モータースポーツを支える企業 その2 タタコンサルタンシーサービシズ(TCS)【最終回】
ダグラス・フットx中嶋悟対談 ITでモータースポーツを盛り上げる
モータースポーツを支える企業を紹介するシリーズのタタコンサルタンシーサービシズ(TCS)最終回は、インドの巨大コングロマリット、タタ・グループ企業のTCSと中嶋レーシングのパートナーシップから現在の活動、そしてこれからの道行きを、TCSマーケティング&コミュニケーションズ副統括部長のダグラス・フットと中嶋レーシング代表の中嶋悟の対談を通して紹介する。
ーーTCSと中嶋レーシングのパートナーシップは今年で6年目を迎えました。2017年、中嶋レーシングからスーパーフォーミュラに参戦することになったインド人ドライバーのナレイン・カーティケヤンをタタ・グループが支援したところから、関係は始まったわけですね。
ダグラス・フット(以下フット):以前から支援していたインド人ドライバーのナレイン・カーティケヤンが日本のレースに参戦するに際して、支援継続を決めました。所属チームが中嶋レーシングと聞いて、有名なF1ドライバーの中嶋悟氏のチームであることから、安心して継続を決めたのです。そこで、カーティケヤン個人の支援だけでなく、中嶋レーシングが参戦するスーパーフォーミュラ・レース活動においてチームのタイトルスポンサー兼テクノロジーパートナーとして活動をすることを決定しました。
中嶋悟(以下中嶋):正直に言って、当初はTCSがどういうビジネスを展開しているか知らなかった。しかし、支援していただく以上、何らかのお返しをしなくてはいけない。単にお金をいただくだけじゃなく、一緒になって楽しめるかとか、お互いのビジネスに何らかのメリットがあるようにと考えました。東京で行われた「TCS Summit」では、経営陣の方々にお会いし、日本の大手企業のゲストがずらりと出席されるのを見て、一緒にビジネスができることへの期待感が膨らみました。我々としては、使ってもらいがいのある会社だと映った。それには、まずレーシングビジネスを理解してもらい、TCSの皆さんに我々の活動を分かっていただかないと、と思いました。そこから始まったんです。
フット:お互いの立場を知ることが出発点でしたね。お互いに理解を深めていく過程で、どういう相乗効果を生み出していくかを導き出すことが焦点でした。最初は私たちも学ばねばならないことが多かった。クルマのメカニズムやエンジニアリングは知っていても、レースの世界は分からなかった。これは中嶋レーシングと協働するにつれて少しずつ分かってきました。TCSのビジネスの中核であるIT(Information Technology=情報技術)を使ってもらえることもそのひとつです。ITは目に見えるものではないので、なかなか分かりにくい。しかし、ITやデジタルを使ってチームの勝利に貢献する支援のあり方が見えてきました。私たちのお手伝いによって少しでもチームの成績が上がっていけば嬉しいし、やりがいもあります。
左から國澤龍之介(日本TCS)、山本尚貴、中嶋悟、大湯都史樹、小川健司(日本TCS)
Photo by: Tata Consultancy Services Japan
中嶋:現在はTCSからIoTエンジニアを派遣してもらい、データ解析をやってもらっています。今年でTCSの支援は6年目に入りましたが、随分と進歩が感じられます。心配しているのはTCSが望んでいるだけの社会的なアピールができているかどうかという点です。これは我々が判断することではありませんが。我々にできることは小さなことかもしれませんが、地道にやっていくだけです。
ーーレースの形も変わってきています。かつてはアナログで行っていたことをいまではITやデジタルが助けています。しかし、そうした内側は見えにくい。
中嶋:レースはやはりスポーツですから、まず感動できるものでなくてはいけない。チームメンバーやTCSの社員の皆さん、そして一番重要なモータースポーツファンが感動してくれることです。ファンが見て、「これは凄い」と感じることの裏側には我々の細やかな取り組みがあるわけです。我々はチームとしてできることをやり、我々の力が及ばないところはTCSに助けてもらい、その結果としてファンに感動を与えられる活動になればいいなと思っています。いま我々は情報発信において国内のモータースポーツ界でトップだと思っています。SNSをはじめとしたデジタルメディアでは極めてスピーディに情報発信しています。
フット:TCSにはランニングの文化が根付いています。シリーズ第2回でも紹介しましたが、TCSの第3代CEOナタラジャン・チャンドラセカラン(Natarajan Chandrasekaran)が取り組み始めたジョギングがきっかけで、今では世界の主要都市マラソン大会のタイトルスポンサーとして活動しています。そこにはスポーツを通じて健康な身体、健康な精神を養うという目的があります。それと同時に、スポンサー支援をするマラソンなどのスポーツではデジタル技術を使ってデータを管理し、イベントが盛り上がるようにお手伝いしています。中嶋レーシングに対する支援も同じです。技術的な支援だけでなく、チーム関係者やファンの方たちに喜んでもらえるイベントのサポートなども提供し、楽しんでもらう。中嶋レーシングは「次はどんなイベントをやりましょうか」と、積極的にアイデアを提案してくれます。こうしてTCSの露出も認知浸透も高められていくわけです。これこそが、私たちが理想とするスポンサーシップの姿、あり方だと考えています。
ダグラス・フット氏
Photo by: Masahide Kamio
中嶋:スポンサーとチームは対等でなくてはいけないと思います。本田宗一郎さんの教えに、『何らかの理由で関わった人達は、そのことに対してはいつも対等なんだ』というのがあります。その前提があって初めて円滑に対話ができる。それはお互いにリスペクトしているということで、その気持ちがあれば相手に対して我々もしっかりと誠意を示さないといけない。僕は今までずっとそういう気概でやってきました。
フット:中嶋さんの気持ちは素晴らしい。私たちもその心を十分に理解しています。TCSは様々な業界のお客さまに向けてサービスを提供していますが、デジタル技術を駆使して展開するビジネスでは、TCSのエンジニアがお客さま企業の組織の中に溶け込んでいかなければなりません。そこに入っていくのは成果を導き出すためです。お客さまの困っている部分、不足している部分に力を注いで支援したい。そのためには、例えば「うちのデータを見てもいいよ」と言われる立場、つまり、信頼して任せてもらえる関係を築くということ、これが最も大切です。だからこそ「一緒にやろうよ」と言ってもらえるのは何よりも嬉しいことなんです。
中嶋:TCS Summitには幅広い業種の顧客企業が出席していたけれど、TCSはそういう企業としっかり手と手を携えてサービスを展開しています。そういう企業に対して惜しみなく頭脳(知見)を提供している姿に触れたことで、TCSの実力を知ることができました。我々もチームの内側にTCSのエンジニアが入ってもらっているけど、大いに助けられています。
フット:TCSは日本のお客さまに向けて相当注力しています。東京にある日本TCS本社には約4000人のスタッフがいますし、インドのJDC(Japan-centric Delivery Centre)では5000人近くが日本のビジネスに携わっている。そこでは、ソフトウェア開発だけではなく、自動車の車体や部品を設計している部門もあり、純粋なITサービスを越えた、広範囲なサービスを展開しています。
中嶋:僕はデジタルビジネスのことはよく分からないけど、我々の最大の責務はレースで勝つこと。その原動力の一部として、もはやTCSの頭脳や技術は不可欠です。とにかく応援いただかないと挑戦すらできない。
ダグラス・フットx中嶋悟対談
Photo by: Masahide Kamio
ーースーパーフォーミュラは将来を見据えて「NEXT50(ネクストゴー)」という改革プロジェクトを進めています。中嶋さんはスーパーフォーミュラを運営するJRP(日本レースプロモーション)の会長でもあり、シリーズの将来展望も見据えなければならない立場です。
中嶋:NEXT50では僕が大きな指針を決めて、詳細は実践部隊にやってもらうようにしています。個々のチームにとっては、やはりレースの成績が一番大切で、そのために一所懸命努力をしている。しかし、各チームが自分達だけで頑張っていてもスーパーフォーミュラの凄さ、楽しさは世の中に伝わらない。そこを改善するためにNEXT50を立ち上げたわけです。いまはクルマ社会の歴史的な大転換期、特に動力に関してはガソリンからEVに大きく変わる節目。そんな重要な時代だからこそ、スーパーフォーミュラも変革していく必要があります。サーキットに来てくれるファンはもちろんのこと、テレビ中継を見てくれているファンには、よりパーソナルな楽しみ方を提供できるように、YouTubeをはじめとしたオンラインのチャンネルなどで配信していく。もちろん、まだ始まったばかりだけれど、そうした目標に向かって動いているときこそ、一番エネルギーがいる時だと思っています。
フット:シリーズとして盛り上げるにはどうすればよいかと考える時、NEXT50は将来を大きく見据えたプロジェクトなので、よい方向を見ていると思います。私たちにとって共感できる部分は多い。ファンに何を見てもらおう、何を感じてもらおう、というファンの視点に立った改革ですから、素晴らしい取り組みだと思います。ニュース媒体もモータースポーツメディアだけではなく、より広がりが出てきたらよいと思うし、オンライン配信やソーシャルメディアを通じて新しいファン層の興味や関心を惹き出せるように工夫していく必要があるでしょう。私たちは広報活動の一環で、IT業界媒体や産業経済紙の記者さんを取材に招待しています。しかし、サーキットにお連れするにいたるまでは、地理的な事情(サーキットのロケーション)から難色を示されたり、本来の取材領域と異なることから、なかなか関心を惹き出せなかったりするケースもあります。しかし、そんなレース未体験の方たちも、実際にレースを目の当たりにすると、マシンが生み出す音の迫力や観客の熱気、レースの緊迫した空気を肌で感じ、やがて興味を持って見てくださる。そんな場面を何度も見てきました。だからこそ、モータースポーツの世界でTCSが取り組んでいることを、より多くの方々に知っていただきたいと願っています。
ーーNEXT50はスーパーフォーミュラ隆盛のためには素晴らしいプロジェクトだということですね。
中嶋:そうなって欲しいし、そうなるために皆が一丸になって頑張っています。チームオーナーとしては自分のチームが勝ってくれるのが一番いいんだけど、価値あるシリーズで勝ちたい。そのためにはスーパーフォーミュラをよりポピュラーなシリーズにして、大勢のファンが見ているところで勝ちたい。そのためにもスーパーフォーミュラを盛り上げる努力は惜しみません。
Toshiki Oyu, TCS NAKAJIMA RACING
Photo by: Masahide Kamio
フット:スーパーフォーミュラをシリーズとしてどのように盛り上げていくか、そこに尽きると思います。私たちがスポンサーシップ活動を継続していくことは当然として、チームとスポンサーが別々の方向を向いて活動するのではなく、お互いが一体となってシリーズを盛り上げることが重要です。私たちもNEXT50を応援しています。中嶋レーシングと一緒に仕事ができることはこの上ない喜びですし、TCSにとって価値ある取り組みだと確信しています。現在、TCSはフォーミュラEに参戦する英国の名門チーム「Jaguar Racing(ジャガー・レーシング)」へのスポンサーシップや技術支援にも取り組んでいますが、これはTCSのスポーツスポンサーシップ活動のグローバルヘッドが2019年にスーパーフォーミュラ(富士スピードウェイ)を視察に訪れて、私たちのコラボレーションに感銘を受けた結果でもあります。TCS NAKAJIMA RACINGの活動がなければ、フォーミュラEのプロジェクトは始まっていなかったはずです。
ーー興味深い話を有り難うございました。TCSと中嶋レーシングの考え方、活動が同じ方向を目指していることが分かり感銘を受けました。コラボレーションが素晴らしい成果を生み出すことを願うとともに、スーパーフォーミュラにより明るい未来が訪れることを期待します。
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