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”引退”も考えたトレルイエ、交流戦で意欲復活「スーパーGTかDTMで戦いたい!」

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”引退”も考えたトレルイエ、交流戦で意欲復活「スーパーGTかDTMで戦いたい!」
執筆:
2019/11/27 9:33

ブノワ・トレルイエは、レーシングドライバー引退も考えていたというが、『スーパーGT×DTM特別交流戦』に参加し、考えが変わったという。

 アウディのドライバーとして『スーパーGT×DTM特別交流戦』に参加したブノワ・トレルイエは、交流戦の準備段階で引退も考えていたと明かした。

 トレルイエはDTMに参戦した経験はないものの、2008年のGT500王者に輝くなど、スーパーGTでの豊富な経験を持つことから特別交流戦のドライバーに選ばれて来日。アウディのカスタマーチームであるチームWRTからレースに参加し、土曜日のレース1ではDTM勢トップの6位でフィニッシュした。

 日曜日のレース2では、2ストップ戦略を敢行し10位でレースを終えたが、トレルイエはピットストップのタイミングが適切であれば、十分に勝つことができたはずだと振り返った。

 トレルイエは、ロイック・デュバルのパンクによって出動したセーフティカー(SC)中にピットインし、タイヤを交換。SCが明けてから他のマシンもピットに入ったため、隊列を率いることになった。

 しかし、SC中のタイヤ交換は義務を消化したと見なされないため、もう一度ピットに入らなければならなかった。結局、レース終盤にレネ・ラストにパンクが発生したことにより出動した2度目のSC後、トレルイエはピットインしてポジションを落とした。

 トレルイエは、この2度目のピットインのタイミング次第で、レースに勝つチャンスがあったと考えている。

「僕たちがミスをしたのは、レネがパンクをした時だ」と、トレルイエは説明した。

「セーフティカーが出る前に、すぐにピットストップするべきだった。ただ、チームはレネを待っていたんだ。僕たちがピットストップできていたら、レースに勝てたと思う。新しいタイヤでリスタートできたからね。しかし、ためらってしまったんだ」

「(チームWRTの)クルーが全員来ているわけではなかったので、チーム・ロズベルグと(クルーを)共有する必要があった。だから、ラストと同時にピットストップできなかったんだ」

 アウディと共に3度ル・マン24時間レースを制したトレルイエだが、2017年にブランパンGTシリーズの耐久カップに参戦したのを最後に、フルタイムでレースに参戦していないシーズンが続いている。

 頭の片隅に“引退”という2文字がちらつく中で、交流戦を戦ったトレルイエ。自身が競争力を発揮したことで、まだキャリアを終わらせる準備ができていないと確信したと、motorsport.comに語った。

「僕は楽しむためにここ(日本)にきた。そして僕がまだやれるってことを示したかったんだ。そして、その通りだった」

「素晴らしい週末だった。これが僕の最後のレースにならないことを望む」

「正直に言って、僕は引退を発表するかもしれないと思っていたんだ。でも、僕はまだその準備ができていない。僕はドライバーとして、まだレースに勝てるんだ。だから、続けてみないか? 僕はもっとプッシュして、素晴らしいシーズンと共にキャリアを終えたい。そうなれば素晴らしい」

 トレルイエはドライバーとして、DTMかスーパーGTでシーズンを戦い、優勝を狙いたいと付け加えた。

「正直に言って、今後の見通しはあまり良くはない。僕には現時点でシートがないからね。でも、それを探してプッシュする。僕の望みは、DTMかスーパーGTでレースをすることだ。アウディとレースすることを願っているよ。しかし、それほど簡単なことじゃない。予算も少なくなっているし、クルマを1台増やすのにはコストがかかるんだ」

「(フォーミュラEのアウディ・チーム代表)アラン・マクニッシュのように、チームディレクターのような仕事も面白いだろうね。でも、僕はそれが何であれ、勝利を求めて戦いたいんだ」

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シリーズ DTM , スーパーGT
イベント SUPER GT x DTM 特別交流戦
ドライバー ブエノ トルワイエ
執筆者 Jamie Klein