【インタビュー】国内トップカテゴリーを戦うNAKAJIMA RACINGで日々成長中の女性エンジニア「一番楽しいのは練習走行。意見を言うときは必ず“証拠”を見せる」
NAKAJIMA RACINGで働く女性エンジニア、浦野夢希エンジニアにインタビュー。レース業界を志したきっかけや、レースウィークの仕事ぶりなどについて聞いた。
男性社会のレース界で女性が働く余地はあるのか? そもそもレース界が男性社会だということが間違いではないのか? などと考える昨今、NAKAJIMA RACINGでひとりの女性エンジニアの姿が見られる。ただ、そこは力仕事の現場ではない。その女性が担当するのは……空力エンジニアというポジションだ。コンピュータを前に複雑な数式を駆使してチームのクルマの性能アップに寄与する。その女性の名前は浦野夢希さん。少しお話を聞いた。
——レースの世界に興味を持った理由を教えてください。
「子供の頃から機械が好きでした。中高は一貫校の久留米信愛女学院(現久留米信愛学院)ですが、そこから九州工業大学の工学部へ進みました。工学部機械知能学科で、私は機械の方を選びました。知能はコンピュータとかAI関連ですね」
——大学ではクルマに触れる機会が多かったですか?
「それほどクルマを題材にした授業はありませんでした。そのほかのこと、例えばロケットとかAI関連が多かったですが、私はその中から空力関連の授業を選択しました」
——その学部からレースの世界にはどの道を辿って入ってきたんでしょう?
「自工会が主催している学生フォーミュラというサークルがあって、そこに入って活動していたんですが、そこでチーム・ルマンの人に会って、実際のレースに行くようになったのです。大学時代は1年に2〜3回レースに顔を出していたのですが、次第にそこで働きたいという気持ちが湧いてきて、最終的にチーム・ルマンに採用していただきました」
——実際にプロのチームで働き始めて、大学で学んだことは役に立ちましたか? それは自分のやりたい仕事でしたか?
「ええ、学校で基礎を学んだことが役立っていると思います」
——仕事を始めたのは何年ですか?
「2019年です。1年間チーム・ルマンで働き、2020年から今のNAKAJIMA RACINGに移りました。今年で4年が終了しました」
——チームで働き始めて、最初はいかがでしたか?
「最初はレースに慣れることで精一杯でした。最初は走行データを読み込むスキルがなかったので、タイムデータを他車と比較したりとか簡単な仕事からですね。工場では荷物運んだり、掃除したり、体力仕事もしましたよ」
——NAKAJIMA RACINGに移籍した理由は?
「NAKAJIMA RACINGの加藤(祐樹)さんというエンジニアと話す機会があって、そこで彼の仕事のやり方とかを聞いて、一緒にやれればスキルアップもできそうだと思ったんです。それでNAKAJIMA RACINGに移って以来、ずっと一緒に組んでやっています」
——スキルアップしましたか?
「タイムデータだけではなく、総合データを読んで、自分で何がだめだったかという点を考えられるようになってきました」
——レースの現場では具体的にクルマの長所、欠点などが見えると思いますが、そうして具象を自分の目で判断できるようになってきましたか?
Photo by: Masahide Kamio
#64 Modulo NSX-GT
「はい、現場ではそう思ってやっています。でも、改めて見返してみたり、以前と同じようなことが起こったときに経験を積んでそれを見ると、あのときは間違っていたんだなって判断ができるようになりました」
——一緒に働いている加藤エンジニアからのアドバイスや評価は参考になりますか?
「ミーティングはみんなでするのですが、レース前と終了後にオペレーション関係とかかなり細かい点まで話し合います。言葉のかけ方とかレース後のミーティングで話し合って、次回に直していくところなどを指摘します。それを受けて改善をするのですが、そういうサイクルがすごく効果を生んでいると思います」
——これまでやってきて、自分に足りないものは何だったか気づきましたか?
「私はコミュニケーションが結構苦手で、どちらかというと喋らなすぎることが多いんです。『ホウレンソウ』(報告・連絡・相談)をちゃんとするとか、結果だけを言うんじゃなくて、その結果にたどり着いた過程も相談した方が良いとか、いろいろ気づかされます」
——レースは限られた時間内で行われますよね
「すごく限られた時間の中で共有のタイミングを細かく計算し、無駄な時間を少なくするように努力しています。少し外れたかなと思っても、すぐに止めることができればロスは大きくならないので」
——レースではどんな瞬間が楽しいですか?
「練習走行日が一番楽しいですね。予選になると大きな変更は加えられないので、予選までどうやってクルマを作り上げていくかというのが一番楽しいです」
——クルマ作りの上で、浦野さんの意見はしっかり聞いてもらえますか?
「はい。意見を言うとき、私は必ず証拠を見せるんです。例えばデータとか。ですから、絶対に納得してもらえるような証拠をそろえて意見を言います」
——今まで、これは一番重要だと思っていった意見が通ったとき、あるいは意見が通らなかったためにタイムが伸びなかった、というようなことはありましたか?
「うーん、ないかもしれない(笑)。これからですね」
——改めて聞きますが、レース界は男社会ですよね。そこで働くとき、自分は女性だと意識して働いていますか? それとも……
「性別に関しては、忘れているかもしれません……というくらい何も考えていないかもしれません。私的には性別というのは余り関係ありません」
——最後に少しプライベートなことを聞きます。ご両親のお仕事は知っていますか?
「もちろんです」
——お父さんの職業は?
「父は整備士でした。それを見て育ってきたので、小さい頃からクルマに憧れがあったのかなあと思っています。その父は2年ほど前に病気で亡くなったのですが、私の仕事にすごく喜んでくれていて、とても良かったと思います」
——ご家族は?
「父は亡くなりましたけど、母がいて、我々は3姉妹です。小さい頃はスポーツが大好きで、小学校から高校までバレーボール部でした。弱かったけど。いまは仕事も身体を動かさないので、ジムとか行っています」
——健康管理は大切です。身体を壊さないように頑張ってください。
「はい」
ブリヂストンの街、九州の久留米出身の浦野さん。レースの週末はピットガレージの中でデータを読みながらクルマの改良に没頭する。デスクを並べて仕事をする浜島裕英さんに尋ねると、「真面目でしっかりと仕事をしています。疲れていても笑顔を絶やさないところが立派です。良いエンジニアになると思います。期待しています」という答え。男性主流のレースの世界で苦労もあるだろうが、笑顔で吹っ飛ばしてほしい。
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