禁止を受けることもあった。彼は移動手段、そして趣味としても再び自転車に傾倒するようになり、そこでサイクリング愛好家のロバート・バムフォードと出会った。

 エンジニアであったバムフォードとマーチンはすぐに仲良くなった。やがて彼らは共同でビジネスを始めることとなり、1913年に『バムフォード・アンド・マーチン株式会社』を設立し、ロンドンのガレージでチューニングを行ないながら、自動車やバイクの販売を始めた。

 そして彼らは“シンガー”と呼ばれるクルマでレースに参加し、アストンヒルで行なわれたタイムトライアルイベントで成功を収めた。それによって社名は『アストンマーチン』に改称された。

 そしてすぐに、アストンマーチン最初のプロトタイプ車が生産された。その形状から“石炭バケツ”という愛称がつけられたそのマシンは、競技用に作られたふたり乗りのマシンだった。イソタ-フラスキーニのシャシーにコベントリー-シンプレックスの4気筒エンジンを積んだもので、各地のレースを転戦していったのだ。

#5 David Brown Racing, Aston Martin DBR1/300: Carroll Shelby, Roy Salvadori

#5 David Brown Racing, Aston Martin DBR1/300: Carroll Shelby, Roy Salvadori

Photo by: Motorsport Images

■苦難を乗り越え、高い地位を築く

 順調なスタートを切ったかに見えたアストンマーチンだったが、すぐに困難に直面する。第一次世界大戦の勃発だ。他の駆け出しの自動車メーカーと同じように、アストンマーチンも一時的に生産を停止せざるを得なくなった。そして財政上の問題により、1925年には管財人の管理下に置かれることとなった。

 しかしながらアストンマーチンは手を替え品を替え、レースへの取り組みを続けることになる。その結果、1959年にはロイ・サルバドーリとキャロル・シェルビーのコンビが3LのDBR1を駆り、ル・マン24時間レースで総合優勝を達成。ブランドとしての高い評価を築くことになる。

 アストンマーチンは20世紀を通して様々な変化を遂げた。同社は後にDB5のようなロードカーに焦点を当てたが、この車を1964年に公開された『007 ゴールドフィンガー』でショーン・コネリーが操ったことにより、アストンマーチンの評判はさらに高まることになった。その後もヴァンテージやDB9といったモデルを発表し、アストンマーチンは高級パフォーマンスカーブランドの代名詞となっている。

 とは言え、モータースポーツは長きに渡り、自動車メーカーのアイデンティティを構成する重要な要素であり続けている。2004年にアストンマーチンはエンジニアリンググループのプロドライブとパートナーシップを締結。このコンビはル・マン24時間のGTクラスで優勝を重ねるなど、多くの成功を収めた。

 そして今、アストンマーチンはレース戦略における転機を迎えている。

Lawrence Stroll, Owner, Racing Point and Lance Stroll, Racing Point

Lawrence Stroll, Owner, Racing Point and Lance Stroll, Racing Point

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

■ストロールがアストンマーチンの新しい時代を築くか

 2020年、カナダの実業家であるローレンス・ストロールが、アストンマーチンへの5億ポンド(約664億円)以上にも及ぶ投資の一環として、同社の株式を20%近く取得して大株主となった。

 トミー・ヒルフィガー、マイケル・コースなどのファッションブランドへの投資で有名となり、今やファッション業界の大御所となっているストロールだが、彼はヴィンテージ、モダンを問わず、スピードを備えたマシンに関心がある。彼は既にレーシングポイントF1チームの経営に参画しているため、2021年からは同チームの名称が『アストンマーチン』に変わることになった。なお、このチームには現在、ストロールの息子であるランスがドライバーとして所属している。

 ストロールは競争力のあるF1チームを維持するにはとんでもない労力がかかることを理解しており、同時にアストンマーチンというブランドがそれに貢献してくれることを期待している。

「アストンマーチンのような歴史と伝統のあるブランドは、モータースポーツの最高峰で戦う必要がある。(アストンマーチンのF1参入は)ここ最近のF1の中で最もエキサイティングなことだったと思う。それはこのスポーツに携わる全ての関係者、特にファンにとっては刺激的なものだっただろう。世界的にスポットライトの当たるF1は唯一無二のものであり、これを利用してアストンマーチンのブランドを主要なマーケットで展開していきたい」

 そう語ったストロールは、既にファッション業界においてブランドを成長させた実績を持っている。1980年代にはラルフ・ローレンのヨーロッパにおける事業拡大に貢献し、1989年に大株主となったトミー・ヒルフィガーでも同様の成功を収めた。

 自動車産業はファッション産業とは異なるものだが、大規模な投資、長期的な開発、激しい競争を伴うという点では共通しており、ストロールはそのスキルを持っている。

 最近発表されたDBXのような新しいモデルは、アストンマーチンのスポーツ・ユーティリティモデル(SUV)への進出を意味する。これは今後同社が企業として健全な状態を保つことができるかを決定づける上で重要なものだろう。新型コロナウイルスの流行により経済的な逆風が吹いている中、新たな市場に参入するのだ。

 ストロールはアストンマーチンの将来について次のように語っている。

「私と私の共同投資家は、アストンマーチンの将来を信じ続ける。これは同社の経済的安定を支える2億6200万ポンド(約347億円)という投資に裏付けられている。非常に困難な時期だが、私のコンソーシアムや他の株主によって、最終的に5億3600万ポンド(約711億円)という資金を調達する予定だ」

「これにより、ビジネスを長期的な将来に向けてリセットするために必要な安定性が得られる。アストンマーチンには、来季F1にワークスチームとして参戦するなど、明確なプランがあるのだ。このプログラムを遂行するために、経営陣と協力することを楽しみにしている」

 これらの大規模な投資には、メルセデスAMGのモータースポーツチーム代表兼CEOのトト・ウルフも関わっている。彼はアストンマーチンの株式の4.8%を取得した(後のさらなる投資によりその割合は希釈された)。

 現在は新型コロナウイルスの影響で前例のない状況にあるため、アストンマーチンの将来がどうなるかについてはまだはっきりと見えてこない。しかし数々の危機を乗り越えてきたアストンマーチンなら、この状況もチャンスに変えることができるかもしれない。

 

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