コラム

FIAはFIFAに続くのか? ドライバーらのメッセージ発信を制限する”競技規定”施行に存在するいくつものリスク

FIAが国際競技規則を改定し、ドライバーらが公認競技で事前の許可なく政治的、宗教的、個人的なメッセージを発信することを禁止した。これは、F1がここまで推し進めてきた、多様性を受け入れる活動とは相反するモノになるかもしれない。

Lewis Hamilton, Mercedes

 世界中のモータースポーツ競技を統括するFIA(国際自動車連盟)は、国際競技規則の第12条を改定。『国際競技会ではFIA、国内競技会ではASNの書面による事前承認がない限り、その規約の下でFIAが推進する中立性の一般原則に著しく違反する政治、宗教、個人の発言やコメントを一般的に作成、表示した場合、規則違反を犯したとみなされる』と明記されることになった。

 この文言が追加されたことは、ここ数年F1などが押し進めてきた多様性をを受け入れるという取り組みが頓挫する危険性が生じたと見る向きがあり、懸念が広がっている。

 先日までカタールで行なわれていたサッカーのワールドカップの際にFIFAは、選手たちが社会問題を主張することに対して介入し、議論を呼んだ。

 そのひとつが、多様性を進めていくことを訴える『OneLove』のレインボーカラーの腕章を巡る騒動だった。

 開催地となったカタールは、同性愛者への偏見など、多様性の面で問題があると指摘されていた。そのため複数の国のキャプテンは、このOneLoveの腕章をキャプテンマークとして腕に巻き、試合に出場しようとした。しかしFIFAはこの腕章をつけることを許可せず、もしその決定に反して試合に出場した場合には、出場停止やイエローカードなどの罰則を科すことを示唆した。

 これを受けて選手は、OneLoveの腕章を使うことを断念しなければならなくなった。

 このFIFAの行動に対しては、ドイツ代表がグループステージの日本戦開始前の記念撮影で口を塞ぐポーズをイレブン全員で行なうなど、抗議の姿勢を見せた。ドイツのハンジ・フリック監督によればこのポーズは「FIFAが我々を黙らせているというメッセージを伝える」ことを意図した行動だったという。

 F1ではこれまで、ルイス・ハミルトンやセバスチャン・ベッテルが、多様性の問題や環境問題など、F1以外のことに関するメッセージを度々発信してきた。ただ国際競技規則が改定され、事前の許可なしに「政治的、宗教的、個人的」なメッセージやコメントを発信することが禁止されたため、彼らのような行動は、基本的には許されなくなる。

 これまで国際競技規則には、「政治的または宗教的、もしくはFIAの利益を害する」スローガンをマシンに貼ることは禁止されていた。つまり今回の改定で、禁止されることが格段に増えることになったわけだ。

 実際、ハミルトンやベッテルは、メッセージを発信したとしても、FIAから直接指摘されるようなことはなかった。確かに2020年のムジェロの表彰台でハミルトンは、「ブレオナ・テイラーを殺した警官を逮捕せよ」と書かれたTシャツを着用したことで、表彰台の規定違反の可能性について調査を受けた。またベッテルは、グリッドセレモニーで「Same Love」と書かれたTシャツを着たことで叱責処分を受けた。ただそれ以上の動きを、FIAが取ることはなかった。

Sebastian Vettel, Aston Martin, and Pierre Gasly, AlphaTauri AT02, on the grid

Sebastian Vettel, Aston Martin, and Pierre Gasly, AlphaTauri AT02, on the grid

Photo by: Jerry Andre / Motorsport Images

 ハミルトンのTシャツの事件が発生した時、当時F1のレースディレクターを務めていたマイケル・マシは、イベント前のレースノートで「規定の基本原則に従って、あらゆる形態の個人の表現をサポートしている」と述べ、FIAが全てのことに中立であることを主張した。

「FIAはその活動の過程で人種、肌の色、性別、性的指向、民族的または社会的な出自、言語、宗教、哲学的または政治的意見、家族の状況または障害を理由とする差別を明示することを控え、いかなる行動も取らない」と声明を発表している。またFIAは「ジェンダーと人種のより良いバランスの取れた表現を達成し、より多様で包括的な文化を創造するために、過小評価されたグループに焦点を当てる」と述べた。

 しかし今回国際競技規則が改定されたことで、この声明は撤廃されたとも言える状況となった。

 今回のことは、ドライバーたちが行なう行動をドライバーのみに限定したいという願望を示した動きだと言えるだろう。FIAが求めるのは、重要な問題について声を挙げ、耳を傾けないことが多い人々に声を届けることができるような基盤を備えた、世界的なスーパースターではないのだ。また現在F1を開催している国の中には、今回のワールドカップの舞台となったカタールを含め、人権の面で問題視されている国もある。

 確かに価値観は文化によって異なる場合もあるだろう。しかし人権は、どんな場面でも保護される必要があり、多額の開催権料を支払ってグランプリを開催したからといって、そのことを無視するわけにはいかない。

 この新たな競技規定に違反した時にどんな裁定が下されるかということについては、2023年シーズンに大きな注目を集めることになるだろう。そして裁定が下されたドライバーがそれを受け入れるのかということも、注目の的となろう。

 ベッテルが「Same Love」のTシャツを着て調査対象となった時、彼は次のように語っていた。

「彼らが僕を失格にしてくれれば嬉しいよ。僕はやりたいことができる。僕は気にしないよ。またやるしね」

 F1は、持続可能性や多様性の向上などの問題に焦点を当て、それらの部分で前進したいと考えている。しかしFIAが重要な問題について声を挙げる能力に影響を与え、その意向を制限できるルールを施行することは、F1が進めていることと一致しない。

 
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