【特集】F1ドライバーだって人の子! 世界最高峰の舞台で犯した“凡ミス”集

世界最高峰の舞台で戦うF1ドライバーであっても、人間である以上ミスはつきものだ。今回はF1公式YouTubeで特集されたF1ドライバーの“凡ミス”10選を紹介する。

【特集】F1ドライバーだって人の子! 世界最高峰の舞台で犯した“凡ミス”集
Listen to this article

■レースはスタート前から始まっている?(2005年中国GP)

Michael Schumacher, Ferrari F2005 after the crash on the way to the grid

Michael Schumacher, Ferrari F2005 after the crash on the way to the grid

Photo by: Steven Tee / Motorsport Images

 7度のタイトル獲得を誇るミハエル・シューマッハーも、キャリアの中でいくつか凡ミスを犯したことがある。フェラーリ時代の2005年の中国GPでは、レース開始30分前、スターティンググリッドに向かうタイミングでミナルディのクリスチャン・アルバースと接触。スロー走行で不用意に左に進路を変えたシューマッハーに、後ろからハイスピードで走行していたアルバースが突っ込んでしまったのだ。幸いにも両者はスペアカーに乗り換えることができ、決勝を走ることができた。

■無線に気を取られて……デ・ラ・ロサ、「言い訳できない」ミス(2012年ヨーロッパGP)

Pedro de la Rosa, HRT F112

Pedro de la Rosa, HRT F112

Photo by: Glenn Dunbar / Motorsport Images

 バレンシア市街地コースで行なわれた2012年ヨーロッパGPのFP2で、HRTのペドロ・デ・ラ・ロサはターン14を曲がり切れずクラッシュ。無線でのコミュニケーションに気を取られてしまった結果、アンダーステアを出してしまったようで、デ・ラ・ロサ本人も「忘れられないミス。僕のキャリアで初めてまともにミスをした。集中力を欠いていて、言い訳のしようがない」と語っている。

■図らずもフェラーリ時代最大の見せ場に? カペリ、モナコでマシンがあらぬ体勢に(1992年モナコGP)

Ivan Capelli, Ferrari F92A

Ivan Capelli, Ferrari F92A

Photo by: Ercole Colombo

 イタリア人ドライバーのイヴァン・カペリは1992年、誰もが憧れる地元チーム、フェラーリのシートを手にした。しかしマシンの戦闘力不足も相まって苦戦が続き、アイルトン・セナとナイジェル・マンセルの名バトルで有名なモナコGPでは、世にも珍しい格好でマシンを止めることとなった。

 カペリはラスカスへの進入でコントロールを乱し、スピン状態に。そのまま後ろ向きでバリアに乗り上げ、マシンは左側が持ち上がった状態で斜め45度となり停止した。その後もカペリはリタイアが続き、終盤2戦を残してフェラーリを離れた。

Read Also:

■クルサード、まさかのコースオフでポールポジションを失いかける(1995年イタリアGP)

David Coulthard,  Williams FW17

David Coulthard, Williams FW17

Photo by: Sutton Images

 1994年、事故によりこの世を去ったアイルトン・セナの後釜として、名門ウイリアムズからF1デビューを果たしたデビッド・クルサード。彼は1995年のイタリアGPで、2番手以下にコンマ5秒以上の差をつけてポールポジションを獲得した。しかしフォーメーションラップ中のアスカリシケインでオイルにのったのかコースオフを喫してしまい、あろうことかグラベルの上でストップしてしまった。

 しかし、クルサード抜きで開始されたレース1周目に赤旗が出されたため、彼は幸いにもスペアカーに乗り換え、仕切り直しとなったレースを再びポールポジションから迎えることができた。ただ結局序盤にホイールベアリングのトラブルに見舞われてリタイア。初優勝はお預けとなった。

■脇見運転にご用心(2014年中国GP)

Pastor Maldonado, Lotus E22 Renault, climbs out of the cockpit after losing control

Pastor Maldonado, Lotus E22 Renault, climbs out of the cockpit after losing control

Photo by: Steven Tee / Motorsport Images

 かつてはマシンを操舵するためだけのものであったステアリングホイールも、今や無線やギヤ操作だけでなく、エンジンモードやブレーキバランスなど、多岐に渡る操作が可能となり複雑さを増している。そんなステアリングホイールに苦しめられたのが、2014年中国GPのFP1でスピンしたパストール・マルドナドだ。

 ロータスを駆るマルドナドは、セッティングの変更に気を取られている間にコースを外れてしまい、それに気付いて修正を試みるもスピン。コース上で後ろを向いてしまった。

 この週末、マルドナドのミスはこれだけにとどまらなかった。FP2ではピットレーンエントリーへのブレーキングを誤り、アウト側のバリアに激突。彼にとっては色んな意味で忘れられない週末となった。

Read Also:

■落とし穴はピットレーンにあり(1995年オーストラリアGP)

David Coulthard, Willimas FW17B Renault, leads the field on lap 2

David Coulthard, Willimas FW17B Renault, leads the field on lap 2

Photo by: Motorsport Images

 前述のマルドナドのように、ドライバーがピットレーンエントリーでクラッシュするケースは稀にある。そんな中でも有名なのが、1995年オーストリアGPのデビッド・クルサードだ。

 イタリアGPではフォーメーションラップ中に“凡ミス”をしてしまったクルサード。その後ポルトガルGPでキャリア初優勝を飾ると、最終戦オーストラリアGPでは2番グリッドからスタートを決めて首位を奪った。しかし1回目のピットストップ に向かう際にピットレーンエントリーで曲がりきれずクラッシュ。ウイリアムズ最後のレースはほろ苦い形で終わってしまった。

■マンセル屈指の珍レース。黒旗無視→レースリーダーもろとも自爆(1989年ポルトガルGP)

Nigel Mansell, Ferrari 640, collides with Ayrton Senna, McLaren MP4-5 Honda

Nigel Mansell, Ferrari 640, collides with Ayrton Senna, McLaren MP4-5 Honda

Photo by: Ercole Colombo

 キャリアの中で数々の珍場面を残してきたナイジェル・マンセル。その象徴的なレースのひとつが、フェラーリ時代の1989年ポルトガルGPだ。

 3番グリッドからスタートしたマンセルは、マクラーレンのアイルトン・セナ、チームメイトのゲルハルト・ベルガーをパスして首位に浮上。そこまでは極めて順調だったが、ピットストップで全てが狂ってしまった。

 マンセルは目測を誤り、フェラーリのピットを少し行き過ぎた。そこでマンセルはリバースギヤに入れてピットボックスに収まったが、これは安全上の理由で規則違反。マンセルには失格を意味する黒旗が振られたが、彼にはそれが見えていなかったという。本来レースから“除外”されてしかるべきマンセルは走行を続け、挙げ句の果てにレースリーダーのセナを抜きにかかり接触。ひとつの凡ミスをきっかけに、最終的にはチャンピオン争い真っ只中のセナをリタイアに追い込んでしまった。

■エリクソンのせい(2018年アゼルバイジャンGP)

Romain Grosjean, Haas F1 Team VF-18 Ferrari

Romain Grosjean, Haas F1 Team VF-18 Ferrari

Photo by: Steven Tee / Motorsport Images

 2014年から2018年にかけてF1で活躍したマーカス・エリクソン。そんな彼がとんでもない濡れ衣を着せられてしまったのがザウバー時代の2018年アゼルバイジャンGPだ。

 レッドブル2台(マックス・フェルスタッペン、ダニエル・リカルド)の同士討ちによりセーフティカーが出動した際、6番手につけていたハースのロマン・グロージャンがウィービング中に突然コントロールを失ってウォールにクラッシュ。完全な単独事故であったが、何が起こったのか理解できないグロージャンは無線で「エリクソンが当たってきたんだと思う」と一言。エリクソンにとっては別の意味で“もらい事故”となってしまった。

Read Also:

■ハッキネンの連覇を危うくしたふたつの凡ミス(1999年サンマリノGP、イタリアGP)

Mika Hakkinen,  McLaren MP4/14-Mercedes, walks away from his car

Mika Hakkinen, McLaren MP4/14-Mercedes, walks away from his car

Photo by: Motorsport Images

 1998年、1999年とマクラーレンで2年連続のドライバーズタイトルを獲得したミカ・ハッキネン。ただ1999年に関しては、16戦中11ポールポジションとひとり抜きん出た速さを見せながらもマシンの信頼性不足や不運などに悩まされ続けたため、当時フェラーリのエディ・アーバインを2ポイント差で下して辛くも連覇を達成したという形だった。

 この年のハッキネンは不運に加えて、ふたつの凡ミスを犯したことが連覇をより危うくした。ひとつ目が第3戦サンマリノGP。ハッキネンはポールポジションから快調にレースをリードしていたが、17周目に最終コーナー立ち上がりの縁石でコントロールを乱しアウト側のウォールに激突した。

 ふたつ目はイタリアGPで、ハッキネンはこちらもポールから危なげなく首位を快走していたが、30周目に第1シケインへの進入でギヤを1速に入れてしまったことでスピン。そのままグラベルにストップしてしまった。マシンを降りたハッキネンがグローブを地面に叩きつけ、森の中へ隠れて号泣するシーンは国際映像でも捉えられた。

Read Also:

■“モナコマイスター”セナ、怒涛の5連覇の前に犯したミス(1988年モナコGP)

Ayrton Senna, McLaren MP4/4 crash

Ayrton Senna, McLaren MP4/4 crash

Photo by: Sutton Images

 モナコGPで歴代最多の6勝を挙げた“モナコマイスター”で知られるアイルトン・セナ。そんなセナでもミスによりモナコをリタイアしたことがある。それが1988年のレースだ。

 この年のモナコでセナは、予選で1分23秒998というタイムをマーク。2番手のアラン・プロストに1.4秒という大差をつけてポールポジションを獲得した。セナは決勝でも別次元の走りでレースをリードし、終盤にはプロストに約50秒もの差をつけていたため、マクラーレンの監督ロン・デニスはチームとしてのワンツーフィニッシュを確実なものとするため、セナにスローダウンを指示した。

 しかしほどなくして、セナはポルティエでガードレールにヒット。まさかのリタイアに終わった。怒り心頭のセナはマシンを降りた後、ピットではなくモナコにある自宅にそのまま帰宅し、しばらくチームのもとに戻ってこなかったという。たらればではあるが、セナがこの年のモナコを制していれば、1987年〜1993年にかけて驚異の7連覇が達成されていたことになる。

 
Read Also:

シェア
コメント
フェラーリ、多くのチームが苦しむ”ポーポイズ現象”を克服?「もはや問題ではない」
前の記事

フェラーリ、多くのチームが苦しむ”ポーポイズ現象”を克服?「もはや問題ではない」

次の記事

”DRS封印”でテスト終えたアルピーヌ。確かな手応えに「昨年末よりも少し前進した」と自信深める

”DRS封印”でテスト終えたアルピーヌ。確かな手応えに「昨年末よりも少し前進した」と自信深める