コラム

神野研一のF1オフシーズンエンジニア日記~エンジニアから見たF1最終戦~

フォースインディアやアストンマーティンで活躍したF1エンジニア、神野研一氏のコラムをお届け! 第1回は、F1チームで働くエンジニアはどんな心境でシーズン最終戦を迎えているかがテーマだ。

Fireworks light the sky as the Red Bull Racing team cheer Max Verstappen, Red Bull Racing RB19, 1st position, over the line from the pit wall

 F1チームで働くエンジニアと言っても、その職種は多岐に渡ります。このため、それぞれの職種のエンジニアから見たF1最終戦というのは全く異なった視点になります。そこで今回のコラムでは、いくつかの職種をピックアップしてそれぞれの視点を紹介したいと思います。

 最も複雑な心境でF1最終戦を見るのが設計部門のエンジニアたちでしょう。というのも、安堵と焦燥のどちらも抱えて最終戦を迎えることになるからです。『ああ、なんとか今シーズンも無事に走り切ってくれた……』という思いからくる安堵感。設計部門は、設計図面の出図*が終わった後も、レースの現場から上がってくる様々な課題に対応しなくてはならないため、シーズン中は大きなプレッシャーに晒され続けます。このため、最終戦はひとつの区切りとして重要な節目になります。

*出図とは、設計部門が試作・製造部門へ正式に図面を発行すること。この図面を元に製造部門が車両や部品を製造します。もちろん、開発スケジュールに従った期限があり厳守必須です!

 しかし、F1はそんなに甘くない。量産車開発と異なり、毎年新しいマシンを開発するのがF1の世界です。担当部位にも依りますが、最終戦から翌年の開幕前合同テストにかけては最も忙しくなる時期と言っても過言ではありません。2月のテストにマシンを間に合わせるべく、設計部門は出図ラッシュとなり、その期限に追われる毎日となります。

 このため、設計部門にとっては最終戦が終わったからと言って安堵ばかりしている余裕は全くなく、焦燥感も同時に持っています。『よーし、最終戦終わったー! あ、でも来週はアレとコレとソレ、全部出図しなきゃ……』そんな安堵と焦燥で迎えるのが設計部門のスタッフにとっての最終戦なのです。

 レース部門に関わるエンジニアは、基本的に開発・設計の仕事には直接関与しないため、レースが開催されているシーズン中が繁忙期となります。2023年シーズンは22レースが開催され、時期によっては3週連続のトリプルヘッダーもあり、体力的に大きな負担が掛かります。その負担はチームで働くスタッフだけでなく、その家族にも負担が及びます。例えば小さな子供がいる家庭ではスタッフのパートナーがワンオペで育児をしなくてはならないからです。

 そんなハードなシーズンを戦ってくるわけですから、最終戦を迎えるにあたっての彼らの心に去来するのは『走り切ったぞ……』という安堵と達成感でしょう。レース部門の多くのスタッフは最終戦が終わった後にまとまった休暇を採ることも多く、家族との時間をとても大切にしています。

 レース結果が伴えば、少しは報われる思いがするのかも知れません。しかし、たとえどんなにレース結果が良くても、家族との時間を巻き戻して過ごせるわけではありませんから、一刻も早く家族の元に戻りたい……全員がそんな切実な思いで仕事に臨んでいると思います。

 少し余談になりますが、この点はF1における働き方の課題のひとつであり、人員を増員してローテーション制を導入するといった対策が望まれます。一方でバジェットキャップ(予算制限)制度により人件費が制限されており、そもそも十分なスタッフが確保できないといった矛盾もあり、FIAとFOM(フォーミュラ1マネジメント)が協力して解決に乗り出すべき課題だと僕は考えています。

 僕が所属していた車両運動性能部門(ビークル・ダイナミクス)では、新車完成から開幕前テストまでが最も忙しい時期で、運動性能に関わる重要な実験を実施し、様々なシミュレーション用データを取得します。

 そしてシーズンが開幕すると、走行データの解析や設計部門への改善提案など、最終戦まで多忙な日々を送ることになります。そして迎える最終戦。レース部門のスタッフほどの安堵感ではないかも知れませんが、最終戦のチェッカーを見てホッとする瞬間を迎えていると思います。

【エンジニアから見た2023シーズンF1最終戦と2024年予測】

Race winner Max Verstappen, Red Bull Racing RB19

Photo by: Red Bull Content Pool

Race winner Max Verstappen, Red Bull Racing RB19

 2023年のシーズン全体を俯瞰すればマックス・フェルスタッペン(レッドブル)による独走劇でした。見方によっては『一強でつまらない』シーズンだったかも知れませんが、特筆すべきはRB19とフェルスタッペンのコンビネーションによるロングランの一貫した強さです。シーズン最終戦も全く同じ展開が繰り広げられました。レース序盤こそフェラーリの(シャルル)ルクレールに肉薄されますが、徐々にその差を広げ、最終的には後続を寄せ付けず勝ち切る強さが見られました。

 また、今シーズンは予選で時折ライバル勢に負けることはあっても、決勝レースで必ずトップに戻ってきました。『ポールポジションは獲れたら嬉しいけど、レースで勝てればそれでいい』そんな割り切りすら感じさせる強さでした。

 しかし、来シーズンは違ったシーズンが展開されると予想しています。開幕当初のメルセデスのパフォーマンスは期待値を大きく下回っていました。しかし、W14にかなり強引なコンセプトチェンジを施したにもかかわらず、パフォーマンスを大きく改善したメルセデスは最終的にはコンストラクターズランキング2位を獲得しています。

 2024年シーズンのメルセデスは2年連続で失敗したゼロサイドポッドのコンセプトを根本から改めることで、強力なマシンを取り戻すはずです。そのコンセプトが成功すれば、2021年シーズンのような激闘が繰り広げられるはず……そう予測しています。

 ここに紹介したようにF1チームにはたくさんのスタッフがおり、壮絶なチャンピオンシップ争いの背後には、それぞれの人間模様とストーリーがあります。今回のコラムではその様子を少し紹介させて頂きましたが、今後F1を楽しむ際のちょっとしたスパイスになってくれるのであれば嬉しい限りです。

 

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