日本と世界を繋ぐ、トヨタの“ドライバーズファースト”な取り組み。その輪が広がってほしい!:英国人ジャーナリスト”ジェイミー”の日本レース探訪記
日本を拠点に活動するイギリス人ジャーナリスト、ジェイミー・クラインがお届けするコラム。今回はトヨタが海外のレース部門と繋がりを深めていることについて、自らの持論を展開した。
ここ数ヵ月は日本のモータースポーツファンにとって、思いがけないドライバーが思いがけないマシンに乗るというケースが見られた興味深い時期だったのではないでしょうか。
例を挙げると、昨年12月のスーパーフォーミュラ鈴鹿テストでは、IMSAでレクサスに乗って活躍するベン・バーニコートがTOM'Sの36号車をドライブしました。彼にとっては2020年以来となるシングルシーターでしたが、ルーキー限定枠のテスト最終日にのみ参加して最終セッションではトップタイムをマークしました。
Ben Barnicoat, VANTELIN TEAM TOM’S
Photo by: Masahide Kamio
そして先月は、昨年トヨタ陣営のTOM'SでスーパーフォーミュラとスーパーGTのチャンピオンに輝いた宮田莉朋が、バーニコートが所属するヴァッサー・サリバンIMSAチームから伝統のデイトナ24時間に参戦しました。レクサスRC F GT3を駆る宮田はGTDクラスで優勝争いを繰り広げましたが、チームメイトがドライブする終盤に火災があり、レースを失ってしまいました。
このようにトヨタファミリーの中で様々なチャンスを提供する様は、トヨタが日本、アメリカ、ヨーロッパというグローバル・モータースポーツ活動の主要3部門で今まで以上に緊密に連携していることを示す例と言えるでしょう。そして、豊田章男会長が常々言っている“ドライバーファースト”が実行に移されている証左であるとも言えます。
日本のトヨタとTOYOTA GAZOO Racing ヨーロッパ(TGR-E/かつてのTMG)との繋がりは今に始まったことではありません。宮田の前にも平川亮や山下健太が、スーパーGTやスーパーフォーミュラでの活躍が評価された結果、海外レースへの参戦チャンスを手にしています。
むしろ最近のトヨタ本体は、アメリカにおけるレース部門であるTRDとの交流を深めている印象があります(しばしば混同されますが、日本のTRDは2018年に3社合併によって生まれたトヨタカスタマイジング&ディベロップメント、通称TCDの所有ブランド)。その顕著な例が、昨年の小林可夢偉のNASCAR挑戦です。小林は幼い頃からの野望を果たしたわけですが、ヴァッサー・サリバンがIMSAのGTDでRC F GT3を使って活躍していることで、IMSAのレクサスドライバーにもチャンスが広がりました。
そしてバーニコートのスーパーフォーミュラテスト参加もまた、予想外の展開でした。しかもそのパフォーマンスは、彼がもしフル参戦したらどんな結果を残すのだろうかと期待させるものでした。しかもその直前には、バーニコートと彼のIMSAでのチームメイトであるジャック・ホークスワースが、バーレーンのWEC(世界耐久選手権)ルーキーテストでトヨタGR010をドライブするという機会もありました。
これらはアメリカでの活躍に対する単発的なご褒美テストかもしれません。しかし、バーニコートとホークスワースは2026年のデビューが目指されているトヨタの新GT3車両の開発に関わっているとも言われており、どちらかというとそちらの方が重要な動きに思えます。
日本との繋がりが比較的確立されているヨーロッパにおいても、ドライバーファーストの精神がより多くのトヨタドライバーにチャンスを与えるのではないか、そんな兆しもあります。
宮田はWECチャレンジドライバーとなる前に、TGR-Eの拠点ドイツ・ケルンにあるシミュレータで自らの実力を示しましたが、今季のスーパーフォーミュラ・ライツを戦うトヨタ育成ドライバーの小林利徠斗と中村仁も、将来のWEC参戦を目標にすべくル・マンで特別研修に参加することが明らかになっています。特に中村は、既にシミュレータで好印象を残したという話も聞こえてきています。
そして今季のWECからレクサスのLMGT3プロジェクトが始動したことで、トヨタの若手に提供できるWECのシートは大幅に増えたと言えます。
これはつまり、トヨタがヨーロッパとアメリカでの活動がもたらす価値を十分に理解したということであり、それぞれの市場でブランドを宣伝するだけでなく、世界の様々なドライバーにより多くの機会を提供し、さらには車両開発にも繋げていることは称賛されてしかるべきです。
一方でトヨタのライバルであるホンダに目を向けると、最近はトヨタのような形で世界各地のドライバーを起用することに消極的なように見えます。
ただホンダにとって、ヨーロッパにおけるレース活動がトヨタのそれと異なっていることは記しておく必要があるでしょう。ホンダにとってヨーロッパでの4輪レース活動は基本的にF1に集中しているので、少々厄介です。そのため、F1を現実的な目標として欧州シングルシーターのピラミッドの中に送り込まれるのは、角田裕毅や岩佐歩夢といった突出した実力者に限られてしまうというのもよく理解できます。
一方でアメリカのレース活動においては、佐藤琢磨がインディカーへの挑戦を始めて15年が経とうとしています。インディカーや、アキュラが最高峰クラスに参戦するIMSAに挑戦したいとの意思を示すドライバーもいますが、実現には至っていません。
ただアキュラのLMDh車両ARX-06は、IMSAの中においてそのオールラウンドさでは右に出る者がいないと言われているパッケージ。ホンダは現時点で計画はないと話していますが、ARX-06が将来的にホンダワークスチームの車両としてWECにフル参戦デビューを果たす可能性があることは言うまでもありません。
GT3プロジェクトに関して言えば、トヨタがより多くの日本人ドライバーがWECに参戦する可能性を広げた一方で、最近のホンダはヨーロッパでファクトリー体制のGT3プログラムを運営していません。NSX GT3が日本やアメリカでいつまで走ることになるのか、そしてその後継マシンがあるとすれば何なのか、疑問符が付いています。
ただホンダの北米モータースポーツ拠点であったホンダ・パフォーマンス・デベロップメント(HPD)が『HRC US』と改称されたことで、何か変化が訪れるのではないかと注目されていることも事実です。トヨタが実践している“ドライバーズファースト”の輪がさらに広がっていくことを期待してやみません。
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