モータースポーツを支える企業
株式会社スリーボンド【第3回】
モータースポーツを支える企業であるThreeBond、その真髄に迫る特集。今回はその第3回。
Tatiana Calderon, ThreeBond Drago CORSE
Masahide Kamio
20世紀の初頭には、世界中で差別が日常的に行われていた。ここで言う差別とは人種や肌の色によるそれではなく、男と女の間に生じた性差別である。そこには、男性の方が女性より優秀であるという根拠のない考えが存在した。それはあらゆる分野で起こった。学業の分野でもビジネスの分野でもスポーツの分野でも。
しかし、学業やビジネスに関しては、本来性差別は存在しないはずである。男性より優秀な女性がいることを誰も否定は出来ない。例えば1960年代にアメリカのNASAが推進したアポロ計画でアポロ宇宙船のコンピュータープログラムを構築したのはマーガレット・ハミルトンという女性数学者であり、事故を起こしたアポロ13号を地球に戻すためのプログラム計算を完成させたのも黒人女性数学者のキャサリン・ジョンソンだった。彼女達は男性優位社会の中で才能を発揮してアポロ計画を成功に導いたのだが、彼女達が話題として取り上げられること自体、当時は数少ない例外的存在であり、やはり大勢は男性リードの世界だったと言うことだろう。
以来、長い年月が過ぎ、学業やビジネスの世界では男女間で平等という理解が進んだ。その結果、現代では先に例としてあげたアポロ計画の女性科学者の時代と比べて女性の社会進出が進み、世界の潮流としてより女性の役割は大きくなっている。ただ、それは学業やビジネスの世界におけることであって、これから語ろうとするスポーツの世界では、どうしても避けられない壁がある。それは肉体の持つ生理的な差だ。
実は、子供の頃は女性の方が男性より肉体的に優れている。9歳までは男の子も女の子も同じテンポで成長する。そして、9歳頃から女の子の成長は男の子を凌ぎ、背が伸び、体重も増え、運動神経も男の子に勝るようになる。精神的にも女の子の方が男の子より成長の熟度は著しい。しかし、女の子は15〜16歳で成長の速度が鈍り、男の子は20歳を過ぎるまで成長が続く。この男の成長期間の長さが骨組みを重くし、がっしりした大きな体格を形成する。それは機能的にも構造的にも大きな利点になる。例えば、骨が長く重いために体重が増え、手足が長くなった結果としてそれらの動きが大きくなり、結果的にスピードや力が増すことになる。瞬発力を要求されるスポーツでは決定的な利点となる。
では、生理学的にはどうか? これは、一般的に信じられているものとは反対に、女性の生理学的なハンディは考えられているほど大きなものではない。女性が男性に劣るというのは生理学的な限界より、文化的、社会的な習慣によってそう定義付けられたからだ。もちろん女性の身体の筋肉組織は男性よりも弱く、瞬発力も男性よりは劣る。しかし、持久力に関しては女性の方が男性より遙かに高い数値を誇っている。
女性には生理があるが、研究からは実力に影響を及ぼすものではないことが分かっている。月経中に競技をするかどうかは選手個人の選択になるが、一時的な力の衰えを感じたり腹痛に見舞われることがなければ、普段と同様に競技に臨むことは可能だ。それが証拠に、オリンピックに出場する選手の中には生理中にもかかわらず好記録を出して勝利した選手が何人もいる。
しかし、ここまで読んでいただいた方は気づいていると思うが、素晴らしい女性アスリートの存在は認めながら、彼女達の優秀さはあくまで女性という区分けの中において認められているという点である。それは、前述した通り、成人年齢に達する時点で女性は男性に対して肉体的に劣っていることが証明されているからだ。ここでいう「劣っている」という事実は、骨の長さや重さによる骨格の違いなどから得られる結果であって、アスリートとしての才能というわけではない。つまり、大男が子供より肉体的に優れているというのと同じ評価と言える。ゆえに、男性と女性が同じスポーツに取り組むとしても、当然ながら両者は違う土俵で戦うことになる。ゴルフ、テニス、野球、サッカー、水泳、バレーボール、卓球、スキー、マラソン、陸上競技、スケート……ほとんどすべてのスポーツにおいてである。
Tatiana Calderon, ThreeBond Drago CORSE
Photo by: Masahide Kamio
では、男性と女性が同じ土俵で戦うスポーツはあるのだろうか? 男性と女性が異なる土俵で戦うスポーツの特徴は、道具を使わず肉体そのもので戦うスポーツ、あるいは道具を使ってもその役割は肉体の役割より遙かに低率であるスポーツだ。陸上競技や水泳、サッカー、バレーボール等はその典型だろう。では、道具を活用すれば男女が同じ土俵に上がって戦えば、そこで出た結果は平等に判定できるはずである。その典型が自動車レースと言うことが出来るだろう。自動車レースは自動車という道具を使い、その性能を巧みに引き出すことで結果を導き出す。そこには、自動車を操る人間が男性だ、女性だという区別は存在しない。ゴルフもテニスもクラブやラケットと言った道具を使うのだが、自動車レースと比べるとそれらの道具が結果に占める役割は遙かに低い。それは、自動車がゴルフクラブやテニスラケットと比べて自ら意志を持った道具であるからだ。自動車は自分で走り、曲がり止まる。
しかし、その自動車レースも男性が中心のスポーツだ。ドライバーとして自動車レースに参加している人口は日本では2輪、4輪を併せても10万人程度だが、全世界を見渡してみると200万人に近いだろう。しかし、それだけの活動人口がありながら、女性ドライバーといわれる人は、プロアマ問わず決して多くない。ましてやトップクラスのレースで戦う女性ドライバーは片手にも満たないはずである。なぜそうなのか? どこに女性の活動を阻む理由が存在するのか?
我が国でスーパーフォーミュラに参戦するThreeBond DragoCORSEは、2020年、21年と女性ドライバーのタチアナ・カルデロンを走らせた。これは画期的な出来事だった。スーパーフォーミュラといえば我が国のトップレース。参加するクルマはF1に次ぐといわれる高性能ぶりだ。そして、クルマの性能だけでなく、そこで戦うドライバー達は我が国屈指の才能を有する者ばかり。当然ながら戦いは非常に高度で、誰でも参加出来るものではない。では、カルデロンの参加はいかなる経緯で実現したのか? そもそも彼女は優秀な才能の持ち主で、F3、F2レースを戦った後ザウバーF1チーム(現アルファロメオ)の開発ドライバーとしての仕事もこなす。そのカルデロンをスーパーフォーミュラで走らせたThreeBondの営業本部・宣伝企画部長の足立守はこう言う。
「我々のスーパーフォーミュラ挑戦初年度、ドライバーをどうするかということになりました。1年目は勉強の年なので成績よりマーケティングに力を入れようということになった。そこで女性ドライバーの採用を決めました」
もちろんカルデロンが女性というだけで決めたのではない。彼女の実力がスーパーフォーミュラで十分通用すると踏んだからだ。
「2年間走ってもらいましたが、成績的には飛び抜けたものは得られませんでした。しかし、女性ということでメディアの注目は人一倍でした。レースで男性ドライバーに互して走ったときには、単に女性ドライバーとしてではなくひとりのトップドライバーとして取り上げてもらえたので、それは我々も本人も嬉しかったですね」
そして、女性ドライバーのカルデロンを走らせたことでもうひとつの大きな収穫があった。それはレースの世界に留まらず、ビジネスの世界で確認出来た。
Tatiana calderon, ThreeBond DRAGO CORSE
Photo by: Masahide Kamio
「我が社の女性は、タチアナに自分を投影して仕事のエネルギーにしてくれたんです。レースは男性も女性も同じ条件で戦うのですが、仕事も同様です。男性に混じって女性の自分も仕事をするとき、彼女達は『タチアナの気持ちが良く分かります』と、発奮してくれたんです。これは、予想しなかった効果でした」
こうした想像を超えた出来事は、ThreeBondという会社にとっても大きなエネルギーの蓄積になる。様々な部署で働く女性社員にとっても大切な「気づき」の源だ。そもそもThreeBondという会社では、技術系主流の業務内容の割りには女性の活躍が目まぐるしい。タチアナ・カルデロンがThreeBond DragoCORSEで走ったことは、なにも偶然の出来事ではなかったのだ。
2年間のスーパーフォーミュラ参戦に於いて、カルデロンは大きく成長したはずだ。彼女はこう話す。
「ThreeBond DragoCORSEで2年間スーパーフォーミュラを経験できたことは、私のキャリアの上で非常に重要な出来事でした。長くレースをやってきましたが、これほど密にレースのことを考え、取り組んだことはありませんでした。ThreeBondの皆さんに大変感謝しています」
タチアナ・カルデロンがThreeBond DragoCORSEでスーパーフォーミュラを走ったことは、両者にとって大きな価値があった。コロナがなければもっと深いコミュニケーションが取れ、より充実したレースをこなせたはずではある。それでも女性ドライバーを走らせたThreeBondの決断は価値があったと言える。(続く)
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