小山美姫、変化の2022年シーズンを語る。欧州を経てFRJを選んだ理由、新天地で得た大きな収穫
2022年のフォーミュラ・リージョナル・ジャパン(FRJ)でチャンピオンに輝いた小山美姫。欧州でも経験を積んだ彼女はなぜFRJという舞台を選んだのか? そしてそこで何を学んだのか?
小柄で引き締まった身体。贅肉なし。金髪(?)に染めた長い髪の間からこちらを射る目は時として刺すように痛い。口を開けば気持ちそのままの言葉がストレートに溢れ出す。曲げられない性格で敵も多いだろうと察するが、本人はそれを自覚した上でそのスタイルを貫き通す。そんな小山美姫がタイトル獲得直後にインタビューに答えてくれた。会話の合間に笑顔と共に軽い冗談が挟まれるのも心地よい。
小山美姫は今年、フォーミュラ・リージョナル・ジャパン(FRJ)でチャンピオンに輝いた。まだ最後の2戦を残すが、これまで15戦中7勝を挙げ、ポールポジション獲得5回、ファステストラップ8回の成績で316ポイントを獲得、2位の小川颯太(237点)に79点差をつけ、最終2戦を待たずタイトルを獲得した。
圧巻はこれまでの15戦、すべてのレースで表彰台に上がっていることだ。つまり、すべて3位以内。この奇跡のような成績を残したドライバーは他にはいない。今年のFRJは15人のドライバー(その内9名がマスタークラス)が名を連ねたが、その中で小山の成績はずば抜けていた。そこには、ジェンダー問題を突き破った小山の強烈なエネルギーがあった。
小山が今年戦ったFRJは、フォーミュラレースのピラミッドではF4の上のカテゴリー。その上にはスーパーフォーミュラライツ(SFL=旧F3)があり、さらにその上にスーパーフォーミュラ(SF=国内では最高峰のフォーミュラレース)が位置する。これまでF4やWシリーズを初め様々なフォーミュラレースを戦ってきた小山にとって、FRJ参戦はランクダウンのような感じも受けるが、本人にとればいかなる意味を持っていたのだろう?
Wシリーズには2シーズン参戦した
Photo by: Dom Romney / Motorsport Images
「2019年から海外で3年間レースをしてきましたが、まだ実績がなく、自分の居場所が分からなかったんです。海外で走るか日本で走るか、もちろんひとりでは決められないことなので知り合いに相談しました。希望はスーパーフォーミュラ・ライツで走ることでした。でも、トヨタの方から、今年はFRJで走ってとにかく結果を出さないと、と言われたんです」
「小山は今年からトヨタの若手育成プログラムのドライバーに選ばれており、トヨタへの相談(打診)は必須だった。トムスからSFLに出たくてアプローチしたが、トムスのシートはすでに決まっており、希望は叶えられなかった。紆余曲折の結果、FRJでシーズンを戦うことになり、スーパーライセンスというチームから参戦が決まった」
「トムスのようなトップチームで走りたかったのは、言い訳はきかないし、自分の能力が正しく評価されると考えたからです。私はスーパーライセンスと言うチームがどんなチームか知らなかったし、そこでちゃんと走れるのだろうかという不安はありました」
小山美姫は歯に衣を着せない。スーパーライセンスの代表の国井正巳に関しても、「ちょっと怪しそうじゃないですか」と、言ってみせた。その後で「でも、やり始めたらなんか良い人だって分かったんです」と、フォローした。加えて、「思いやりがある。ドライバーのことを真剣に考えてくれる。見極めと割り切る能力が高く、ことがドンドン進んでいく。人としての厚みがあるし……」と続けた。時間と共に信頼が生まれた。
歯に衣着せぬ言動も、真剣にレースに取り組んでいることの裏返し
Photo by: Motorsport.com / Japan
ちょっと怪しい国井は、小山のことを高く評価する。
「彼女は思ったことをそのまま口にするから生意気に思われますが、それは裏を返せば自分のことを真剣に考え、状況を改善しようと真摯に取り組むからです。最初は意見がぶつかりもしましたけど、狙っているゴールは同じなので言い合いの最後はお互いにわかり合えます」
「すごく才能はあります。本当に速い。でも、それを上手く出せないときがあって、そこは我々がアドバイスをする格好でやって来ました。でも、納得するまで食い下がってくる。速さの秘密はその根性だとも思います」
スーパーライセンス・チームは国井代表を中心に、経験豊富な松浦孝亮が監督を務める。最初、国井の言うように小山はチームと多くの激論を交わした。衝突したといった方がいいかもしれない。それは、小山の負けん気と経験から来る自信がそうさせたのだろう。チーム側も本気で小山に応えた。
例えばコーナーへの入り方で意見が違った。アンダーステアとオーバーステアの挙動の捉え方が異なった。例えば得意の高速コーナーで小山はアンダーだと感じたものが、松浦が乗るとオーバーだった。それはブレーキのかけ方によるものだろうが、FRJのようにデフの付いたクルマを小山がドライブしたことがない点が理由だった。
「クルマが変われば走り方も変えないといけない。その理解度が低かったから、私はまだ高速コーナーが得意だと思っていました。最近になってグリップのあるクルマを高速コーナーで向きを変える難しさが分かったというか……。速い選手が走ると、コーナーでパキッと向きを変える。あの感じがどうしても出来なかった。それを出来るようにと随分トライしました」
後続をリードする小山
Photo by: FORMULA REGIONAL JAPANESE CHAMPIONSHIP
最終的に小山は経験不足を自覚し、経験豊富な松浦等ベテランドライバーの意見を尊重した。スーパーフォーミュラを走るドライバーのビデオも繰り返し観てイメージ上で練習し、その上で、小山はテストだけではなく、レース中にもトライを繰り返した。チャンピオンを決めた9月の富士スピードウェイでのレース前のテストでは、恐怖に打ち勝つトライを繰り返した。
「コーナーに飛び込む前の恐怖と、飛び込んだ後にどう動くか分からない恐怖。毎周走る度に、もう一回あの飛び込みをやるのかって思うと怖くて。プロのドライバーはみんなこれを毎周やっているのは知ってますが、私にとってはやっとの一歩だったから。それが予選で出来るか心配でした」
予選では出来なかった。レース1の予選ではポールポジションを獲得したが、残りの2レースの予選は大草りきにしてやられた。
「思った走りが出来なかった。飛び出すくらいの勇気を持って行かなきゃいけなかったのに、路面が変わったら臆病風が吹いて行けなかった。せっかく練習でできるようになった走りが出来なかった。悔しくて」
その週末には3レース行われ、小山は予選の悔しさをエネルギーにレース2で優勝してタイトル獲得を果たした。
「チャンピオンは嬉しいですが、それより全部勝ちたかった。タイヤの状態とかいろいろ条件はありますが、もう少し自分の限界値を上げられないと。私、多分ちょっとビビッてたところあって、それがコンマ何秒か遅れる要因になったと思います。自分に(コーナーに)飛び込む気合いがあれば多分大草君を抜くことが出来ていたと思います。でも、その勇気を出し切れなかったことが今回の敗因です。私が成長していれば勝てたと思うレースでした」
ドライバーというか勝負師の心理は複雑だ。レースで負けるのは自分を許せないが、自分なりにやりきったレースなら後悔はないと言う。
9月のレースも、タイトルがかかったレースだったが、小山はタイトルより勝利に貪欲だった。ポイントを計算して、この順位だったらタイトルが獲れるなんて考えは頭の片隅にもなかった。とにかく3レース全部勝ちにいくことが目標だった。結果は優勝1回と2位2回。結果的にタイトルは獲れたが、そのことを声高に語ることはなかった。
2022年のFRJチャンピオンに輝いた小山美姫。左が国井代表、右が松浦監督
Photo by: FORMULA REGIONAL JAPANESE CHAMPIONSHIP
「去年、成績的に全然駄目なレースがあったけど、全力を出して戦ったので悔いはないし、戦いきった自信があります」
小山美姫は2019年と2021年、女性だけが参加出来るWシリーズに参戦したが、満足のいく成績を残せなかった。このシリーズはF1グランプリの前座などで世界を回るシリーズで、上級クラスを目指す女性ドライバーが集まるといわれる。ただ、女性だけで戦うと彼女達の才能が本当に優れているものかどうか判断は難しい。そのシリーズで優秀でも、男性が主流のレースに出たことがなければ、自分の位置を知ることが出来ない。
小山はシーズンが始まる前のテストでは素晴らしいタイムを出していたが、実戦レースになると成績がついてこなかった。理由はいくつもあるだろうが、小山はその理由については口をつぐむ。ただ、2年間たったひとりでヨーロッパに住み、誰の助けも借りずにレースを続けたことで、精神的に大きく成長した。その裏には寂しさや辛さがあったという。
「向こうではたったひとりでトレーニングと英語の勉強だけ。寂しくて、孤独で、辛かった。メディアの人なんか一度も取材に来てくれない。好きなこと書き放題。悲しかったよ、ほんと」
しなくてもいい経験だったかもしれないが、しなくてもいい経験というのはないかもしれない。それは、この先、生きていくうちに分かってくることだ。
「私は何事もやらないよりやった方がいいと思う人間だから、とにかくやる。まあ、Wシリーズ行ったのも行ってよかったと思うしかない。とにかく、やってないことやらなきゃ勝てないでしょ。トレーニングだって食事制限だって、勝つためにやっています」
苦しい時を経て、小山は今年はレースを楽しんだと言えるだろう。ちょっと怪しい国井代表のスーパーライセンスチームで、現役プロドライバーのアドバイスを受けながら、それらをすべて吸収して身につけて来た。チームのスタッフとは意見の衝突を恐れず、感謝しつつ注文を出し、それをチームは正直に受け入れた。その結果がチャンピオン・タイトルであれば、これ以上の幸せはない。しかし、FRJのタイトルはこの先長いドライバー人生の一里塚。次はスーパーフォーミュラ・ライツか、あるいはスーパーフォーミュラか?
「来年は何に乗れるか分からないけど、いまのこの身体じゃ無理なので、とにかく体力を付けるトレーニングはやっておきます。何が来てもいいように」
シーズンの初め、トヨタの担当者からとにかくFRJで結果を出せと言われた小山。その注文にチャンピオンという結果で応えたのだから、トヨタは喜んだに違いない。この素晴らしい結果を突きつけられれば、トヨタもさらなる高みを目指す小山に新しいチャンスを用意しなくてはならないはずだ。
「タイトルを受けた表彰台の下でトヨタの人が手を振ってくれていたんです。ホントに嬉しそうで、可愛いっていうか、あんなに嬉しそうな顔初めて見ました」
インタビューの最後に、ひとつ質問を投げかけた。
「失敗は怖くないですか?」
小山は少し考えてこう答えた。
「失敗は怖くない。失敗しないと上手くならないでしょ」
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