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「タイヤの影響は計り知れなかった」「あのウエットが履けなくなるのは寂しい」GT500から去るミシュラン。“ユーザー”たちが語る思い出

2023年シーズン限りでスーパーGT・GT500クラスでの活動を休止するミシュラン。これまでミシュランに足元を支えられてきたドライバーたちが、その思い出を語った。

Masataka Yanagida & Ronnie Quintarelli, #1 S Road REITO MOLA GT-R

 2023年スーパーGT最終戦もてぎ。このレースは、同年限りでのGT500クラスのタイヤ供給活動休止を発表していたミシュランにとって、当面のラストレースとなった。ミシュラン勢では、3号車Niterra MOTUL Zがタイトルの可能性を有しており、ポールポジションからトップを快走したが、レース終盤の雨によりウエット路面をスリックタイヤで走行していた高星明誠がコースオフ。ラストレースでの優勝、そしてチャンピオン獲得はならなかった。

 それでもミシュラン勢は、3号車Niterraの千代勝正、高星組と23号車MOTUL AUTECH Zの松田次生、ロニー・クインタレッリ組がそれぞれ3回の表彰台を獲得しランキング2位、3位を獲得。日本ミシュランタイヤで開発を率いる小田島広明ダイレクターもプレスリリースの中で「我々のGT500タイヤの開発とZ GT500のマッチングは非常にうまくいったと思います。そしてシーズンを通して、あらゆるコンディションで強さを発揮できたと評価しています」と語るなど、自他共に認めるパフォーマンスを発揮した。

 2017年のGT500昇格以降、スポット参戦を除けば一貫してミシュランユーザーのチームで走ってきた千代は、ミシュランを「すごく信頼のできるパートナー」と表現。特にここ数年、GT500で圧倒的な存在感を発揮したウエットタイヤを履けなくなるのは寂しいと語った。

#3 Niterra MOTUL Z

Photo by: Masahide Kamio

#3 Niterra MOTUL Z

「GT500のデビューから7シーズンをミシュランで走っていて、関係は長いですし、ここ数年はコミュニケーションも密にとっていました。ドライバーとエンジニアとの意思疎通がすごくできているので、関係性が強かったですよね」

「細かいリクエストにも応えてくれて、レースでも強いタイヤを作ってきてくれて、すごく信頼できるパートナーでした」

「特に去年から今年にかけて、ウエットのレースで圧倒的な強さを見せていましたが、それも一緒に開発してきた中で良いタイヤができたんです。あのウエットが履けなくなるのは寂しいですね」

 GT500での“ミシュラン歴”は2022年からの2シーズンのみである高星も、NDDP RACING加入後は千代とミシュランと共に2年続けてタイトル争いを展開した。彼はミシュランタイヤの特徴について、構造から来るレースでの強さを挙げた。

「印象深いのは、予選よりもレースが強いということです」

「僕が感じるのは、構造が強いなということです。構造でポテンシャルで引き出している、グリップを引き出しているタイヤだと感じていて、そのメリットがレースで存分に発揮されているのかなという印象です」

■ウエットタイヤ開発競争のきっかけはミシュランの活躍……MOLAで2連覇の柳田真孝が語る

 ここ数年は惜しくもタイトルは逃したミシュランだが、2010年代はMOLAで2回、NISMOで2回、計4度GT500のタイトルを獲得している。その全てにドライバーとして貢献したロニー・クインタレッリは最終戦の後、「14シーズンも一緒に戦ったミシュランがいなくなるのはまだ実感がわかない」として「マシュー・ボナルデル(ミシュラン本国のダイレクター)と会った時、『辞めるのは正しい選択ではないかもね!』と声をかけたんだ」とジョークを飛ばした。

 そんなクインタレッリと共に、2011年、2012年とMOLAで2年連続チャンピオンとなった柳田真孝は、当時のことをこう振り返った。

「僕にとって2011年は、前年にGT300でチャンピオンをとって、GT500に再復帰する年でした。前の年の2010年はNISMOがミシュランを使っていましたが、シーズンオフにはすごく良くなっているという話は聞いていたので、期待していました」

「2011年のセパンテストから一緒にやらせていただきましたが、その時ミシュランさんからは、スーパーGTには力を入れて取り組むということ、そしてスーパーGTをやる意義について熱く語ってくれたので、全く心配はありませんでした」

 この当時からウエットでのミシュランの速さは健在であった。第4戦SUGOでは雨の中クインタレッリが2番手以下に2秒以上の差をつけてポールポジション獲得。第5戦鈴鹿、第8戦もてぎと雨の予選では全て46号車S Road MOLA GT-Rがポールを奪った。

「めちゃくちゃ大きいファクターでしたよ。タイヤの影響は計り知れなかったと思います」と振り返る柳田。現在も各タイヤメーカーによるウエットタイヤの開発競争が激化しているが、そのきっかけを作ったのはミシュランではないかと語った。

 その中でも、柳田が特に印象に残っているというのが、シリーズ2連覇を達成した2012年の第7戦オートポリス。この時もウエットコンディションのレースであったが、10番手からのスタートとなった1号車のS Road REITO MOLA GT-Rは、早めのピットインでクインタレッリから柳田に交代すると、柳田が猛追を見せてトップ争いに加勢。タイヤ無交換作戦でトップに立っていた32号車EPSON HSV-010を最終ラップで交わし、優勝でタイトルを決めた。

「ミシュランが得意とするウエットのレースでしたが、ミシュランタイヤがすごく良かったです」と柳田。

Photo by: Yasushi Ishihara

「タイヤのパフォーマンス自体ももちろんですが、レース中にマネジメントしている中でも全然タレることなく、溝も残っていたし、すごいパフォーマンスを発揮してくれました。それがすごく印象に残っていますね」

 成功を共にしてきたミシュランのGT500活動休止には驚いたという柳田だが、彼らの新たな挑戦に期待しているという。

「今の時代に合った方針というのもあるでしょうから仕方がないとは思いますが、驚きましたし残念ではあります」

「ただこれから新たな挑戦をされるでしょうし、それを楽しみにしています。ミシュランさんは新たなことに積極的に挑戦されるメーカーですし、応援したいと思います」

Additional reporting by Jamie Klein

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