ミスなし&爆速タイヤ交換の秘訣をトムスに聞く。スーパーフォーミュラの勝敗分ける責任重大な作業には“落とし穴”も
多くのレースで義務となっているタイヤ交換。その作業がうまくいくかどうかは、チームやドライバーのレースを大きく左右する。タイヤ交換を担当するメカニックはどんな点を意識し、どんな点に苦労しているのか? 国内トップチームのトムスに聞いた。
写真:: Masahide Kamio
モータースポーツは基本的にマシンとドライバーの速さを競うものではあるが、そこには戦略や運など様々な要素が絡む。中でも特にレース展開を左右する“エッセンス”として多くのカテゴリーで採用されているのがタイヤ交換だ。
日本の最高峰カテゴリーであるスーパーフォーミュラも、決勝レース中のタイヤ交換が義務付けられている。これにより、どのタイミングでタイヤを替えるかという戦略性がレースに生まれるだけでなく、タイヤ交換の速さが順位に影響することも当然ある。言い換えると、作業ミスによってドライバーが順位を落としたり、最悪の場合レースを終えるという悲劇に繋がることも……。メカニックの双肩にかかる重圧は並大抵のものではないだろう。
スーパーフォーミュラは昨年『SFgo』アワードのピットクルー部門の表彰にあたり、同年のピット作業タイム上位10傑を発表。1位は第4戦でのTGM Grand Prix(5.361秒)となったが、5秒台中盤のタイムを揃えて2位〜7位を占めたのが、VANTELIN TEAM TOM’Sだった。つまりトムスは、非常に高い水準で安定したタイヤ交換作業を行なっていたことになる。
そこで今回は、迅速でミスの少ないタイヤ交換の秘訣を探るべく、トムス37号車(サッシャ・フェネストラズ)のチーフメカニック岩森啓佑氏にインタビュー。タイヤ交換に関するあれこれを聞いた。
機材には企業秘密も?
現在のスーパーフォーミュラでは、規定で最大6名のクルーがピット作業に従事できるが、その内4名がそれぞれ1輪ずつタイヤ交換を担当し、残りの2名はジャッキと車両誘導のロリポップを扱うという役割分担が基本になっている。ただレース中の再給油が行なわれていたコロナ禍前には追加で給油係と消火係が必要だったため、3人でタイヤ交換とジャッキ操作を行なっていた。右フロントタイヤを替えたクルーが、ノーズの上を華麗に飛び越えて左フロントタイヤの作業に移るというアクロバティックなシーンは、海外でも話題となった。
スーパーフォーミュラでのタイヤ交換歴は15年ほどとなる岩森チーフメカも、「僕も練習中にノーズを飛び越えた時に着地を失敗して、足を縫ったことがあります(笑)」と苦笑。今はクルーひとりあたりの作業量が少なくなったが、その分ひとつひとつの作業のスピードや精度がより重要となった。
さて、まずはハード面から探ろうということで、話題を『ホイールガン(インパクトレンチ)』に向けた。ホイールガンは、タイヤを外す際にセンターロックのホイールナットを緩め、新しいタイヤを装着する際には逆にナットを締める役割を果たす。まさにこれがないと始まらない、超重要アイテムだ。
トムスは購入したものを使っているというが、「諸事情でお見せできません」とのこと。細部には何か企業秘密が隠されているのか……? 工夫している箇所なども、残念ながら聞き出すことはできなかった。裏を返せば、ホイールガンはそれほどタイヤ交換の肝になっているということなのだろう。
手前に見えるのがジャッキ。ピット側に向かって斜めになっているのがわかる
写真: Masahide Kamio
ちなみにトムスが使っているフロントジャッキに目を向けると、持ち手の部分がマシンと平行ではなく、斜め(ピット側に向いている)にレイアウトされているのが分かる。クルーはピット作業が完了すると、ゴーサインと共にフロントジャッキを抜いてマシンをコースに送り出すわけだが、この作業をできる限りスムーズに行なうために、クルーの進行方向に向いたジャッキになっているようだ。こんなところにも、チームの工夫が表れている。
日々の鍛錬
クオリティの高いタイヤ交換を実現するためには、アイテムのみならずクルーの日頃の鍛錬も重要。トムスのメカニックは普段、富士スピードウェイ近くにある御殿場のファクトリーで固定された練習台を使っており、レースウィーク直前になってメンテナンスのために分解していたクルマが組み上がってからは、実車を使った練習をしているという。
そしてレースウィークになりサーキット入りすると、搬入日の金曜日に実際のピット作業エリアでみっちり練習を行なう。取材をしたオートポリス大会の際にも、フロントウイングを交換する場合など、様々な状況を想定した練習をしていた。
「サーキットに来てから行なう練習に関しては、タイヤ交換の動き自体で言えば確認程度となります」と言う岩森チーフメカだが、現地で確認すべき重要なポイントが他にもあると明かす。
「各サーキットのピットの地面の形状が違うので、ジャッキアップしたクルマの高さが違ったり、足をつけている路面のグリップ感も工場とは違っていたりします」
写真: Masahide Kamio
「中でも、ジャッキアップ後のクルマの高さの確認がメインになりますね。傾斜がピット側についているのか、ファストレーン側についているのかによっても、やりにくさは結構変わってきますからね」
ある種シンプルな動作を猛烈なスピードで行なうタイヤ交換作業。だからこそ、わずかな感覚の違いが命取りとなる可能性もある。そういった擦り合わせにも余念がない。
フィジカル面でも、求められることがある。まず第一に、タイヤは“重い”。サーキットやイベント会場などでタイヤ交換体験をした経験のある方は、タイヤの重さ、そしてそれを軽々と扱うクルーの動きに驚いたのではなかろうか。
スーパーフォーミュラ用タイヤの正確な重量は公表されていないが、チームやタイヤサプライヤーの横浜ゴムからの情報を総合すると、リヤタイヤでホイール込み15kg前後ではないかと推察される。一般車のものと比べて軽量化がなされているとはいっても、扱うにはそれなりの腕力が必要であろう。
ただ、実は筋力以上に重要なのが持久力かもしれない。岩森チーフメカは言う。
「筋力トレーニングが絶対的に必要かと言われると難しいところですが、タイヤを素早く取り付ける上で瞬発的な力は必要なので、そこはあればあるほど良いとは思います」
「ただメカニックの場合、本来のメカニック業務でそれなりに体力を使うわけです。そこで消耗して、本番のタイヤ交換の時に体力や気力が残っていないことは避けたいですから、そういう意味でも本番でパフォーマンスを発揮できる持久力 が必要ですね」
SFならではの“落とし穴”
上記のような鍛錬は、トムスのみならず他のチームも取り組んでいることではある(当然程度の差はあるだろうが)。しかしながらスーパーフォーミュラでは、タイヤ交換に関連するトラブルが頻繁に起きるイメージがある。それも特定のチームに偏っているわけではなく、優勝や表彰台を争っているドライバーが、交換作業の遅れや作業失敗によってタイヤが脱輪するなどして悔しい戦線離脱を余儀なくされる……この1年で見られた悲劇的なシーンは一度や二度ではない。
なぜそんなにミスが起きやすいのか? そのヒントとも思しき話を聞いたことがある。スーパーフォーミュラと並ぶ日本のトップカテゴリーであるスーパーGTの場合、ホイールガンとホイールナットは共に鉄製だが、スーパーフォーミュラはナットがアルミ製だという。アルミは軽い一方で強度は鉄と比べると劣るため、丁寧で確実な作業をしないとタイヤがうまくハマらなくなるリスクが高いのだという。
これについては岩森チーフメカも同意する。
写真: Masahide Kamio
「六角のアルミナットなので、そこの難しさはありますね。ネジ山を“かじる”ことになってしまいがちなんです」
「ソケットをしっかり差し込んでから緩める、しっかり押しつけてから締める、という基本的な動作を徹底しないといけません。レース本番で気持ちが入っている時には、焦りからのミスが出やすいです。そこの難しさ、失敗のしやすさはGTの機材と比べるとあると思います」
とはいえ、そんな状況下でもミスが少なく迅速なタイヤ交換ができているのは、トムスが常勝チームであり優勝や上位を争うシチュエーションに慣れているからなのか? これについて岩森チーフメカは「僕はどんな順位でも緊張するので、どこを走っていてもあまり関係ない」としつつも、「とはいえ順位を争っている時のピット作業は緊張するものです。そこの積み重ねで精度は上がっていくと思います」と述べた。
最後に、国内最高峰のレースでタイヤ交換を担当することのやりがいを岩森チーフメカに尋ねると、彼はこう答えた。
「みんなが満足いく作業ができた時の一体感は特別なものがあります。ドライバーのレースに対して少しでも貢献できれば、それはすごく嬉しいことですから。これからも頑張っていきたいです」
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